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第196話 蒼真の逆襲

 突如、豹変した飯野さん。

 俺の耳を噛み、舌を這わせ、シャツのボタンを第三ボタンまで外し、そっと胸を弄ってくる。

 強い香水の匂いと熱い息遣いに心臓が跳ねた。


「飯野さん、やめましょ? こんなことしちゃだめですって……」


 俺の情けない言葉は彼女の耳には届いてないようだ。

 その手はさらに容赦なくベルトの下に滑り込む。


「んっ……飯野さんっ! ほんと怒りますよ! マジでやめてください!」


「そんなに嫌なら逃げちゃえば良いじゃない。抵抗できるでしょ?」


 少し小馬鹿にした口調の飯野さん。

 ようやく理解した。この人は俺を怒らせたいようだ。

 でも、ここで本当に怒っては彼女の思う壺。

 とは言ってもこのままされ放題なのも癪に障る。


「俺、飯野さんの気に障るようなことしました? なんでこんな酷いことするんですか……」


 少々情けないが、泣き落としで止めさせる。


「ん~、本当に嫌ならもうしないけど、蒼真くん元気だよ? ほらほら~」


 素直に反応してしまう自分が情けなすぎるが、気づいたこともあった。

 とにかく雑な動きだ。それに今さら気付いたが、手が震えている。


 彼女が無理をしてることにようやく気づいた。

 でも一体何故こんなことを……。


 少しだけこのまま乗ってみることにする。


「飯野さん、ちょっと痛いです……もう少し優しくしてください」


「え? あ、ごめん、こう……かな……」


 ……無駄に具合がよくなってしまった。何やってんだ俺。


「ん……ちょっとやばいです……」


「お、いい感じなんだ。もうだめ? つらい? ねえ、教えて」


 これも取材の一環なんだろうか。でも、体を張ってまでこんなことをする必要があるだろうか。


「……もっと強い刺激がないとずっとこのままです。手、疲れたでしょ」


 飯野さんの息は乱れているけど、それは興奮と言うより単純に疲れているようだった。


 やはり彼女はオボコなようだ。無理をしているのは取材と経験のため……か。


 やがて忙しく動いていた手が止まった。――危なかった……。


「ふう……。ん~難しいね。男の子なんてチョチョイだと思ったけど、物語のようにはいかないね」


 アレだけのことをしておいて、サバサバとした口調の飯野さん。ハート強すぎだろう……。


「飯野さんのこと嫌いです。もう帰ります」


 できるだけ冷徹に言い放つ。

 立ち上がり、部屋を出ようとした俺の手を捕まえる飯野さん。


「ちょっとまった蒼真くん! ホントに怒っちゃった? でも、そういう怒り方は想定外すぎるよ!」


 やたらと慌て始めた飯野さん。聞く耳を持ちたくないが彼女の言い分を聞いてみる。

 再度椅子に座り、彼女を睨みつける。

 飯野さんはすっかり大人しくなった。


「ごめんね。私は色々こじらせちゃってるみたい。小説と現実なんて違うに決まってるのに……」


「……襲われたかったんですか?」


 飯野さんはこくりと頷いた。


「蒼真くんはちょっと目つきがね、たまにすごく野性味があって好きなの。可愛い顔してるのにね」


 ――また俺の目か。何か呪われてるのかこの目。邪眼とかだったりして。


「結構大人しそうに見えて経験豊富そうだからね。ちょっとつつけばすぐその気になるかなって! ……ごめん。バカだったね」


「ホントバカですよ。でも、俺がそんなに軽薄に見えるっていうなら俺のせいかもですね」


 飯野さんは首を振り顔を手で抑える。


「私ね、少し前にクラスの男子に嫌がらせされてたの。すごく嫌だったんだけど、このまま襲われたらどうなるんだろうって……」


 ……後藤の話だ。あいつに妙なトラウマ植え付けられていたのか。


「嫌いな男に襲われるのは嫌。でも、良いなって思ってる子に襲われたらって……そう、思っちゃったの」


 これもまた厄介な性癖の一種なのだろうか。

 でも、それと今日飯野さんが俺にしたことは真逆な気もした。


「……その嫌なことを俺にしたら、そいつと同じでしょ?」


「バカだよね……男の子ってこういうの好きでしょ。って本気で思ったけど、蒼真くんはモテるから効果なかったんだね」


 その言葉にちょっとムカッときた。


「よく考えてください。俺と飯野さんが逆の立場で飯野さんが俺に同じ事されたらどう思います?」


 少し下を向き考えを巡らす飯野さん。そして俺に向き合い――。


「興奮……しちゃうかも……」


 ――俺の頭の中で何かが切れた音がした。


 飯野さんを突き飛ばし、ソファーに寝転がせる。


「そ、蒼真くん? なに、いきなり……」


「襲われてえんだろ? 良いよ。襲ってやるよ……」


 肩をぐっと抑え、彼女の内ももをぎゅっと触る。

 視線は彼女の瞳をまっすぐに捉える。


「え……うそ、まって、やだ……」


「今さら何言ってんだ……覚悟しろよ」


 豹変した俺に、最初は引きつった笑みを浮かべつつ、次第に怯えた表情を浮かべる。

 やがて涙がじわっと浮かんできた。


「……やだ、やだ! いやああ!」


 ……ちょっとやりすぎちゃったかな。

 飯野さんは号泣してしまった。


 ――時間はすでに十二時を回っていた。

 真桜に遅れると連絡を入れる……。


 嗚咽を漏らす飯野さん。ちょっと過呼吸が心配だったけど、どうにか落ち着いてきたようだ。


「蒼真くんの鬼、悪魔、レ◯プ魔」


「あうっ……ごめんなさい……」


 俺の情けなくもか細い謝罪の言葉に、飯野さんはくすっと笑う。


「……怖かった。私もごめん……こんなに怖いなんて、こんなに私が臆病だったなんて思わなかった」


「過去にあった怖い思いを快楽に結びつけようと脳が自己防衛したんでしょうね。それだけ嫌な目にあったと思うと、飯野さんも十分被害者ですよ……」


「こんなことをした私にそんな優しい言葉をくれるんだ。――沁みるなあ……。でも、蒼真くんの言う通りかも……」


 そう言ってからバッグからハンカチを取りだし涙を拭く。ティッシュで鼻をかみ、手鏡でささっと乱れを整える。

 いつもの飯野さんに戻りつつあった。


「君を呼び出した本当の理由も正直あやふやだった。私は一体何をしたかったんだろうね……」


「取材じゃなかったんですか?」


「もちろんそうなんだけどね。君の事を好きな子たちって、みんなとても魅力的でしょ」


 その言葉に、俺の好きな羽依と真桜の姿を思い浮かべる。さらに俺のことを好きと言ってくれた人たちも……。


「ほんと、俺にはもったいなさすぎます……」


「きっと君には女の子には抗えない不思議な魅力があるのかもね。今回の取材の結果はそれで締めよう」


 飯野さんは俺に優しく微笑み、指は忙しなくスマホをフリックしていた。


「そんな適当な……」


「そうでもないよ? 『作者の実体験に基づく』ってね。これで小説かけそうな気がしてきた!」


 やっぱり強かな人だな。

 散々な目にあったけど、飯野さんのことは、どうにも嫌いにはなれそうになかった。


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