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第189話 弟大好きお姉ちゃん

「この家をまだきちんと案内してなかったわね。行きましょうか」


 そう言って遥さんが歩き出す。その後ろについていく。


 家の中はとにかく広い。もう無き俺の生家の倍はあるんじゃないだろうか。


 まず玄関からして広すぎる。正面の大理石調の床はつややかに磨かれていて、天井は吹き抜けになっている。ここだけで俺の住んでたアパートより広いんじゃないかと思うほどだ。

 シューズクロークがあり、ズラリと並ぶ靴箱のほかに、サーフボードやゴルフバッグまで置かれている。色白で線が細いイメージの遥さんだが、こういうのを見ると意外とアクティブなんだなと驚かされる。


 リビングは四十畳とのこと。天井は高く、南側一面が大きなガラス窓で、庭の芝生とウッドデッキまで見渡せる。

 ソファセットは革張りでゆったりとしていて、壁には大型の液晶テレビとシックな書棚。観葉植物が要所に配置され、ホテルラウンジのように整っている。これだけ広いと掃除だって容易じゃないだろう。


 浴室と洗面所も相当広く、八畳はあるだろうか。大理石調の壁にジェットバスまで備えつけられていて、まるで高級旅館のようだ。豪華すぎて緊張するけど、汚れはすぐに落ちそうで、その点だけはいくらか楽そうに思えた。


 リビングの脇には幅の広い階段があり、二階へと続いている。

 二階は遥さんの部屋のほか、未使用のゲストルームが三部屋。


「このゲストルームの一部屋を蒼真くんに使ってもらうわね。ちょっと狭くて申し訳ないんだけど……」


「……何いってんすか……俺の住んでたアパートよりも全然広いですよ」


 否応なく貧富の差を見せつけてくれる。ゲストルームは十畳はあるだろう。五十インチはある大きいテレビと収納もばっちり完備されている。ベッドはセミダブルぐらいの大きさだ。椅子と机もあり、かなり豪華なホテルのようだった。


「家具とか全然ないから、後で買いに行きましょうね」


「ええ……いやもう十分ですよ……」


 あらそうなの、とちょっと残念そうにする遥さん。一緒に買い物に行きたかったのかな?


「設備が整ってるのはこの部屋ぐらいで、パパが何度か泊まったっきり全然使ってないの。でも、お古が嫌だったら他の部屋に新しい家具を買うのもありね」


「いやいや、この部屋で十分です!」


 やっぱりお嬢様だなあ……。金銭感覚は庶民のそれとは全く違うようだ。


 廊下の突き当り、南側の部屋が遥さんの部屋らしい。


「ちょっと恥ずかしいけど、私の部屋も見ていく?」


「えっと、見てもいいなら……」


 お嬢様の秘密の部屋。なんだか妙にドキドキするな……。

 部屋の前に到着し、遥さんが呼吸を整える。


「引かないでね……」


 そこまで言われ、ちょっと怖くなった。引かれるようなものがあるんだろうか?

 恐る恐る入ってみる。


「ぅぉ……」


 一見すると可愛らしい部屋だと思う。お嬢様らしい天蓋のベッドに可愛いふわふわなラグが中央に敷いてある。

 

 意外なのが、この部屋には浮き気味の大きめなPCデスク。モニターが3台設置されてあり、椅子もゲーミングチェアのようだ。かなり大きなPCがあり、ゲーミング仕様のようだった。

 

 ピアノとギター、ベースも置いてある。ホント多趣味なんだな。


 それらよりもさらに目を引いたのが、ベッドの脇に飾ってある俺のタペストリー。これは俺が夏休みにモデルをやったときのものか……。


 なるほど……。

 これなら社長だって遥さんの意中の人が誰だかすぐに分かるはずだった……。


「ごめんね、引くよね……。御影さんにお願いして画像データをもらって特注したの……」


「あはは、いや、ちょっと写り良すぎて……今は髪も伸びちゃったし……」


 なんて羞恥! 多分今の俺は顔が真っ赤だと思う。

 でも、隣の遥さんも負けじと真っ赤だった。

 ふと、ベッドの脇に置いてある写真立てに目が留まる。


 無視できない写真の内容に思わず手が伸びる。


「あ、それだめ!」


 これは……俺の中学の時の写真だ。図書室で勉強しながら泣いてる写真で、以前俺に見せてくれたものだった。


「うわっはっず! これ印刷してたんですか! むうう……これは没収しようかな」


「だめ、返して!」


 そう言って俺の腕を取りに来た拍子にもつれ込み、ベッドに倒れてしまう。


 思わず顔を見合わせて固まってしまう。

 遥さんが馬乗りの状態から、どいてくれない。


「なんだか私が押し倒しているようね」


「実際そうでしたし、傍目からみても確実にそうですね……俺は無実です」


 そのまま遥さんが俺の胸に顔を埋めた。ふわっと髪が舞い、かすかな香りが鼻をかすめる。

 近づいた体温に思わず心臓が跳ねる――けれど、その肩がかすかに震えているのに気づいた。


「――弟、なんだよね。私たち姉弟なんだよね」


 声はか細く、頼りなかった。


「はい。そうです。――姉さん」


 俺がそう呼ぶと、遥さんの震えははっきりと伝わってきた。

 その細い体をそっと背中に回した手で支えながら、少しでも心穏やかになればと願った。


「うん……大丈夫、私は受け入れたよ」


「……」


 顔を起こし、手を俺の頬にあてがい、じっと見つめる。

 潤んだ瞳が彼女の胸中の複雑さを表していた。


「もう一回……呼んでみて?」


「姉さん。――遥姉さん」


 途端に遥さんが姿勢を起こし、口に手を当てて恍惚の表情に変貌する。


「……いい」


「……へ?」


「もう一回! ねえ! もう一回呼んで!」


 食い気味に俺に求める遥さん。その勢いに圧倒されるけど、彼女が喜んでくれるなら俺は何でもしたい。


「いいですよ。何回でも。姉さん。遥姉さん。遥ねえ。お姉ちゃん!」


「~~~~~!!」


 俺から離れ、仰向けにベッドに倒れる。そして両手で顔を抑えてジタバタしている。


「じゃあさ、蒼真って……呼んでも……いいかな?」


「もちろんですよ」


「蒼真! 」


「はい、お姉ちゃん!」


「ああ、すごい! なんて愛おしいのかしら! 弟ってすごい!」


 感極まったように目をぎゅっと閉じ、口元を緩ませる遥さん。語彙を失うほどに悶えている。


「えっと……はは、喜んでくれるならよかったです。でも、二人きりの時だけにしましょうね」


「そうよね、うん、それがまたいいの! ああ、一緒に住むのが楽しみすぎるわ! 早く来月にならないかな!」


 ……ちょっと引くぐらいに弟愛がすごいお姉ちゃんが誕生したようだった。

 弟大好きお姉ちゃんと一緒に住む半年間か。

 なにが起こるか分からないけど、なんだか楽しくなりそうな予感がした。

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