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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第199話 渋谷でデート

 一月二週目の日曜日。

 今日は羽依と渋谷まで買い物に来た。


 電車で二十分程度で来れる所だが、用がなければまず来ない。俺にとってはそんな場所だ。

 とにかく人の多さに辟易する。 


 今日の羽依はとびきり可愛い勝負服って感じの装いだ。

 アイボリーのショートダウンジャケットに、淡いピンクのモヘアニットを合わせる。

 ボトムスはチェック柄のプリーツミニスカート。黒いタイツにダークブラウンのショートブーツを合わせて、すらりとした脚線美を上品に引き立てていた。

 仕上げに白いニットのベレー帽をちょこんと乗せ、可愛らしさと冬らしい季節感をぐっと増している。

 今日の意気込みを感じるような、完璧に可愛すぎる俺の彼女だった。



挿絵(By みてみん)



 駅前スクランブル交差点の人波にもまれる。羽依とはぐれたらもう二度と会えなくなりそうだ。しっかり手を繋いでおかないとな。


「いや~相変わらずすごい人混みだね……」


「やっぱり混んでるね~。私は人混み嫌いだし、ナンパやスカウトがウザいから、最近は渋谷には来ないけどね。でも売ってるものは魅力なんだよね~」


「だよねえ、服はやっぱり通販だと難しいしね。ただ、そのためにこの混雑を味わうのはきっついよなあ。ちょっと人混みに酔ってきた……」


「まだ今日はマシな方かも。初詣で蒼真が行ったお寺の方がすごいじゃない。毎年テレビで中継されるくらいだし」


「あ~あそこは別格だね。三日の日でもすごかったなあ。あと、昔一度だけ行ったけど、年末のアメ横。あれもまたやばかった。窒息するかと思ったよ」


「ああ、人混みなら隅田川の花火大会! ほんとに押しつぶされそうになったよ~」


 そんな人混み談義をしながら目的地までのんびり歩く。

 嫌な思いだって、こうして話せば笑えるネタになるんだからな。世の中無駄なことなんてないのかも。

 

 しばらく街中をぶらつくと、夏休みに燕さんが連れてきてくれたサロンが見えた。


「ほら、そこのお店! モデルやったときに髪をカットしてもらったんだよ」


「うわっ! よくファッション誌に載ってるサロンだね。カリスマ店長がいるんだよね~確か……」


「あら、蒼真! 蒼真じゃないか!」


 サロンの前を通り過ぎる時、突然オネエな感じの声が俺を呼んだ。ヒデキさんだ。


「あ、ヒデキさんこんにちは。俺のこと覚えててくれたんですか」


「うふ、いい男は忘れないの!」


 バチンバチンとウィンクしてくるオネエな雰囲気のヒデキさん。この店のカリスマ美容師さんだ。


「蒼真、この人だよ! カリスマ店長のヒデキさんだ! すごい人にセットしてもらったんだね~」


「あら、この子が噂の蒼真の彼女なのね」


 しげしげと羽依を見るヒデキさん。


「ちょっと蒼真、すごく可愛い子なのね! 真桜といい、この子といい、燕ちゃんの知り合いはレベルが高いわねえ」


「あ~、真桜もヒデキさんが仕上げてくれたんですよね。すごく綺麗になってましたね!」


「あの子は元がいいのよ。それで蒼真の彼女、貴女お名前は?」


「羽依です、雪代羽依。ヒデキさんのことは雑誌でよくお見かけします……」


 ヒデキさんの圧に押される羽依がちょっと可哀想だけど面白かった。気持ちは分かるぞ。


「ねえ、羽依と蒼真。ちょっと二人をセットしてもいいかしら。蒼真は髪を切ってあげる。羽依は髪のセットとメイクね。ただで良いから、写真撮らせてもらえるかしら?」


「え!? いいんすかっ! 羽依、どうする?」


 降って湧いた幸運だけど、羽依は不安げな表情を浮かべる。


「えっと、写真は何に使うんですか?」


「あら、その感じだと見られるのは得意じゃないのね? 大丈夫、額に入れてお店に飾るだけよ。雑誌やSNSには載せないから」


 その言葉にぱっと明るくなる羽依。


「んふ、なら断る理由はないかも。時間もあるし、蒼真、お願いしちゃおう!」


 千円カットに行こうと思っていたところをカリスマ美容師に切ってもらえるとは。この幸運には素直に乗っかっておこう。


 さっそく店内に入り、羽依はラウンジへ。俺はカットしてもらうため椅子に座る。


「予約いただいてたお得意様が急病で来られなくなってね。ちょうど持て余していたの」


「おお、それはラッキー、と言っていいか微妙ですね……」


「いいのよ、ラッキーで! うちも映える写真飾れるんだからウィンウィンよ!」


 ヒデキさんは熟練の手さばきで俺の髪をカットしていく。

 モデルの時のカットに近いアップバングショートだけど、今回は少しサイドの前髪を垂らしている。


「やっぱり蒼真の魅力は目よね。かわいい顔立ちなのに眼光鋭いの。ドキドキしちゃうわ!」


「はあ……どうもです……」


 うーん、やっぱりヒデキさんトークはクセが強い。


 でも、腕は確かだ。みるみる野暮ったい俺からイケてる雰囲気に変わっていく。

 やっぱすごいなあ、カリスマ美容師は。


 髪を洗い、仕上げにスタイリング剤をつけて完成する。

 すっかり見違えた自分に、少なからずテンションが上がるのを感じた。


「はい、完成! うん、いい男よ! じゃあ羽依と交代ね」


 奥のラウンジで待っている羽依と交代する。


「あー! 蒼真格好よくなったね! 私もどうなっちゃうんだろう。なんかドキドキするね」


「ははっ、楽しみにしてるよ!」


 期待と不安を表情に浮かべる羽依に向かって手を挙げる。

 片手でポンッとハイタッチしてからラウンジに入った。


 そこはただの待合室ではなかった。柔らかな間接照明に観葉植物が映え、アート写真が飾られた壁はギャラリーのようだ。ふかふかのソファと磨かれたガラスのテーブルが並び、ほんのり香るアロマが高級感を漂わせている。


「うお……VIPルームだなこれは」


「ふふ、店長からサービスですよ。コーヒーをどうぞ」


 綺麗な美容師のお姉さんがコーヒーをもってきてくれた。


「あ、すみません、ありがとうございます」


「ねえ、彼女すっごく可愛いよね。私もこういうところで働いているから芸能人とかいっぱい見てきたけどさ、同じようなオーラ持ってるよ。ホントに一般人?」


「あ~、はい。普通の高校一年生です。バイトでウェイトレスをしてるぐらいですね」


 お姉さんは何とも言えない顔をしている。驚いてる?


「あのルックスで何もしてないんだ……勿体ないっていうか、逆に危ないかもね」


「危ないって、どういう意味ですか?」


「何事も“過ぎる”っていうのはリスクよね。彼女は可愛すぎるの。悪い人に目を付けられなければ良いけど。今までだってそういうことなかった?」


 その言葉は妙に説得力があり、胸がざわついた。


「……そうですね、色々ありました」


 神妙な顔を浮かべて頷く彼女。


「やっぱりそうだよね。大手の芸能事務所に所属する子の中には保護を目的にすることもあるわね。露出が増えるから真逆に感じるかもしれないけど、むしろ管理下にあるって証明になるわね」


「氷室ちゃーん! お客様からご指名よー!」


「はーい、ただいま! ――蒼真くんだったわね。私は氷室ミカ。これ私の名刺。何かお困りだったらいつでも声かけてね!」


 そう言って慌てて店内に戻った氷室さん。

 彼女の言葉は妙に心にひっかかるのを感じた。



 ほどなくしてヒデキさんがラウンジに羽依を連れてきた。


 そこに立っていたのは、いつもの可愛さに大人の艶を纏わせた羽依だった。

 さらりと流れる金茶の髪は光を受けて宝石のようにきらめき、目元は繊細に引かれたラインで輝きを増している。ほんのり薔薇色に染められた頬と、グロスで艶めいた唇――その全てが調和し、彼女を一段と華やかに見せていた

 まるで美の化身。――ただ呆然と見つめてしまった。


「どう……かな? 私、プロの人にこういうのしてもらったの初めてだからさ……」


 ヒデキさんがうんうんと頷いている。


「羽依は自分の可愛さをよく知ってるわ。今日していたメイクだってナチュラルな雰囲気で高校生らしくてとても良かったの。今のメイクは撮影用ね。写真撮ったら落としても良いわよ」


「え~、勿体ないから今日はこのままにします!」


 羽依は出来栄えにすっかり満足している様子だ。鏡を見つめ、色んな表情をしている。


「何ていうか、怖いぐらい綺麗だね……ごめん、言葉が見つからないや」


 そんな拙い俺の言葉に羽依は満足げに頷き、俺の腕にしがみついてきた。


「んふ、蒼真。いい顔してるよ! さあ写真撮ってもらおうよ!」


 ラウンジの隣の部屋にちょっとしたスタジオまで完備している。都内の人気美容室はやっぱり一味違うんだな。


 ヒデキさん自ら一眼レフで撮影する。

 モニターに映った俺と羽依の笑顔が何とも恥ずかしいけど、二人とも見違えるほど洗練されていて、まるで芸能人のポートレートのようだった。


「完璧。とてもいい写真が撮れたわ。 二人にもこの写真をあげるわね。クラウドのリンクをLINEで送るから、お友達になりましょ!」


 こうしてカリスマ美容師ヒデキさんとLINEが繋がった。

 こうなってしまうと千円カットには行きづらいな。


 はっ! これも巧妙な作戦だったりして。

 ――そんなわけないか。


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