第198話 尋問
「ただいま~」
遅くに始まった稽古のおかげで、雪代家に戻った時にはもう十八時を回っていた。
体中が酷く痛むのは、稽古がスーパーハードだったせいだ。
真桜の生き生きとしたあの責めっぷりは一体何なんだろう。
嫌いにならないでって言っておきながら地獄の責め苦とは。
真桜め、なかなかやるじゃないか……。
「おかえり蒼真ー! って黒っ! 何その格好!? 変装でもしてたの?」
……そっか。そうだよな。なるほど。
羽依の鋭さを、そして自分の浅はかさを、今さらながら痛感する。
これは今晩、尋問だな……。
「おかえり蒼真。……真っ黒じゃないか、その格好。変装でもしてたのかい?」
キッチンで晩御飯の支度をしていた美咲さんが俺の格好をみてびっくりする。
「ただいま美咲さん。――親子で同じ反応とは、おそれいります」
きょとんとした美咲さんが妙に可愛かった。
今日の献立は、赤魚の開き、野菜炒め、小鉢に俺の作り置きのきんぴらごぼう、汁物はなめこの味噌汁で、羽依の大好物だった。
「いただきまーす!」
「さあ蒼真! 白状しなさい。今日は何してたのさ!」
晩御飯開始早々、嬉々として俺に尋問を開始する羽依。
「うぅ……そんなこと言われたらご飯が喉通らないよ……」
「そんな妙な格好するから勘ぐられるんだよ。夜道は危なかったろう、ちゃんと反射タスキは着けたんだろうね?」
美咲さんが俺をたしなめるように見つめる。
一緒に暮らす以上、心配かけるようなことをしては駄目だよな。
「すみません美咲さん、タスキは着けてたから大丈夫です」
とりあえず今日の服装の理由と飯野さんの取材の件を、真桜に伝えた通りに話した。
「ふうん、飯野さんとカラオケ行くために変装ね。――後ろめたいって分かってるじゃん。ギルティー!」
そう言って俺の赤魚の身が一番太いところを持って行く羽依。
「これでゆるしてあげる」
もっちゃもっちゃ食べながら許してくれた羽依。
グッバイ、俺の赤魚……。
「でも高校生で小説家なんてすごいもんだねえ。本まで出してるんならもう立派な作家さんだ」
「そうですね~。その彼女が書いた小説と知らずに俺が買ったのもびっくりでしたけどね」
美咲さんは目を見開いて驚いた。
「へえ! そんな偶然があるんだねえ。――私も昔書いたことあるんだよ。ケータイ小説だけどね。また何か書いてみようかな」
「おおっ! それは読んでみたい!是非お願いします」
笑顔で頷く美咲さん。人生経験豊富な彼女が書く物語はきっと面白そうだ。内容はどんな感じだろう。やっぱバイオレンスかな。
「じゃあ私も書こうかな!」
ニマニマしながら羽依は言う。
「羽依の小説かあ……。きっと禁忌に満ち溢れてそうだね」
「んふ、ちょっと楽しそうだね! 今度ウェブ小説で投稿してみようかな! 期待通りにエグいやつ!」
羽依の書いた小説かあ。一体どれだけ属性てんこ盛りなのかドキドキだ。
食後にみんなとまったり過ごした後、風呂に入り一日の疲れを流す。
風呂上がりに冷蔵庫の麦茶をいただく。冬でも常備してあるのはホント嬉しい。冷たい喉越しで体がキュッと締まるようだ。
コップとキッチンで水切りしていた皿を拭き上げ、食器棚に片付けてから自室に入る。
穏やかに土曜の夜が過ぎようとしていた。
ベッドに入り、寝る前の悪習であるスマホを開いたその時、ドアをノックする音が部屋に響いた。
「どうぞー」
カチャッとドアが開き、羽依が可愛らしいパジャマ姿で入ってきた。
風呂上がりの彼女の肌がほんのり桜色で艶めかしい。
「おやすみのキスをしにきたの。一緒に住んでるってホント良いね」
そう言って俺にキスをする羽依。
優しくふんわりした唇に幸せを感じる。
「羽依、ごめんね。この前の“後で話す”って言ってのは今日のことだったんだ」
「うん、多分そうかなって思ったんだ。そういうのをちゃんと話してくれるから蒼真はえらいね。常に誠実だからさ」
彼女の言葉にくすぐったさを感じるけど、果たして俺は期待通りの誠実さを持っているのだろうか……。
「後ろめたい思いをするのは嫌なんだ。それに羽依はすぐに勘づくでしょ」
俺の言葉に羽依がけらけらと笑う。枕の横に腰掛けた羽依の仕草と一緒にベッドが揺れた。
「だって蒼真は分かりやすいんだもん」
「そっか。それだけ俺のことよく見てるんだよね」
そうしてまたキスをする。今度はさっきよりも深く長く。
「羽依にお詫びをしたいからさ、ほら前に言ってた何か買ってあげたい話。明日一緒に買いに行かない?」
「んふ、下着買ってくれるって話だったね! じゃあ明日は久しぶりに渋谷に行こうか!」
「あ~渋谷ね、そうね……」
苦手なんだよなあ。でも仕方ない。
「蒼真の服も買おうね。あのだっさい黒いシャツはポイポイしちゃおうね」
ちょっと意地悪な顔をしてニヤニヤと俺に言ってくる。
「あう……ダサいって言われるのきっつい。そんなにダサかった?」
「ダサいよ。正直ありえない。黒一色なんてシミだよシミ」
容赦ない言葉の暴力に翻弄される。中学のときに買った俺の服はそこまでダサかったのか……黒って格好いいのに。
俺の反応に、羽依はお腹を抑えて苦しそうに笑ってる。
「別に服と付き合ってるわけじゃないからさ、蒼真が好きな格好だったらダサくても何着ても全然かまわないの。単に私の好みじゃないだけだから」
「いや、そこまで言われたらさすがに着る気はしないかな……黒にこだわりがあったわけじゃないし」
羽依はくすっと笑って俺に抱きつく。
「蒼真は格好いいの。モデルになっちゃうぐらいなんだから。彼女としては更に磨きたいでしょ? 明日楽しみにしてるね!」
そう言って最後にふわっと触れる程度のキスをして部屋に戻った羽依。
一緒に暮らすことで彼女の心にゆとりが出来たような気がする。
心穏やかなのがしっかりと伝わってきてホッとした。
さあ明日はデートだ。楽しみだな。