第18話 結城真桜
週末の夜、羽依を送り届けたあと、俺は家に戻った。
夕飯の支度を始めたところで、羽依から電話がかかってきた。
「蒼真、さっき結城さんから電話があってね、明日会えないかって。私と蒼真一緒にね」
「真桜が? ああ、先輩に絡まれた話の件か」
「そうそう、理事長の代理だって。もしよかったら蒼真の家でも良いかなって」
「真桜にはお礼も言いたいしね。じゃあお昼一緒にご飯でも食べようか。俺が作るよ」
「それは楽しみ~! 結城さんとはゆっくり話してみたかったし、じゃあ言っておくね」
「うん、食べたいのがあったらLINEで送ってね。あとアレルギーとかも聞いておいて」
「了解~じゃあね!」
しばらくしてLINEが届いた。「好き嫌いないからなんでもいいって。アレルギーもなし~」とのことだったので、了解スタンプを返しておいた。
さあ明日は忙しくなるぞ。
次の日。朝のルーティンを済ませ、シャワーを浴びる。
朝食を食べ終え、朝の勉強をする。
しばらくした後、スーパーの開店時間に買い出しへ向かう。
今日の昼は、パエリアとカプレーゼにしよう。女子ウケも悪くなさそうだ。簡単にシーフードミックス、アサリ、トマト、モッツァレラチーズ、バジルソース。これでよしと。
家に帰り、昼ご飯の支度をしていると玄関のチャイムが鳴った。
「いらっしゃい~。狭いけど上がってね」
「おじゃまします。何だか緊張するわね……あら。いい匂い」
「おじゃまします~。うん、いい匂いだね蒼真! シーフードかな?」
羽依と真桜がやってきた。自分の部屋に、あの二人が並んで立っている――そんな光景がなんとも不思議で、少しだけ緊張する。
真桜は白いブラウスにネイビーのミモレ丈プリーツスカートという、いかにもお嬢様らしい装い。
対する羽依は、元気なガーリーファッション。薄手のニットにタイツ、ショートパンツという、彼女らしい可愛さが詰まった組み合わせだ。
雰囲気はまるで正反対なのに、どちらもすごく魅力的だった。
学年、いや、学校中で成績、容姿とも1,2を争う美女二人と食事なんて、俺は贅沢者なのかもしれない。
真桜はお祖父さん(理事長)のお使いで来ているのだけど、いっぱい楽しんでいってもらおう。二人は俺の大切な友人なのだから。
「そろそろ出来上がるからね。タイミングよかったよ」
「楽しみだね~」
羽依が目をキラキラさせてよだれを垂らしてる。……本気でよだれ垂らしてる子、初めてみた。とりあえずお口を拭いてあげる。
「料理好きって言ってたものね、楽しみにしてるわ蒼真」
真桜もいつものクールさよりも、食欲のほうが勝ってるようだ。腹ペコな顔をしている。
フライパンごとテーブルの上にドンと置き、冷蔵庫から作っておいたカプレーゼも取り出して準備完了。
「さあ召し上がれ~」
お皿にパエリアを取り分けて二人へ渡す。
「いただきま~す」
熱々のパエリアを口へ運ぶ二人。さあ反応は如何に。
――羽依と真桜は目を併せて美味しさを噛み締めてるようだ。成功かな?
「おいしいね~!私これ好き!」
「パエリアにアサリなのね。これ美味しいわ……お祖父様にも作ってあげたいわね。あとで作り方教えてね」
二人は上々の反応を見せてくれた。俺もひとくち、ぱくりと。……うん、我ながら上出来だ。
サイドメニューのカプレーゼも、みるみるうちになくなっていく。ちょっとボリューム不足だったかな?
「デザートもあるからね。またプリンだけど」
「やった~! 蒼真のプリンすっごく美味しいんだよ~」
「私、プリン大好きなの。楽しみにしてるわ」
ふたりともニッコニコで完食した。よかった~。
軽めな食事だったようなので、ちょっとだけ豪華にデコレーション。プリンにアイスとホイップクリームをトッピング。仕上げにスプレーチョコをかけてお店っぽくしてみる。
「すごーい!うちの店で出せそうだよこれ!」
「美味しい~! 私、自家製プリン大好き~」
真桜はもう、すっかり蕩けきってる。ちょっとだけキャラ変わっちゃってるし。
食後のコーヒーは、インスタントではなくドリップコーヒー。お客様にはこっちだよね。
みんなお腹が落ち着いたところで、今日の本題に入る。
真桜はちょっとトーンを改め、スマホで録音しながら、先週の件について事情徴収を始めた。
「本来なら、教職員が対応すべき事案なのだけどね、私から直接理事長に伝えた話なので、私に一任してくださったわ。友人のほうが話しやすいだろうという配慮ね」
教員が間に入っても、事なかれで済まされるだろう。それを見越した理事長の判断には、正直助けられたと思う。
俺たちは、事件の詳細を真桜に語った。なるべく脚色の無いよう語ったつもりだが、俺も多少なりとも手を出してはいるので、判断を真桜に委ねる身となった。
「そうね、雪代さんに告白と称して暴行まがいをした男子生徒には、昨日、事情徴収が終わっているわ。もっとも影の親衛隊(笑)の脅しがよっぽどきいたのか、その日からずっと不登校だけど」
「悪い事したかな……とも思えないな。あの時はあれが一番良かったと今でも思ってるよ」
「その意見には私も賛成するわ。――あの男は、昨日訪問した私にも手を出そうとしたの。二人きりなのを良いことに、いきなり押し倒そうと。――何もなかったから安心してね。」
一瞬で頭に血が登ったけど……何もなくて、本当に良かった。俺の表情をみて、真桜が俺の手を握ってきた。その温かい感触にドキッとしつつも、心は穏やかになっていった。
「――あまり無茶はしないでくれよ。真桜だって可愛い女の子なんだから、襲われてしまっては大変だ」
俺の言葉に真桜は顔を真っ赤にして狼狽し、その手を離した。
「――蒼真はナチュラルにそういう事言うのね。このタラシ。女の敵」
そう言って真桜はジトッとした目で睨んできた。いや、ひどくね?
真桜は軽く咳払いし、呼吸を整えてから続けた。
「続いて昨日の放課後に蒼真に暴力を振るった生徒。こいつは他でも色々やらかしてるの。今回証拠を掴めたのはとても助かったわ、雪代さん。」
羽依はちょっと照れたように俺の方を向く。真桜は話を続けた。
「あなたを襲った二人には転校してもらうことになると理事長はおっしゃってたわ。一応“転校”ってことになってるけど、実質は自主退学。処分は明確に下されることになるわ。情状酌量の余地もないわね。」
「……怖い人だったものね。蒼真に逆恨みしなけりゃいいんだけど」
自分が怖い思いをしてるのに俺に気遣う羽依。優しいな。
「俺なら大丈夫だよ。」
「そうね、蒼真ならきっと大丈夫だわ」
羽依が、ぽかーんとしている。俺もちょっとびっくり。
「蒼真ってそんなに強いの?」
「うちの中学の問題児……だったわね。私は蒼真と同じ中学の生徒会長だったから話は少しだけ聞いたわ」
昔の話をされると、どうにも居心地が悪い。誤解も大いにありそうなので、言い訳をしておくことにした。
「……噂だよ。悪い噂だけが流れちゃってたんだ。でも、自分の身ぐらいは守れるよ。きっと。」
「うちの高校入るのに、随分努力してたのも知ってるわ」
真桜は、どこか懐かしむような目で、そっと微笑んだ。頑張ってきたことを、ちゃんと見てくれてた人がいたんだな……。
正直、ちょっと泣きそうになった。
「蒼真、相談してくれてありがとう。何も言わずに我慢していたら、きっとまた同じことが起きていたわ」
「いや、真桜の動きの早さには驚いたよ。もっと早く相談すればよかった。」
真桜は俺に優しく微笑んだ。ちょっとドキッとするような笑顔だ。続いて羽依の方に顔を向けた。
「雪代さん、これからは安心して高校生活が過ごせるようにすると約束するわ。これは理事長からの言葉よ。怖い思いをさせて大変申し訳なかったと」
真桜の言葉に羽依は目を真っ赤にして大粒の涙をこぼした。
「――結城さん、ありがとう。本当にありがとう。私、この学校好きだからさ、こんなことで行きたくなくなるの、すごく嫌だったの。」
羽依の涙につられてか、真桜も瞳を潤ませている。
「雪代さん、私も羽依って呼んで良いかしら。前からあなたとは、もっと仲良くなりたいって思ってたの。」
真桜はそういって羽依に握手を求めた。
「うん。結城さん、私も真桜って呼ぶね! 真桜とは私も仲良くなりたかったから嬉しい!」
二人はとてもうれしそうに両手で握手をしていた。
ああ……なんだか、とても尊いものを見ている気がする。
拝んでおこう。