第24話 噛んじゃ駄目
柔らか感触だ……。ずっと触っていたい。
ぐみぃ、ぐみぃー。
「ん、蒼真……」
「うん……」
――意識が覚醒する。
!!
ああ、またやっちゃった……。
無意識の俺どうなってんだ……。
俺が手を離そうとすると、両肘をぐっと押さえて逃すまいとする羽依。ジトッとした目で睨んでくる。
「おはよう蒼真……。現行犯逮捕です」
「おはよう羽依、昨日はごめん……そして今もごめん……ゆるして?」
片方の手だけ許してくれたが、もう片方の手は許してくれず、自分の胸に押し付けた。
「別に触っても良いんだよ。蒼真に触られるの……嫌じゃ……ないし……」
完全に意識が覚醒してからの手から伝わる柔らかさは格別だった。直に触れる肌が火傷しそうなほど熱く感じる。
「ん……。許してあげる。私の気持ち、蒼真に言ってなかったのも本当だしね。――でもさ、わかるよね? 好きじゃない人と一緒にお風呂入らないよね?」
ああ、言いながら怒って行くタイプの子なのか……。だんだん顔が赤くなって目つきが怖くなってる。
俺はさらにヒートアップしそうな羽依を抱き寄せ、口付けをする。
「ん……。ばか、蒼真、――そんなずるい技使うんだね」
「ごめんて。でも、いつから好きだったのかって気になるじゃない」
まだ言うか、なんて呆れた目をする羽依、でも少し考える素振りをしている。
「一目惚れだったのかも。でも、私から告白することはなかっただろうし、すぐ告白されても付き合わなかったと思う」
ちょっと、いや、かなり驚いた。俺のどこをそんなに好きになったのか。
でも、告白しても引かれるだけだったと思えば、言わずに正解だったのかな。
「蒼真は私のことどう思ってるの?」
まだ少し憮然とした表情を浮かべる羽依。ここは素直な気持ちを伝えるべきだろう。
「好き。めっちゃ好き。愛してる」
我ながらずるいと思った。羽依の気持ちを聞いてから自分の気持ちを打ち明けるのだから。
羽依は俺の言葉に、にへらーっと締まらない笑顔を浮かべる。飾らないその顔が、なんともいえず無防備で可愛らしかった。
「ねえ、いつから? いつから好きだったの?」
「一目惚れだったよ。桜の木の下で初めて羽依をみた時のこと、今でも覚えてる」
羽依はもう俺の顔を見られずに、俯いて胸にしがみついてきた。
俺の肩をぽこぽこ叩いてる。
「さっさと告白してよぉ~。ずっと待ってたのにぃ~」
「いや、さっき告白しても断るっていってたじゃない!?」
「言った! けどそれは別!」
別ってなんだ? 女の子は難しいなあ……。
――その時!
ガチャ!
「朝ご飯できたよ! イチャイチャタイムは終了だよ!」
「「ひゃああああ」」
慌ててベッドを飛び降りる俺と羽依。ドアの方を見ると美咲さんがニヤニヤしてこっちを見ている。
「昨夜はお楽しみだったようだね! ちゃんと付けるものは付けたんだろうね?」
「してません!」
「できなかったよぅ~」
それを聞いた美咲さんは「へ?」と気の抜けた返事を返してきた。
パンの焼けた、芳ばしい香りがただよっている。朝食は食パンとベーコンエッグとサラダ。ヨーグルトも用意してあった。女子の家っぽい朝食だな。
「あっはっは!そりゃタイミング悪かったね! まあそんなに焦ることもないよ」
美咲さんはあけすけだなあ。娘のそういうのは全く気にしない。親子っていうより仲の良い友だちや姉妹みたいな感じだ。
「彼氏好みのチャイナ服を着るぐらいだ。もう付き合ったんだろ? で、どっちから告白したんだい?」
美咲さんがニヤニヤしながら聞いてくる。
俺と羽依は顔を見合わせる。そういや、まだ正式にお付き合いって話はしてなかった……。
「蒼真……」
羽依と美咲さんが俺をじっと見ている。ここは俺がビシッと告白をしよう。
「う、ういぃー、俺と付き合ってれれ……ごめん。今のなし」
「蒼真……そこで噛む?」
ジト目で人を殺せそうな、そんな眼差しで俺を睨む羽依。
「あっはっは! まあ良いよ、二人が好き合ってるのは十分伝わってるよ」
美咲さんが涙を流しながら笑ってる。羽依はぶすっとした表情のままだったけど、どこかしら楽しそうでもあった。
一世一代の告白を、噛み噛みで終えてしまった……。
ぐすん。
朝食を食べながら、バイトの話をする。昨日は忙しすぎて細かい話ができていなかったのだ。
「バイトは毎日できそうかい?」
「はい、できるだけ毎日やりたいです。やっぱりお金も欲しいし、まかないもありがたいですし」
「正直だねえ。何か欲しい物でもあるのかい?」
「いえ、できるだけ親に頼らずにいられたらって思うんです。あまりその、折り合い良くないので……」
美咲さんが、ほう、と神妙な表情を浮かべる。
「まあ、色々あるんだろうね。いいさ、親に頼りたくないってのは自立したいってことだろうからね、悪いことじゃないさ」
そう言って美咲さんはニコッと微笑む。すべてを理解し、包み込んでくれるような、そんな笑顔だった。
羽依が過去に嫌なことがあっても真っすぐでいられるのは、きっと美咲さんの影響が大きいんだろうな。
「親に頼りたくないならうちに住むかい? 丁度、蒼真の部屋作ったことだし」
「えー! いやさすがにそれは悪いです、そこまで甘えられません!」
何でもないような事のように美咲さんが軽く言ってきたので、激しく動揺してしまった。
「そうかい? うちは女しか居ないからね。男手はあったほうが助かるんだよ。それに羽依も喜ぶだろうし」
羽依は激しく頷いている。首折れちゃうよ?
「蒼真、一緒に住もう?」
「えーいや、あー、そのー。すぐには決められないです……」
どうにか絞り出した答えがそれだった。
「あはは! 無理になんて言わないよ。でも、金曜日だけは泊まっていくんだよ。昨日も言ったけど、この辺はお世辞にも治安が良いとは言えないんだ。蒼真だって変な男の慰み者になんてなりたくないだろう?」
それは絶対嫌だ!
「はい、じゃあ金曜日だけお願いします……」
美咲さんと羽依は仲良くハイタッチしていた。
――なんか俺、雪代家のおもちゃにされそうだな……
でも、羽依が笑ってくれるなら、それでいいよね。
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