第192話 三学期スタート
「「いってきまーす」」
今日から三学期だ。
今まではアパートの前で羽依と待ち合わせていたけど、今日からは一緒に家を出る。それがなんだか妙にくすぐったい。
「んふ、なんかさ、同棲生活って感じがするね」
そう言って俺の手をぎゅっと繋ぐ羽依。寒い中でも伝わる温もりに幸せを感じる。
「そうだね。一緒に住み始めたことって、みんなに言った方が良いのかな?」
俺の言葉に羽依は少し考えた後に首を振る。
「ん~、わざわざ言うことでもないかな? どのみち一ヶ月だけだからね。来月からは九条さんのうちに住むんだし」
そう言ってジッと責めるような視線を送る羽依。それを言われると何とも弱ってしまう。
そんな俺をみて彼女は満足そうに微笑んだ。
「冗談だよ。九条さんちは場所も覚えたし、いつでも遊びに来てって言われたからね。 週末はうちに来るんだし……来るよね?」
そう言った瞬間、真顔になって俺に詰める羽依。その隙のない端正な顔立ちに見惚れるとともに、ぞくりとする怖さを感じた。
「もちろん行くよ。俺だって羽依と……イチャつきたいし」
うわっはっず。何いってんの俺。
言ったそばから顔がカーッと熱くなる。
「通い妻じゃなくて通い旦那? なんか週末婚みたいだね!」
ニヤニヤと締まらない顔をする羽依。繋ぐ手にそっと力が籠もっていた。
ここ最近はトレードマークだったサイドテールをやめて、ストレートで内巻きにするのがお気に入りのようだ。
前髪はふわっとセンターで分けられていて、軽やかに額を縁取っている。
デコルテが隠れる程度の長さで、キャラメルブラウンの髪が陽光を受けてツヤっと輝いている。
少し大人びた印象になった彼女の仕草一つ一つにドキッとする。
今日も俺の彼女は完璧に可愛かった。
学校に近づくにつれ生徒の数も増えていく。
俺の彼女は相変わらず注目を集めていた。羨望、好奇、嫉妬と様々な視線を容赦なく俺たちに浴びせてくる。
ただ、以前は大人しめな彼女だったけど、今は堂々とした振る舞いに感じる。嫌な視線なんて眼中には無さそうだ。
「おはよう羽依ちゃん、藤崎くん」
校舎前で声をかけてきたのは相楽千紗さん。長身のスラッとした容姿の女子だ。ぱっと見はスポーツ万能王子様系に見えつつ、家庭科部所属のほわほわ系女子。羽依と仲のいい子の一人だ。
「おはようちーちゃん! ことよろだね!」
「うんうん、ことよろー。羽依ちゃんその髪型、素敵だね! すごく大人っぽいよ!」
「えへ、ありがと! ――蒼真は気が付かないみたいだけどね」
そう言って冷めた目で俺を見る羽依。
「いや、気がついてたって。心の中でめっちゃ褒めてたよ」
そんな俺の言い訳に、二人の呆れた眼差しが突き刺さる。
「藤崎くん。女の子は好きな人に褒められるのが栄養なの」
「そうだそうだ! 餌よこせ!」
むう、ちゃんと褒めたのに。心の中で。
仕方がないのでポケットの飴ちゃんを羽依にあげたら喜んで口に放り込んだ。
そんな俺たちのやり取りを目を細めて見ている相楽さん。
「ふふ、相変わらず仲良しだね!」
「んふ、ちーちゃんのところだっていつも仲良しじゃない! あれ? そう言えば今日は広岡くんと一緒に登校じゃないの?」
「いるんだけど。雪代さん酷くない?」
相楽さんの影からひょっこり出てきた広岡智也。みんなからは智ちゃんと呼ばれているクラス委員長だ。
相楽さんが180cm、智ちゃんが150cmという身長差カップルだ。
「ごっめん! 本気で分からなかった! 広岡くんもことよろ!」
「はいはいことよろ。蒼真もよろしくね~」
苦笑いを浮かべながら俺にも間延びした挨拶をする智ちゃん。
「ああ、ことよろ!」
教室に入ると、俺たちより先に真桜が来ていた。
桜色の髪を後ろに束ねてポニーテールにしている。その白いうなじに思わず目が奪われてしまう。
髪を染めてからの真桜はやたらと色っぽくなった気がした。
「おはよう二人とも。冬休みの宿題は終わってる?」
「もっちろん! 蒼真とぱぱっと終わらせたからね~」
「ああ、ほぼ一日で全部終わらせたからね……辛かったなあ……。そういう真桜は終わらせてる?」
「そりゃね。冬休み前に終わらせたわよ。自分の勉強進めたいしね」
「だよね~!」
「ダヨネー……」
どの辺にダヨネ感があるか分からないけど一応合わせておいた。
俺も以前よりは予習復習はしているし、学年順位も相当上がっている。
でもやっぱりこの二人の域に達するには並大抵の努力では無理だろう。
はあ……。もうちょっと頑張らないとなあ……。