第236話 先輩たちの思惑
冷たい北風の中、遥さんと二人で家路につく。――周囲に怪しい人影はなし。
「蒼真くん、もうちょっとリラックスしてもいいんじゃない?」
「いえ、これが俺の仕事ですから」
「……そう」
遥さんはなぜか寂しそうな表情を浮かべる。でも、こればかりは仕方ない。彼女を守ることが仕事なのだから。
威圧的な門を抜けると、これまた威圧的な邸宅が今日も荘厳に佇んでいた。
慣れた手つきでロックを解除し玄関ドアを開ける遥さん。
「ただいまー。 早速だけど蒼真くん、お茶の準備と今日の晩御飯をお願いできるかしら。御影さんにもいただいてもらうから三人分をよろしくね」
「はい、かしこまりました。メニューはどうしましょう?」
遥さんは指先を顎に当て視線を彷徨わせる。彼女の可愛らしい癖の一つだ。
「ん~、昨日はお肉だったわね。魚が良いかな」
「じゃあスーパーの品を見て検討します。他になにか必要なものはありますか?」
「そうね、帰りが遅くなるから御影さんには泊まってもらおうかと思うの。歯ブラシとか必要かしらね」
「泊まりですか……。なら必要そうなのを適当に揃えますね」
「そうしてくれると助かるわ。よろしくね」
そう言って自室に戻った遥さん。しーちゃんの泊まりという話に少し動揺してしまった。
まあ遥さんもいるし、妙なことにはならないだろう。
幼馴染という距離感をしーちゃんはどうするのか。気になるのはその点だった。
お嬢様たちの為のお茶の支度をする。ティーカップを温め、お湯を沸かす。スイーツは昨晩作ったプリンだ。ちょんとホイップクリームを乗せて高級感を醸し出す。
そのとき、丁度チャイムが鳴った。
ドアホンのモニターにしーちゃんが映る。遥さんの遠隔操作でロックが開き、中に入る様子が見えた。
「こんにちはー、おじゃましますー」
「御影さん、わざわざありがとうございます。さあ、上がってくださいね」
遥さんが応対し、リビングに招き入れる。
「あー部屋の中があったかい! 相変わらず豪華なお家よね~」
ベージュのトレンチコートを脱いだしーちゃん。淡いピンクのタイトなニットに黒いミニのフレアスカートの組み合わせ。モデルらしい抜群のスタイルに一瞬息を呑んだが、表情に出さないよう冷静に務めた。
「いらっしゃいませ。さあお召し物をお預かりします」
コートを預かると、ふわっとバラのような香りが漂った。あまりの色香に気が動転しそうになる。何だか妙に胸が熱くなってきた。
「あは、そーちゃん執事みたいで格好いいね! でも服は学校の制服なんだ?」
幼馴染の距離感で接してきたしーちゃん。もう誰にも隠すつもりはないようだ。まあそのほうが俺も気楽でよかった。
「この前のはただのコスプレらしいからね。服はなんでもいいんだって。さあ、今お茶を淹れるから待っててね」
そんな俺としーちゃんのやり取りを、遥さんがじっと見つめていた。
「はい、しーちゃん。プリンだよ。ふーふーして食べるんだよ」
「え! 熱々のプリンなの!? って冷たいじゃんか!」
他愛もない会話に、遥さんが少し訝しむような目を向ける。
「……そーちゃん、しーちゃん? 二人ってそんなに仲が良かったのかしら? まるで幼馴染みたいね」
さすがは遥さん。すぐに正解にたどり着いた。
「はい。つい先日わかったことなんです。俺が幼稚園のときに近くに住んでた子が志保さんだったと」
「そうそう、私が祖父母のところに一時期住んでたときね。半年ぐらいだったかな。毎日遊んでくれたのがそーちゃんだったの! すごい偶然でしょ!」
俺たちの話に納得したように、遥さんがポンと手を打つ。
「ああ、そっか、なるほど……御影家の本家は同郷だものね。――蒼真くん、実は御影さんと九条家は遠縁なのよ」
意外な事実に心底驚いた。
(てことは、俺としーちゃんは血の繋がりがあるかも……!? うっそ、まじで!?)
驚愕の事実に声を上げられないのが、もどかしすぎた。
「うんうん、今はあまり家同士の付き合いはないけどね。昔は九条の殿様の御庭番だったらしいよ~」
「へええ~、そんな縁があったんだ……何だかすごいですね!」
俺の驚きように、遥さんはくすぐったそうに笑った。
「ふふ、ほかにもね、九条家と結城家は昔からの縁があるの。結城の武術道場は学問も熱心でね、うちの先祖が協力して今の神凪学院を創設したのよ。その縁があるからこそ、地元からこの学校に来る子が毎年いるの」
とっておきの秘密を教えるように語る遥さんは、茶目っ気たっぷりで生き生きとしていた。
「そんな経緯があったんだ……」
進学校ならどこを選ぶべきか先生に訪ねたところ、神凪学院を勧めたのはそういう事情があってのことか。
俺としては都内に――いや、家から出られたらどこでもいいと思っていたが。
俺たちの縁はどこかで繋がっていて、きっとこの巡り合わせは必然だったのだろう。
「まあそれも昔の話。私たちには関係のないことね。――御影さんに家庭教師をお願いしたのはとても優秀な方だからよ。この時期にこれだけの人を探すのはまず不可能ね」
確かにこの追い込みの時期に優秀な家庭教師を探すなんて奇跡に近い。これもまたいい縁があったということか。
「へえ、しーちゃんってやっぱりすごいんだね。TOEIC960点って普通じゃないもんね」
「えっへん! 他の勉強だってすごいんだからね! 遥ちゃんと一緒にそーちゃんも見てあげるよ!」
「あー、いや、それは大丈夫。遥さんの面倒を見てあげてね」
遥さんの邪魔になるのが目に見えてる。俺は今の勉強を続けていれば十分だ。
「いいえ蒼真くん、これは“命令”よ。貴方、学年末テストで一位を取りなさい」
「はい。――え? いや、まって? 一位!?」
有無を言わせぬ遥さんの強烈な圧。冗談で言ってるようではなさそうだ。
「ふふ、遥ちゃんと決めたの! そーちゃんを最強にするって!」
「ふふ、そうね。……ついでにあの二人には“敗北”を知ってもらいましょう……」
そう言って妖しく微笑む二人。なんだか鬼気迫るものを感じ、背筋がゾクッとした。
話が妙なことになってきた。あの羽依と真桜を抜いて一位になれと。いや、無茶振りにもほどがある。
でも、遥さんが“命令”という言葉を使ったことに違和感も感じた。理由もなくそんな言葉を使う人ではない。ひょっとして、そうしなくてはいけない理由があるのだろうか。
何にしても、今以上に気合を入れないといけなそうだ――。




