第201話 古着屋さんの心意気
羽依の案内で着いたのが表参道の古着屋さん。
看板には「つむぎ屋」と書かれている。
どこか昭和レトロな雰囲気があって見てるだけでちょっと楽しい。
店内もかなり賑わっていて人気店って感じだ。
「おう、羽依! 久しぶりだな。相変わらずの可愛い子ちゃんだ」
店の奥から羽依に声をかけたのは、前掛けをつけた渋めの初老のおじさんだった。
白髪にメッシュが入ったような髪を後ろで束ねていて、それがまたやたら格好いい。
「おっちゃん久しぶり! まだお店やっててよかったよ~」
「はは、この辺は入れ替わりが多いけどな、うちみたいな人気店はそんな簡単には潰れないさ。今日は何を見に来たんだ?」
「私の彼氏に似合う服を見繕って!」
羽依の言葉に驚きを浮かべ、ジロっと俺を見るおじさん。眼光の鋭さにちょっと萎縮してしまう。
「へえ~。男嫌いの羽依に彼氏? そりゃたまげた。この子がその彼氏か」
「うん、紹介するね。蒼真だよ!」
何故か突然自己紹介をする流れに。羽依さん、言葉が足りなすぎるって……。
「どうも……羽依の彼氏をさせてもらってる藤崎蒼真と申します……えっと、羽依。こちらの方は……」
「店長さんでお父さんの友達だよ。前にお母さんが連れてきてくれてさ、それからよく遊びに来てたんだ~」
めっちゃ重要人物じゃないか! そんな大事な情報、先に言っとけって……。
急に緊張してきたぞ。
「はは、蒼真か。つむぎ屋の店主の近藤だ。よろしくな。羽依が蒼真を選んだ理由はすぐ分かったぞ。雰囲気がお前の父さんにそっくりだ。相変わらずのファザコンっぷりだな」
「んふ、おっちゃんにはすぐバレちゃったね。でも、今は似てるって思わなくなったよ。蒼真のことすっごく好きなの!」
そう言ってまた俺にしがみつく羽依。人目を憚ろうとしない彼女に戸惑いを隠せない。
でも、俺に対してお父さんを重ねていることは薄々感じてはいた。強力すぎるライバルだなとも思っていた。
そんな俺に今の羽依の言葉はひたすら染み入った。いつの間にかこんなにも愛されていたんだな……。
「おいおい、バカップルにはぼったくっていいって法律知らないのか? 今日は全品五割増だ」
「なんでっ!? おっちゃん彼氏連れてきたら値引くって言ったじゃんか!」
顔をしかめて噛みつきそうな顔を店長に向ける羽依。
ちょっとはしゃぎ気味にも見えるのは親しさの表れなのだろう。
店長さんはそんな羽依を見て目を細めて笑った。
「ははっ、そんなこと言ったっけ。よしっ、しゃーないな。蒼真、羽依に負けないぐらい格好良く決めようぜ!」
そう言って店長がいくつかのアイテムを選んできた。
アウターは有名ブランドのグレーのマウンテンパーカー、インナーが小豆色のゆるニット、ボトムスはデニムのワイドパンツの組み合わせ。
「羽依の彼氏に見合うような服を選んでみた。ほら、試着してみろ」
言われるがまま出された服を着てみた。
プロの見立てはやっぱり間違いない。めちゃくちゃ格好いい。ただ、値段もものすごい……。
「どうかな、似合う?」
変身した俺の姿を見て羽依はぽかーんと口を開けていたが、すぐにうんうんと頷いた。
「やばいって! 私の彼氏ちょーかっこいい! おっちゃん! これがいい! おまけして!」
興奮気味の羽依をどうどうと鎮める店長さん。電卓をはじきはじめたが、すぐに苦笑いを浮かべてかぶりを振った。
「よし、蒼真。それはそのまま着て帰れ。お代は全部合わせて一万だ。払えねえなら出世払いでもかまわないぞ」
「はっ!? いや、すぐ払えます! って安すぎですよ! このパーカー一つも――」
店長は指を口に当てて口止めをする。
「しゃーないだろ。羽依と約束したんだから。良いからもってけ。他のお客さんにはナイショだぞ。またこいよ!」
「ありがとう! おっちゃん大好き! またくるね!」
店長の腕にぎゅっとしがみつく羽依。店長はクシャッと笑い、羽依の帽子をぽんぽんと優しく叩いた。
亡き友人の娘だからだろうか。彼からは父性を強く感じた。
「おう! 次こそぼったくるから覚悟しとけよ!」
そう言われ、追い出されるように店を出てきた俺たち。
「良いのかな……多分全身合わせたら、桁が一つ足りないような……」
古着といっても、高いものは驚くほど高い。中にはプレミア価格がついているものもある。
今着ているパーカーなんて、まさにそんな一着だ。俺の普段の選択肢にはまず入らない。
「良いんだよ! まあ本当は安いの探しにきたんだけどね~。おっちゃんの心意気ってことで!」
とても嬉しそうに見えるのは、お得な買い物ができたから――というより、きっと俺を店長に紹介したかったからなんだろう。
店を出たあとも、胸の奥がじんわり温かかった。
あれは単なる値引きじゃない。亡き友人の娘を想う気持ちが、あの値段に込められていた気がする。
「いい人だったね。羽依のことすごく大事にしてくれてるみたいだった」
「うん、初めてきたのは小学校の時だったけどね。中学になってからは一人で遊びに来たりしたんだ。色んな愚痴を聞いてもらったり、お父さんの昔話とかいっぱい聞かせてもらってたの」
懐かしむような表情を浮かべる羽依。彼を通して、亡きお父さんに会いに来てたのかな。
そう思うと羽依にとってあの店は、きっと心の拠り所だったんだろうな。
「でも中二ぐらいからかな。ナンパやスカウトが怖くて一人ではなかなか来れなくなっちゃったの。今日は来れてほんと良かった! 彼氏も紹介できたしね!」
「――光栄だね。そんな大切な場所に連れてきてくれて、ホント嬉しいよ」
表参道のショーウィンドウに映る二人の姿をふと見て、思わず息を呑んだ。
まるで雑誌から飛び出してきたみたいだ。ビジュアル完璧すぎてちょっとヤバい……。
「ちょっと盛りすぎたね。髪も顔も彼氏も完璧過ぎる!」
「うん……なんか芸能人っぽくなったね。今の俺なら渋谷でも浮いてないかな?」
「んふ、私たちがきっと最強だよ!」
満面の笑みで俺の腕に抱きつく羽依。そんな彼女は確かに一番輝いていた。
帰り道はこころなしか俺も背筋が伸びたようだ。
今だけはさすがの俺も自信が持てる気がした。
苦手だった渋谷の街が今日一日で印象が随分変わった気がする。また羽依と一緒に来たいな。




