第20話 一歩前へ
偽装カップルとして付き合い始め、一月あまりが経過した。
クラスの連中は、みな気の良いやつばかりで、冷やかしつつも祝福してくれていた。
後ろめたさや、本当のカップルだったらと思うと、何とも苦い思いでいっぱいだったが。
でも、羽依の為なら、このぐらいなんてことない。
羽依と真桜は、今ではすっかり仲良しコンビとして知られていて、クラスにとどまらず学校中の注目を集めていた。
“尊みの塊”とまで囁かれ、まるで百合カップルのように見られているらしい。
そして俺は百合の花を蝕む害虫とか、花園不法侵入者とか、散々な言われようだった。酷くね?
――以前、羽依にちょっかいを出した先輩たちの処分が下ってから、羽依に告白しようとする輩は現れなくなった。
羽依の隣で、真桜が睨みをきかせているのも大きかった。
理事長の孫娘以前に、単純に近寄りがたい空気を放っている。寄らば斬るって感じだ。
――偽装カップルの役割は、ほぼ終了したかと思えた。
週末になり、中間テストが本日ようやく終わった。受験勉強以上に頑張った気がする。
朝勉強には真桜も参加して、帰ったら羽依とマンツーマンの個人レッスン。
これで赤点でも取ろうものなら女子二人に愛想尽かされる。プレッシャーえぐすぎる……。
「蒼真頑張ったね〜! 目標何位ぐらい?」
放課後の帰り道、羽依がキラキラした目で俺に聞いてきた。
「100位以内には入りたいかな。あれだけ頑張ったからね……。受験勉強より頑張ったよ? おかげで授業においていかれてることはなくなったね」
「うんうん、目を見ればわかるよね。前なんて口あけて、ぽか~んってしてたし」
羽依は、俺の顔真似のような何かをしてくれやがる。
俺そんなに酷かったのか……。
「私の彼氏だものね! 赤点は許さないよ!」
羽依は人差し指を前に突き出し、ビシッと言ってくる。
彼氏か……。本当の彼氏だったらどんなにか……。
「――羽依。偽装は……まだ続ける?」
偽装彼氏の役目を終えた感があったので、何気なく聞いてみた。
羽依は一瞬驚いた顔を見せた。少し顔が赤くなり、両手で顔を塞いだ。
「蒼真……、中間テスト終わったら私は用済み? 私とは遊びだったのね……ううぅっ……」
羽依は冗談ぽく泣き真似をしている。でも、ちらっとこっちを見る目が怖い。
「そんなわけないじゃないか!羽依のこと好きだし、ずっと一緒に居たいよ!」
焦った俺の口から、愛の告白みたいな言葉が飛び出していた。
羽依は顔を真っ赤にして目を逸らした。
「ご、ごめん。私も変な事言っちゃった……」
何となく気まずさを感じながらアパートに着いた。
勉強は一旦終了と言うわけで、うちに寄る理由が無くなったけど……。
「寄ってく?」
「うん……」
家についてから、毎日ハグをしていた。30秒間のハグは幸せになれると羽依が言っていたのを実践していたのだ。
しかし、今日のハグはいつもと違っていた。羽依は俺の手を引き、ベッドまで連れて行くと俺に抱きつき、そのままベッドに倒れ込むように俺の体を引っ張った。
気づけば、俺は羽依の柔らかな体の上に倒れ込んでいた。
ドキッとするほど近い距離に、何も言えずに固まってしまう。
「羽依、危ないよ、大丈夫だった?」
「ごめんね。大丈夫だよ……。少しこのままでいさせてね」
そういってベッドの上で俺を抱きしめる羽依。ハグというよりも愛し合う抱擁のようだった。
30秒はとっくに過ぎた。――かれこれ1時間は抱きしめている。羽依の香りを、全身の柔らかさを、余すことなく感じていた。羽依の両足は俺の腿を挟み込み、きつく抱きしめて、離さないという意思表示をしているかのようだった。
「――羽依、不安にさせてごめん」
「蒼真、私、……蒼真に依存しすぎているのかもね。でも、蒼真が隣に居ないって考えると怖いの! ――私、重い子なのかも……」
羽依の頭を優しく撫でると、羽依は気持ちよさそうに目を閉じた。俺を信じて委ねるようなその表情に、我慢の限界を超えたのを感じた。
俺は羽依の口に自分の唇を当てた。思えば、初めて自分から羽依に積極的に触れた気がする。
ビクッとした羽依は、すぐに俺を強く抱きしめ返してきた。
優しいキスだけだが、今まで我慢していたのもあり、とても充実感があった。
「――やっと蒼真が恋人らしいことしてくれた。ずっと待ってたのに」
羽依が瞳を潤ませてそんなことを言ってくる。
「え、そうなの?」
「私が『恋人みたいに接していいよ』って言ったのに何もしてこないんだもの。私に魅力無いのかなって、ずっと悩んでたんだから……」
拗ねたような顔でそんなことを言ってくる羽依。可愛すぎだろう……。
何度も触れようと思えばできたのに、それを選ばなかったのは、俺の弱さだったのかもしれない。
偽装という言い訳の陰に隠れていたのは、自信のなさだった。――羽依を、知らないうちに傷つけていたのかもしれない。
俺はもう一度、羽依にキスをした。柔らかくて、ほんのり甘くて。触れているだけで幸せになれそうだった。
唇で羽依の下唇を、そっと甘噛するように挟んだ。
その感触が、言葉にできないほど愛おしかった。
羽依がくすぐったそうにしている。
辺りが暗くなるまでずっと抱擁は続いた。結局、触れ合うようなキスしかしていないが、俺たちの関係としては大きな前進だったと思う。
「へたれ」
「えええええ!」
物足りなさ気な羽依が、さらっと酷いこと言ってきた。
さっきまでの甘い空気はどこへやら。
俺の胸はズタズタである。
「へたれへたれ~」
羽依が踊りながらへたれを連呼している。もうやめてー!
……。
「蒼真、今日からバイトだよ! がんばろうね!」
「うん、よろしくお願いします先輩!」
そう、中間テストが終わったら、キッチン雪代でバイトをする約束だった。まかない付きなのが、とてもありがたい!
「行こう蒼真!」
「うん、行こうか!」
二人手をつなぎ、キッチン雪代へ向かう。
なんだか以前より、二人の距離がさらに近づいた気がする。
――偽装ってなんだっけ?




