第233話 親友の胸の内
月曜日の朝。
いつもの朝勉強を終えて、教室に戻ってきた。
皆、まだ席には着かず、思い思いに週末の出来事を話している。
このクラスはいつも雰囲気がよく、当たりクラスだったなと、そろそろ一年も終わる今になって強く感じる。
「おっす、“用心棒”」
「……また新しいあだ名?」
親友の隼がニヤニヤと、俺と遥さんの今朝の盗撮画像を見せてきた。写真で見る俺は酷く目付きが悪く、確かにそう言われても仕方のない姿だった。
「いやまじでさ、なんで俺、盗撮されまくるわけ? 意味わかんねえし」
「そうか? 理由は十分だろ。お前の彼女が羽依ちゃんってだけで」
そう言われると、ぐうの音も出ない。
髪型を変えてから少し大人っぽくなった彼女。誰もが羨む美貌に抜群のスタイル。そして学年一、二位という知性。文化祭で魅せた抜群の運動神経。それでいて性格は慎ましやか――それに関しては多分に異論があるが――とまあ、他者にはそう見えるらしい。
全校生彼女にしたいランキングは志保さんを抜き一位になったそうだ。――そんなものが存在していたことに驚愕ではあるが。
「そっか……でも、だからといって撮っていい理由にはならないだろ」
「いや、俺に言うなって……。ただセンセーショナルな写真ではあるよな。お前、真桜派だったろ。なんで会長と一緒に登校してんだよ」
すっと目つきが鋭くなる隼。
こいつがわりと真桜のことを気にかけているのは知っている。
俺と真桜の間柄もうすうす気づいているのではと思うことも。
少なからずの後ろめたさはあるが、俺の身は潔白だ。
「……住み込みのバイトを始めたんだよ。九条さんの家で」
「はあ!? え? どういうことよ!?」
目を丸くして驚く隼。俺の両肩を掴み、激しく揺さぶってきた。とりあえずされるがままになりつつ、落ち着くまで耐えた。むち打ちになりそうな首を押さえて隼に向き合う。
「ま、まあ隠す気もない。使用人みたいなもんだよ。登下校の護衛も兼ねてるんだ」
「おまっ、それ、ほんとに“用心棒”じゃねえかよ! なんでまたそんなことに?」
「……色々あったんだよ」
隼には秘密にするつもりもないが、言う機会もなかった。今更ながら一言ぐらい伝えておけばよかったと後悔した。
「なんだよ、気になるじゃねえか……ただ、真桜を裏切ったわけじゃあないんだな。ならいいよ」
「俺が真桜を裏切るはずないだろ。どれだけ彼女に恩を感じてると思ってんだ」
「ふーん。恩ね……」
訝しむような目で俺を射抜く隼に一瞬苛立ちを覚えた。
「……なんだよ」
「いや、別に」
そう言って、ぷいっと前を向いてしまった。
――隼にはいつか色々話をしなくてはいけないのだろう。その結果がどうなるか。考えるだけでも身が竦む……。
SHRの後に佐々木先生から職員室に呼び出された。まあ内容は想像つく。
「失礼します。先生、話ってなんでしょうか」
佐々木先生は仕切りの奥にある小さな面談室に俺を連れて行った。
「藤崎、九条さんのお父さんから色々話を伺ったんだ。住み込みで働き始めたそうだな」
「はい。半年の間ですけど、九条さんのところでお世話になります」
「そうか……ほら、美咲のところで居候って話からいくらも経たないうちに九条さんのところへ住み込みって話だったからさ、何かあったのかと心配になってな」
真剣な面持ちで俺にそう伝える佐々木先生。いつも親身になってくれるとてもいい先生だ。美咲さんとは幼馴染ということもあり、余計に心配になったのだろう。
「すみません心配かけて……。別にトラブルがあったわけではなく、九条さんからのオファーがあったんです。うちの父と古い友人で俺の現在の環境を憂いでくれた結果、今の話になったようです」
「そっか……なるほど。いや十分理解できた。要は支援者的な立場になってくれたわけだ。その対価としてのアルバイトか」
「はい、そのとおりです。ただ、引っ越しとかではなかったので学校には伝えませんでした。不備があったのならすみません……」
「んー、アルバイトの申請がないな。その点は駄目だった。ただ、雪代の家は出ていったわけではないんだな?」
「はい。週末は帰るつもりです」
どことなくほっとした表情の佐々木先生。彼なりに色々思うところもあるんだろうか。
「そうか、ならいいさ。藤崎の勤め先は九条コーポレーションという話になっている。はは、今からコネを作れたら就職は安泰だな」
「その辺はまだ何も考えてないです……。やりたいことがありすぎて、まったく絞れてないのが現状で……」
「へえ、やりたいことがなくてって話はよく聞くんだけどな。色々いい経験してきてるんだろうな。まあ悩め悩め。それが学生の特権だ」
「そんなもんですかね」
「ああ、そんなもんだ。じゃあ書類渡すから後で提出してくれ」
そう言って爽やかに笑顔で書類を渡す佐々木先生。相変わらずのイケメン先生だった。
職員室を出て廊下を歩いていると、後ろからとんとんと肩を叩かれた。振り向くと、そこにはしーちゃんの姿が。
「おはようそーちゃん」
相変わらずの美貌に一瞬言葉を忘れる。幼馴染という事実を知ってから学校では初めて会った。
「しーちゃん、学校に来てたんだ! 足のほうはどう?」
「うん、歩くのは平気だね。もう少ししたら走れそうかも」
「そっかあ、よかった! なら、また一緒に走ろっか」
「うん!」
くしゃっと笑ったしーちゃんが、歳上なのに妙に可愛く見えた。
きっと、幼馴染だからこそ見せる素の表情なんだろう。
「それとね、また近々会うことになるかもね」
「え? 何だろう? 何か行事でもあったっけ」
「ふふ、内緒だよ。じゃあ授業始まるから! またね!」
そう言って踵を返して三年の教室に向かったしーちゃん。
すっかり明るい雰囲気に戻ったのが妙に嬉しかった。
――それにしても、近々会うって一体なんだろうか。
悪戯っぽい表情だったしーちゃんが少し気がかりだった。




