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第184話 すべては鰻のせい

 中学の同級生の女子の家。そう考えると妙に緊張が走るのは俺が非モテだったからだろうか。

 余計なトラブルのお陰ですっかり夜になってしまったが、ようやく真桜の家に到着した。


 今風のモダンな造りで、新築の名残も感じられる。この界隈ではごく一般的な住宅だ。

 庭はわりと広く、冬枯れた芝からも丁寧に手入れされていることがうかがえた。


 玄関をくぐると、他所の家の匂いを感じる。

 どことなく真桜の匂いと重なるような気もした。


 リビングは広めで、対面式のキッチンとダイニングセットが一体になった空間。

 大きなテレビに青々とした観葉植物、壁にはモダンな絵画まで飾られていて、ご両親の趣味の良さが伝わってくる。


 そんな両親が不在の間に上がり込むのは、なんとなく罪悪感を覚える。


 リビングに案内した真桜が、さっそく俺を労うようにコーヒーを淹れてくれている。


「お砂糖とミルクはいらない?」


「うん、苦めが良いかな」


 準備してくれている間に俺は羽依とビデオチャットをすることにした。


「やっほー蒼真! って、その顔! どうしたのっ!?」


 俺の顔を見るなり驚きの声を上げる羽依。さっき鏡で見たけど唇の端が切れて頬に痣が出来ていた。まあ驚くよな……。


「うん、実は……」


 事の顛末を羽依に伝えた。その間に真桜も隣に腰掛け、会話に加わる。


「へえ……中学の頃の因縁かあ……でも、真桜にそんな弱点があったなんてね」


「そうねー、まあちょっと苦手意識があった程度だけどね。でも、蒼真がやっつけてくれたからね。何かすっきりしちゃった。――蒼真、すごく恰好良かったわよ」


 お世辞でも真桜にそう言われると、妙にくすぐったい。

 ――さっきまで散々ケチつけてた癖に……。


「うーっ! 私も見たかった~! やっぱり行けばよかったかなあ……」


「今さらなに言ってるの。あれだけ誘っておいたのに……それと今日はこんな感じだからさ、真桜の家に泊めてくれるって」


「えーっ! 私も行けばよかったあ~!」


 カメラアウトしてるけど、布団でじたばたしてるのが容易に想像つく。


「まあそう言わないで。明日は帰るからさ。引っ越しの準備もあるから美咲さんに伝えておいてね」


「まって! じゃあさ、今からLINE送るから、二人でちょっとやってみてもらいたい事があるの」


「へ? なにを?」


 そう言って送られてきたLINEの文章を俺と真桜で見てみる。

 ――ちょっと頭が痛い。けど、それで羽依が喜んでくれるのなら……。



 真桜がこほんと咳払いをする。そしておもむろに俺の肩に腕を回す。

 ――――――


「いえーい! 彼女ちゃん見てるー? 今から蒼真くんといちゃいちゃしちゃいまーす!」

「やめてくださいっ!羽依っ見ないで!」


 スマホの向こうで羽依が呆然とした表情を浮かべる。


「そんなっ! 蒼真になにするの!?」


「こうやってー! ぎゅーってしちゃいまーす!」


 ノリノリで俺に抱きつく真桜。


「蒼真っ! そうまあ!」


 ――――――


「――もう良いかな……」


「うん、必要な養分は得られた。グッジョブ」


「ホント、私なにやらされてるんだろう……」


 主演:真桜。

 助演:俺。

 監督兼脚本、可哀想なヒロイン:羽依。 


 やっぱり羽依の性癖って理解できないな……。

 生きる上で全く必要のない養分を得られてホクホク顔の羽依におやすみを告げ、ビデオチャットを閉じた。


「あーマジ疲れた……。お風呂頂いたらさっさと寝よう……」


「あら、すぐ寝ちゃうの? うちに泊まったらただじゃ済まないんじゃなかったっけ?」


 真桜はソファーに寝転がり、隣で座る俺の膝の上に頭を乗せ、膝枕の状態でじっと俺を見つめた。


 ふと初夏の頃を思い出す。まだ清楚なお嬢様っぽかった彼女が、こんなに近い距離にいるなんて……。


 真桜が俺の顔に手を伸ばす。殴られた後の傷にそっと触れた。


「痛そう……大丈夫? 首とかむち打ちになったりしてない?」


「それは大丈夫。痛みはもうないし、今痛むのは拳のほうだね」


 まだズキズキと痛む拳を両手で優しく包み込み、そっと胸にあてがった。ふわっとした柔らかさは、艶めかしさと癒やしをもたらしてくれた。


「骨は大丈夫なようね……後で治療しましょうね。お腹は空いてない?」


「ん~、空いてない。っていうか、何か胸がいっぱいだなあ。真桜は?」


 真桜は膝の上でころころと首を振った。


「私も今はいらないかな。それより、今しか出来ないことをしたいの。ずっとしたかったこと……」


 真桜は自分の好きなことを始めた。それは俺にとっても……。


「真桜、お風呂は……」


「私、ちょっとおかしいのかも。貴方の匂いが消えるのがもったいないって思ってしまうの……」


「じゃあ俺も。真桜のを鰻屋さんで見てからずっとね。触れたかった」


 ソファーの上で服を着たまま、お互いのもっとも大事なところを深く愛し合う。

 その行為そのものに、これからの夜に、たまらなく興奮する。


「真桜、もう……」


 返事はなく、こくりと頷くのみだった。


「……っ!」


 魂が抜けるような感覚に落ちる……意識もふっと抜けていくような……。



 どれぐらい経っただろうか。

 目が覚めると、真桜がじっと俺の顔を覗いていた。その慈しむような表情に、なんとも言えない安らぎを覚える。


「ごめん、寝ちゃったみたい……」


「ふふ、子どもみたいだったわよ。無防備で可愛かった。――ちょっと前の貴方はすごく怖かったのに」


「怖いって俺が?」


 こくりと頷く真桜。その表情は、どことなく辛そうにも見えた。


「新堂を殴ってた時の貴方、覚えてないのかしらね。――笑ってたの」


「ああ……そんな顔してたんだ……」


 愉悦はあったかも知れない。

 因縁の相手、遠慮はいらない状態、でかい男を蹂躙する喜び。

 俺の本性はもしかしたら……。


「蒼真、貴方はとても強くなったわ。でも、力に溺れないでね……」


 帰りのときは辛辣な言葉を投げていた真桜。

 でも、ようやく素直になれたんだろうか。それだけ彼女を心配させた事を、今さらながら後悔した。


「心配かけちゃったね。確かにやりすぎたと思ってる。……反省しないとだね」


 真桜はそっと俺の頭を撫でた。


「すごく……すごく愛おしいって思うの。溶け合って一つになりたい……」


「うん。俺も真桜が欲しい。――全部、見せてくれるかな……」


 真桜はこくりと頷く。

 すっと立ち上がり、ニットとスカートをもったいぶるようにゆっくりと脱ぐ。


 リビングの照明に煌々と照らされ、彼女の素肌は白く美しく輝いていた。

 彼女から漂う香りは、甘く柑橘を感じさせる俺の好きな匂い。それがより一層濃く感じた。


 早く触れたい、キスしたい、味わいたい。

 溢れんばかりの欲求が鎌首をもたげていた。


 顔を真っ赤にしながらも、真桜は下着を外し一糸まとわぬ姿を見せてくれた。

 でも、両腕で最後の抵抗をする真桜。


 そんな彼女のささやかな抵抗を俺は――。



「蒼真ってやっぱりベッドヤクザよね……」


 綺麗な真桜を余すことなく目で楽しめるような、そんな無茶を言ってしまった。

 彼女の羞恥はきっと今まで経験したことがないと思う。

 俺を睨んでいるはずなのに、その目は弱々しかった


「真桜が綺麗すぎるからだよね。俺は悪くない」


「なにそれ……ばか……」


 それから真桜の望み通り、無事では済まない程度に、幾度となく愛し合った。

 

 気がつけば窓の外は白みがかっていた。


「――真桜、それ、ほんと好きだよね……」


 まるで甘い果実を味わっているように、彼女は恍惚とした笑みを浮かべていた。


「うん。でも、最後にするから……」


「真桜……つらい……もうっ」


 その仕草、言葉、行為。すべてが俺を果てへと導く……。


 ――彼女は満足げに唇を拭い、子どもみたいな笑みを浮かべた。


「もう、限界……」


「ふふ、私の勝ちってことで。――今さらだけど、お風呂に入りましょうか……」


「そうだね。このままじゃ……」


 きっと俺たちは獣のような匂いに包まれているだろう。

 それがとても心地よかったけど、きっと世間的には許されないと思う。

 そんな事を考えつく程度には意識が正常化してきていた。



 ――二人で湯船に浸かり、溜まりに溜まった疲れをじんわりとほぐす。


 今さらだけど、真桜の顔がまともに見られない……。

 なんだかお互い、段々と我に返るとともに、羞恥が湧き出てきたようだ。


「なんかさ……すごかったね……俺たち獣みたいだった」


 俺の言葉に真桜は両手で顔を隠す。


「言わないで。鰻よ。鰻のせいだわ……」


「そうだね、鰻ってやばいな……」


 鰻がすべて悪い。そういう事にしておこう。

 鰻屋さん、ごめんなさい——。



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