第185話 雪代家に引っ越し
一月五日。
午前中、美咲さんと羽依に手伝ってもらいアパートから雪代家へ引っ越しをする事に。といっても、車一往復で済んでしまった。
予め雪代家に持っていっておいたのと、元から荷物が少ないからだ。
「もうちょっと年頃の男の子グッズを期待したんだけどねえ」
美咲さんがニヤニヤしながら言うが、そんなもの俺には必要ない。――スマホの中身を見られたら余裕で死ねるが。
車から降り、慣れ親しんだお店を見上げると、何とも不思議な気持ちになる。
――初めて来たのは五月か。あの頃はまだ羽依に片思いだったな。
まさかここに住む事になるとはなあ……。
「美咲さん、羽依。引っ越し手伝ってくれてありがとう。これからよろしくお願いします」
二人に向かって深々と頭を下げる。
「んふ、ついに家族になったね。さっさと引っ越してくればよかったんだよ~」
さっきから羽依がくっついて離れない。でも、寒空の中、彼女の温もりは心地よかった。
「さあ家に入ろう。歓迎するよ蒼真!」
美咲さんも俺にぎゅっとしがみついた。美人親子からの抱擁は、冬の寒さを完全に吹き飛ばしてくれた。ちょっと暑いくらいだ。
荷物を全部運び終えた頃、丁度りっちゃんがお店に来た。
今日からお店は正月休みを終えて通常営業になる。
「みんな、あけましておめでとう~! わっ! 蒼真くんっその顔どうしたのっ!?」
相変わらず声が大きい元気なりっちゃんだ。俺の顔の傷を心配そうにしげしげと見つめる。
腫れはもうひいたが、まだ痕は残っている。それも新学期が始まる明々後日には消えるだろう。
「いやあ、ちょっと色々ありまして……それより、あけましておめでとうございます。夜のシフトの件、ありがとうございます!」
二月から半年ほど、俺の穴を埋めてくれるのは彼女だ。
専業主婦だけど、ほぼフルタイムになってしまうのが申し訳ないかぎりだ。理解のある旦那さんらしいけど大丈夫なのかな。
「大丈夫だよ蒼真くん! むしろ夜も狙っていたからね! どんなお客さんが来るのか今から楽しみだな~」
なんとも頼もしい限りなりっちゃんのお言葉。
……ほんとに半年後、俺の戻る場所なくなってたりして。
「りっちゃん、あんまりお母さんと飲み明かしちゃだめだよ」
羽依がチクリと釘を刺す。
「あう、それが楽しみなんだけどなあ……」
すっかり飲み友達な二人だからな。何かと都合が良いんだろう。そのうちりっちゃんの部屋もできたりして。
実際、まだ未使用の部屋が一部屋あるんだよなあ。
今日は美咲さんの提案で、お昼の閉店後に軽く顔合わせがてら食事会をしようと言う話になっていた。
「蒼真、ご両親は待ち合わせの時間に来れそうかな?」
「はい、さっき不動産屋に鍵を返してきたって連絡あったので。もう家なしですね」
うちの両親は今日からさっそくアパートに住む予定だ。
引越し業者は夕方に到着予定となっている。
うちの両親に関して、雪代家の二人はあまりいいイメージはないと思う。俺が散々ぼやいてきたし、アパートをいきなり出ていけって話だってどう考えたって印象悪い。それでいて悪気がないのが余計に性質が悪い。
でもまあこれを期に、いくらかでも親しくなれたらなとは思ってる。基本悪人ではないので。多分。
俺の実の父親の話は、結局母さんには言ってないらしい。まだ精神的に不安定な部分もあるようで、夜中にうなされることも多いようだ。
いつかバレるまで秘密にしようと言っていたし、俺もその方が良いと思った。
出来ることなら三人で一緒に過ごす時間を増やしていきたいとも言っていた。
俺に遠慮する必要なんてないのにな。一緒に住もうって言ってくれてもよかったのに。
とは言っても、ワンルームのアパートに三人で住むのは正直つらい。
雪代家の二人と一緒に住むほうが今の俺にとってはよっぽどありがたい。だからこそ二つ返事で了承したわけだ。
ようはウィンウィンってところだな。
俺の部屋に行き、荷解きをする。荷物は服と本、勉強道具に趣味で集めた調理器具色々だ。
羽依は手伝いはせず、段ボールの中身を物色している。
「蒼真、このナイフ変わってるね。これはなあに?」
「ああ、それはソムリエナイフ。ワインを開ける時に使うんだよ」
「へ~、でもワインなんて飲まないよね。何に使うの?」
「使わないよ? 格好いいから買ったんだ」
「ふうん……。あ、この人形ぶっさ! これなあに?」
「くるみ割るための人形だよ。指挟んだら危ないからね」
「へえ~、――使うのこれ?」
「使わないよ? 必要な時のために買ってあるんだ」
「ほうほう……。うわっこれ重いね、何この鍋!」
「ダッチオーブンだよ。キャンプの時にあると便利だよ」
「へえ~すごいね蒼真! ――キャンプなんて行くの? ソロキャンプ?」
「行きたいと思ってるんだけどね~。まだ行ったことないや」
「そっかあ……なんか蒼真の荷物っていらないものばっかりだね」
羽依の何気ない辛辣な言葉が、俺の胸を容赦なく抉る。
「俺には必要なんだよ! ……いつか使うから!」
羽依は「ほーん」と素っ気なくつぶやいて、興味を失ったように部屋を出ていった。
なんだろう、この妙な敗北感は……。
俺の大事なコレクションたち。いつかきっと日の目を見させてやるからな――。




