第191話 陽だまりの中で
「ごちそうさまー! 二人ともありがとうね。じゃあ私はそろそろ帰るね」
志保さんの明るい一言に、俺と遥さんはずっこけそうになる。まだご飯しか食べていないぞ。
「志保さん、今日来た目的ってお昼を食べに来ただけ?」
ぼーっと考えたあとに、はっと思い出したようにポンと手を叩く。
「そうそう、私何しに来たんだって話だよね! ごめんごめん」
志保さんのポンコツっぷりがあまりに面白かった。
つっこんでなかったら、この人本当に帰ってたぞ。
「明日の始業式の後に生徒会から校内放送をして欲しいのを伝え忘れたの。具体的には――」
内容は単なる引き継ぎ忘れのようだった。
二人のやり取りを見守りつつ、長くなりそうなので食後のコーヒーを淹れる。
と、その時、俺のスマホが鳴った。
羽依からLINEが届いた。
羽依「いえーい、彼氏くん! なにしてんの? 私は今、真桜とイチャイチャしてまーす!」
頭の痛くなる文面と一緒に自撮りの写真を送ってきた。
カラオケボックスで迷惑顔の真桜と顔を寄せて満面の笑みを浮かべる羽依。その対比が妙にツボった。
蒼真「そのノリって流行ってるの? 俺は今遥さんの家に来てるよ。今、志保さんも来たところ」
羽依「ぎゃあああ! 蒼真がガチ浮気してる!」
人聞き悪いな……。
ふと名案が浮かぶ。この先のことを考えると一度はこの家に来てもらったほうがいいと思った。
蒼真「してないって。羽依たちもよかったら来ない? ピザが結構残ってるんだ」
俺の考えは至って単純。働く場所を見せればきっと羽依も安心するはず。要は百聞は一見にしかずだ。
真桜と遥さんの仲違いの件も、お互いの誤解ということを理解しているはず。
和やかな空気はきっと良い結果に繋がる。そう信じたい。
返信に時間がかかっているのは二人で相談してるからだろう。
ほどなくして羽依から返信が来た。
羽依「そっち行くから地図送ってね」
地図を送信し、スタンプで締める。
「遥さん、志保さん。勝手に決めてすみませんが、今から羽依と真桜が来るそうです。」
「そう、今日は来客の多い日ね。ふふ、賑やかで楽しそうだわ」
そう言って穏やかに微笑む遥さん。いきなりな話だったけど、嫌がる素振りは全くなかった。
「真桜ちゃんが来るなら丁度いいね! 明日のことを伝えつつ、色々聞きたいこともあるし。あの髪色の変化はきっと彼女に何かあったって私は踏んでるの!」
志保さんが決め顔で俺を見つめるけど、鋭さを感じるような部分が全く無い。
「さすがは志保さんです。真桜から色々聞いちゃいましょうね」
俺の言葉に志保さんも、うんうんと納得の様子。
これぞグッドコミュニケーションってもんだよな。
十四時を過ぎたあたりで羽依たちが到着した。
重い門が再度開く。
「すごい家ね……大豪邸だわ……」
「でも、真桜の家のほうが広いんじゃない? あ、こんにちは! お邪魔します~、って蒼真!? めっちゃ格好いい! バトラーだ!」
「いらっしゃいませお嬢様方。主人があちらで待っていますのでご挨拶を。くれぐれも粗相のないように」
「なによ粗相って……でも、素敵ね、その格好。後で写真撮らせてね」
そう言って俺の手を握り、柔らかく微笑む真桜。
つい先日の事を思い出すと、なんとも恥ずかしいしドキドキしてしまう。真桜も同じようで、俺の顔を見るなり顔を赤らめていた。
羽依は志保さんを見つけるなり、スタタッと小走りに行ってしまった。粗相がないようにって言ったばかりなのに……。
「九条さん、志保さん、あけましておめでとうございます! お呼ばれにきちゃいました!」
「いらっしゃい雪代さん。あけましておめでとう。彼氏の装いは気に入ってくれたかしら」
「はい! すっごく良いです。でも、蒼真はあの格好でずっと働くんですか?」
「まさか、あれはただのコスプレよ」
衝撃の事実が発覚した。どうやら俺の格好はただのコスプレだったらしい。まあこんな綺麗な格好で庭仕事とかはやらないか。
「御影さん、九条さん。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
穏やかに礼儀正しく真桜が挨拶をする。
「あけましておめでとう結城さん。今年もよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします……九条さん、少し、二人で話をしたいけど、良いかしら……」
「ええ、じゃあリビングに来てもらうわね。蒼真くん、後で紅茶を淹れてもらえるかな」
「かしこまりました、お嬢様」
そんなやり取りを熱い眼差しで見つめる羽依。
「蒼真! そっちもイケるんだね! んむむ、私の彼氏はどれだけ私の可能性を広げるんだろう……」
やたらと興奮する俺の彼女がちょっと怖い。
出来ることなら妙な可能性の芽は摘んでおきたいところだけど……。まあ喜んでるから良いか。
それよりも真桜の行動の速さに驚いた。和やかな雰囲気の中で雪解けをと思っていたけど、躊躇無く核心に切り込んでいったのはさすがだ。不安もあるけど後は彼女たちに任せよう。
志保さんと羽依はべったりおしゃべりに夢中で、真桜と遥さんはリビングで真剣な話をしている。
一人手持ち無沙汰な俺は、彼女たちに紅茶を淹れることにする。
ぱぱっとお茶菓子も作れるかな? 紅茶にはスコーンだよな。
キッチンに行き材料を確認するが十分足りそうだった。
スコーンを焼いている間、時折リビングから大きな声が響いてきて、胸がざわついた。
心配だけど、二人ともきっと解り合えると信じる。
艶やかな黒い毛並みをしたクロちゃんが足元にすり寄ってきた。
リビングではご主人がいつもと違う様子だから心配なのかな。
そんなクロちゃんと戯れるだけで時間は容易に溶けていく。
――スコーンが焼き上がった。バターの甘い香りと、チョコのほろ苦い香りが混ざり合い、幸せな香りとなる。
早速、羽依と志保さんに紅茶とスコーンにジャムを添えて提供する。
「どうぞ、召し上がれ」
「気が利くねえ執事さん。どれどれ、うん! おいしー!」
お腹が空いていたのか、羽依は勢いよくパクパク食べた。
「ああ、良いなあ執事の蒼真くん。これはもう、この家に通うしかないね、羽依ちゃん!」
「うん! 場所も覚えたし、自転車もあるし。いつでも来ちゃうよ!」
志保さんと二人で固い握手を交わしている。まあウケたようでなによりだ。
さて、お次は……。
リビングで、妙にぐったりしたような面持ちの二人に、恭しく紅茶を淹れる。
「紅茶とスコーンです。お口に合えば良いですけど」
「そうね、できればもう少し早くに欲しかったかな……喉が枯れたわ」
「ありがとう蒼真、色々気を使わせたわね……」
思い思いに語る二人は、お互いを見つめ、そっと微笑んだ。
その様子を見る限り、どうやら二人の関係は良い方に向かったようだった。
「うん、美味しい。蒼真くんはお菓子作りも上手なのね。紅茶もダージリンを選んだのは敢えてなのかしら。いい選択よ」
「スコーンとダージリンの組み合わせは王道ね。蒼真は良い主夫になりそうよね」
お褒めの言葉をいただくけど、やっぱりこの二人ってキャラ被ってるよな……。ちょっと面白い。
「喜んでもらえてよかったです。――真桜はそれだけじゃ足りないよね。今ピザ焼いてるからさ、あと残ったパエリアもあるんだけど、よかったら食べる?」
真桜は俺を見て一瞬ムスッとしたが、すぐに微笑んだ。
「もう、貴方には敵わないわ。――遥さん、ウッドデッキでいただきましょう」
「そうね。蒼真くん、運んでもらえるかしら。行きましょう、真桜」
色々話し合った結果、二人の呼び方まで変わっていたことに驚いた。
きっと、ずっと仲直りしたかったんじゃないかな。そう思うと、また鼻の奥がツンとなるのを感じた。
ホント最近、涙腺がゆるすぎて困る……。
――冬休み最後の日。
陽だまりの中、庭先は笑顔で満ちていた。
今日は本当に来てよかった。心から、そう思える一日だった。
明日からは新学期。気持ちを新たに頑張ろう。