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第2話 キッチン雪代

 少しずつ元気を取り戻してきた雪代さん。


 家まで歩いて30分ほどかかるが、道中、学校のことや先生のこと、それに授業のことなど色々話をしていたら、あっという間に雪代さんの家まで着いた。


『キッチン雪代』と看板には書いてある。少し年季の入った建物だが、手入れはよくしてあるようだ。周囲の花壇は綺麗に花が咲いていて、店主の人柄が伺える。


「あー!!」


 いきなり大声をあげる雪代さん。店のドアを見ると「町内会の旅行のため、本日休業します」なんて書いてあった。


「忘れてたよぉ……」


 この世の終わりのような顔をしている雪代さん。お店のドアの鍵を開けて、か細く「どうぞ……」とだけ声をかけてきた。


「あ、いや、お家のひとがいないなら俺は帰っても大丈夫だよ?」


 男性恐怖症の雪代さんが、自分の家で俺と二人っきりなのはきっと辛いに違いない。


 そそくさと帰ろうとしたその時。


「藤崎くん、帰っちゃやだ……」


 振り返ると、泣きそうな顔の雪代さんが、俺の制服の裾を引っ張っている。


 ――判断を誤ったか。彼女は俺と二人で居るのが嫌なのではなく、一人でいることになることに絶望したようだ。俺が帰ったら本当に一人になってしまう。自分の浅慮を後悔し、180度回って、お店の中に入った。


「ごめんね雪代さん。じゃあコーヒーを所望します!」


「かしこま!」


 ほっとした顔の雪代さんが、明るく応えてくれる。


 店内は、表の年季を感じさせないぐらいに、とても綺麗にされている。木目のテーブルには傷が少しあり、どこか懐かしい感じがした。


 いつもお店を手伝っているのであろう手際の良さを見せ、コーヒーの準備をする。

 ちょっと鼻歌なんか出てきて、機嫌が良くなってきたのが伺える。


 しばらくしてコーヒーの良い香りが立ち込めてきた。


「おまたせ! うちのコーヒーは、なかなかのものだよ!」


 芳ばしい香りが何とも言えない。どれどれ、と一口飲んでみると、見た目どおりにとても美味しい。苦みとまろやかさのバランスがとてもいい。俺もコーヒーは大好きで、余裕があれば常にドリップを飲んでいたい派だ。このコーヒーは間違いなく上質だ。そうに違いない。


「うちのコーヒーは自家焙煎なんだよ~」


 誇らしげな表情で、えっへんと胸を張る雪代さん。その仕草一つ一つにドキッとしてしまう。


「めっちゃ美味しい! こんなの毎日飲めるの羨ましいな」


「藤崎くんも常連になれば良いんだよ~」


「いやいや、外食なんてする余裕ないよ。でも、たまになら食べに来たいな」


「うちはかなりの人気店なんだよ! うちのお母さん若くて美人だし、料理も美味しいし、看板娘は可愛いし」


 そういって人差し指を頬にあてて可愛いアピールをする雪代さん。あざと可愛さが半端ない。本当に可愛い子がそういうことやるのは、とても危険だとよく分かった気がする。


 ちょっと頭がくらくらした。


「本当に雪代さんは可愛いからね。お店でもモテたりするんじゃないの?」


 俺のその言葉に雪代さんが少し照れたように視線を外し、頬を染める。


「うちはお母さんの目が厳しいからね。誰も私にはちょっかい出さないの」


 お母さんのこと大好きなのがすごく伝わってくる。お母さんもきっと雪代さんのことを大切に守ってあげてるんだな。仲の良い家族で羨ましいと思ったけど、お父さんの話が出ないのは……そういうことなのかな。もっと仲良くなれたら色々教えてくれるのかも。


「はー……今日は一人か……」


 雪代さんが一人つぶやくが、まあそればかりは仕方ない。お店の2,3階が母屋だそうなので結構広い家だとは思う。一人ぼっちなのは可哀想だ。


「友達の家に泊まりに行くのはどうかな?」


 うっかりそんなことを口走る俺に、雪代さんがジト目で見てくる。


「お泊りできるほど仲のいい子はいないよ……」


 クラスで浮いた感じってほどではないけども、積極的に友好関係を広げようとしていないのは、なんとなく分かる。

 俺も友達は少数でかまわない口なので、その辺は理解できる。

 友人宅に泊まらせてもらうなんてのは、よほど仲が良くなけりゃ無理だ。頼んで断られた時の気まずさで、お互い不幸になるのがオチだ。


「ごめんごめん。でも、俺もそろそろ帰るけど、大丈夫?」


 雪代さんがびくっとなる。ちょっと顔が青ざめて、見るからに不安げな表情になっていく……どうすりゃ良いんだ……。


「ごめんね藤崎くん。帰りづらいよね。もう大丈夫だからさ」


 そんなことを健気に言う雪代さん。ああ、もうどうすれば良いんだ……


「――おれんち来る?」


 うわっ俺何いってんだ!?引かれるだろうに……ほら雪代さんが迷惑そうな顔……でもない?


「……いいの? その、泊まっても?」


「え? 泊まりっ!? あ、その、うん。嫌じゃ……なければ……」


 俺も最後の方は自分でも何いってんだってぐらいか細い声になってしまった。

 ていうか泊まりって!? いやまあこの時間からじゃ、そう聞こえてしまってもおかしくないか。――こんな可愛い子と泊まりなんて、考えただけで頭が沸騰しそうだ。


「お母さん日曜の夜に帰ってくるんだ。……それまで……良いかな?」


 今日は金曜日だから……ってことは、連泊ですよ!?


「俺が一人暮らしなの知ってるよね? その、嫌じゃない? ちょっとは不安になったりとかしない?」


「なにかするの?」


 雪代さんがまじまじと聞いてくる。


「しないしない! そんな勇気もない!」


 俺のその反応に、雪代さんがニマっとする。


「んふ、藤崎くんなら信用できる気がする。じゃあ良いかな?」


「うん! よっしゃ! ばっちこいやー!」


 もうやけだ! こんな可愛い子と二泊もするなんて、ただ事じゃないけど、俺ならきっと耐えられる。だってヘタレだもの!



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