第19話 泣いてスッキリ
羽依と真桜がすっかり仲良くなっている。とても尊くて良かったけど、二人で盛り上がってるので正直、居場所がない。
なので、俺はクッキーを焼いて女子会に華を添えることにした。
クッキーの焼ける甘い香りが部屋に満ちてくる頃、紅茶の準備に取りかかる。
熱湯ではなく、少し冷ましたお湯でじっくりと茶葉を開かせ、香りが立ったところで、そっとティーカップに注ぐ。
焼きたてのクッキーと紅茶を、お嬢様たちに恭しく差し出した。
「蒼真、女子力高いよね~」
羽依がニコニコしながら言うけど、男に女子力って褒め言葉なのかな。
「美味しいわね、蒼真。紅茶もとても上手に入れてあるわね。私が生徒会長になったら、庶務をやらせてあげるわ」
まったくありがたくないぞ、真桜。
「喜んでもらえてよかったよ」
「ほんと気が利くのね。中学の時、問題児だったなんて信じられないわね。――実際、何があったのか聞いてもいいかしら?」
「つまらない話だよ……」
あまり思い出したくない過去だから言いたくなかった。
「家の裏に空き地があったんだ。雑草が生い茂って、虫が沸いて困っていてね。草を刈って芝の種を撒いたら、いい感じに育ったんだ」
なつかしいな。裏の空き地。そして思い出す忌々しい記憶。
「芝刈り機とかないからさ、芝刈り用のハサミで一生懸命長さを揃えてね。何年もかけて丹精込めて育てたんだ。すごい綺麗に育ったんだよ? 寝っ転がったらすっごいふかふかでさ! ――そしたら……、中学の上級生たちが、こともあろうに、俺の育てた芝の上でタバコを吸って花火で遊んでたんだよ」
ああ、だめだ。思い出しただけで涙が出てきそうだ。
「俺が『やめろ!』って叫んだら、上級生が俺を笑うんだ。『芝刈りそーちゃんってお前だろ! 良い芝じゃないか!』そう言って芝を蹴って荒らしたんだ!」
俺は拳を握り、歯を軋らせる。
「あったまきた俺は、芝刈り用のハサミ振り回して追い払ったんだよ」
「え……、危な……」
真桜がつぶやく。きっとシンパシーを感じてくれてるんだろう。
「そしたらさ、『芝刈りそーちゃん』から『シバキやそーちゃん』にあだ名が変わってて……」
二人は緊張の面持ちで口が開けないようだ。
「気付いたら俺がすごい暴れん坊に思われちゃって、揉め事があるたびに俺の名前が出るようになったんだ。『シバキやそーちゃん呼んでくるぞ!』ってのが定番の脅し文句になってね……」
重い沈黙が流れる。もらい泣きしてそうな二人を見つめる。
「じゃ、じゃあ、蒼真自身は喧嘩してないの?……」
「うん」
「「あーっはっははっははああっはははは!!」」
お嬢様達は、もらい泣きをするどころか、大笑いしてらっしゃる! なんで!?
「なんで笑うの!?」
「いや、ネタでしょこれ!」
「私も、蒼真のこと、伝説の不良ぐらいに思ってたわよ!」
「二人ともひどいよ!?」
……俺の芝、俺の青春、俺の涙……全部ネタにされて終わった。
ぐすん。
散々笑い倒してくれた真桜。クールキャラどこにいった。
次の標的は羽依に向かった。
「羽依の話も聞いても大丈夫? 入学早々、なんであんなに告白されたのか。身に覚えとかあるのかしら?」
真桜はわりとグイグイ行くなあ。羽依は、一瞬の躊躇いを見せたものの語り始めた。
「うん、もう前の話なんだけどね……よく話してくる男子がいてね。その子に告白されたんだ。特に好きとか無かったから断ったんだけど、何度も何度も告白してくるの。――だんだん周りもその子を応援するようになってきて……」
羽依は最初こそ明るい顔をしていたものの、思い出してきたのか、だんだん苦しそうな顔になってきた。
真桜の表情から神妙さが現れる。そして、優しく羽依の手を握った。
「それでね、突然キレて『なんで気のある素振り見せたんだよ!』って。私そんなつもり全然なかったからさ、怖くなっちゃって……」
羽依の顔が蒼白になる。声もだんだんと、か細くなっていく。
「でね、それから周りと少し距離ができちゃって。それからしばらくしたらさ、知らない男の人から声かけられることが増えて……」
遂に羽依の目からは涙がこぼれた。
「噂が流れてたの。“強気で押せば、やらせてくれる女”って」
――ああ、あのチャラ男が言ってたことはそういうことだったのか……。全くの未経験であろう羽依に何言ってるんだと思ったが。羽依はずっと噂に苦しめられていたんだな……。俺と一緒だ。
真桜がぎゅっと羽依を抱きしめる。
「ごめんね羽依。辛いこと思い出させてしまったのね」
真桜も涙を流していた。人のために涙を流せるって、本当に優しい子だなと思う。
羽依は過呼吸気味になりながらも、懸命に言葉を紡ごうとする。
「話は続きがあってね……その噂を広めたのは私と仲良しだった子だったの。その子、私を口説いてた男の子のことが……好きだったみたいで……」
「もういいから! ごめん、ごめんね羽依!」
もう真桜も声にならない。しばらくの間、二人で声を上げて泣き続けていた。
地元に居ながら、中学の友達の話とか聞かないなとは思ってたけど、孤立しちゃってたんだな。
それでいて声をかけてくるのは、噂を信じた馬鹿な男どもと……。なんて救われない話なんだ……。
二人とも泣き止んだ後はお互い見つめ合い、照れたように笑っていた。
――俺はお湯を沸かし、熱めのお湯でタオルを絞り二人に手渡す。
「泣き腫らしたまま帰ったら、家の人に驚かれるよ。はい、蒸しタオル」
二人でタオルを顔に当てる姿が、ややシュールだ。写真撮りたいけど怒られそうだ。
「あーぎもちー」
「これはいいわー」
二人ともいっぱい泣いた後は、すっきりしたようだった。
「なんか最近泣きまくりだよ~。蒼真のせいだよね」
「そうね、蒼真のせいで化粧全部落ちたじゃないの。責任取りなさいよ」
二人の矛先が何故か俺に!? でも二人とも、とてもいい笑顔になった。
「理不尽じゃね? でも、元気になってよかったよ」
やっとみんなで笑いあえた。
辛い思い出も多いけど、今が楽しければ良いよね。