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第179話 初詣

 一月三日。

 真桜と初詣に行くため、俺は早朝の電車に乗り込んだ。待ち合わせは地元の駅だ。

 出発ぎりぎりまで羽依を誘ってみたものの、結局来なかった。

 寒いし面倒だと言っていたが、案外真桜に気を使ったのかもしれないな。


 真桜に会うのはクリスマス以来だ。

 プレゼントで貰った蒼く光るクロノグラフを眺めると、あの日の夜を思い出して思わずニヤついてしまう。――傍目から見たらさぞかし気持ち悪いだろう。慌てて腿をつねり、気を引き締める。

 

 今日の真桜はどんな格好でくるんだろう。夏祭りは浴衣がとても似合っていた。

 初詣は振り袖とか着て来るのかな。

 なんにしても会うのがとても楽しみだ。


 地元の駅に到着し、改札を抜けるとすでに真桜が待っていた。

 イメージしていた振り袖などではなく、彼女が好むお嬢様ファッションでもない。


 白のロングボアジャケットに、淡いピンクのニットと黒のレザーミニスカート。足元は黒の編み上げブーツ。

 ジャケットの隙間から覗く生足は艶めかしく、通行人の視線を奪っていく。

 桜色のゆる巻きセミロングに、涼しげな切れ長の目。

 物憂げな表情は、やっぱり真桜らしい美しさだった。

 

 そんな彼女が俺を見つけてぱっと明るい表情に変わる。

 なんとも嬉しくて、くすぐったい気持ちになる。

 ああ、今日は絶対楽しい一日になるだろうな。


「お待たせ真桜、あけましておめでとう。その格好すごく可愛いね。めっちゃ俺好みだよ!」


「あけましておめでとう蒼真。そう言ってくれると嬉しい! ――でも、私っぽくないって思ったでしょ」


 ギクッとするが、似合っていると思ったのは事実だ。


 「似合ってるって。ギャップを狙ったなら正解だよ。マジでドキッとしたもん。真桜はどんどん新しいことに挑戦してるね」


 満足そうに笑いながら俺の腕を取る真桜。ふわっと漂う彼女の香りに心臓が跳ねる。

 彼女の眩しい笑顔が、これから先の時間を特別なものに変えていく気がした。


「色々研究したんだけど、この格好は勇気がいるわね。蒼真が喜んでくれたなら……嬉しいな」


 そんな可愛い事言われたものだから、寒さなんて吹き飛んで胸の奥まで温かくなる。


「研究かあ……真桜らしくてなんか安心したかも。そういうところはやっぱ真面目だよね。」


「ふふ、なにそれ。――でも、人目がちょっと怖いぐらいに感じるの。今までこんな事なかったのに……。よっぽど今までは近寄りがたかったのかしらね」


「あ~……なんか武士っぽかったもんね。寄らば切るみたいな」


「あら、今も寄ってきたら切るわよ?」


 あ~、ガチな目だ。見た目は垢抜けたけど、中身は武士そのものだった。本当に切りそうで怖い。


 駅から少し歩くと、寺まで続く下り坂の参道に繋がる。

 予想以上の人手で賑わっていて、やはり三が日は避けるべきだったかなと少しだけ後悔する。

 通りには軒先で参拝客を誘い込むように、食欲をそそる香りがあちこちから漂っていた。ここはちょっとした食べ歩きスポットになっている。


 当然のように早速お店に立ち寄る真桜。お目当ては今川焼だ。ここでは甘太郎と言う、全国で呼び名の変わる甘味だ。丁度タイミングよく、焼き上がりがすぐに買えた。


「ここの甘太郎は鉄板よね。毎年必ず買っていくわ」


「焼きたてはやっぱり美味しいよね~。あちっ――あんこが、熱々で、たまんないなあ」


 寒空の中、はふはふ言いながら食べるのが良いんだよなあ。


「白あん食べる? 一口交換しよ!」


 お互いの甘太郎を一口ぱくっと食べる。白あんの優しい甘さが口いっぱいに広がり、これまた美味しい。真桜から頂いたと思えば尚更だ。


「黒あんもやっぱり美味しい! 帰りはこれとカスタードにしようかな~」


「ああ、やっぱり帰りも寄るんだね。でも、お昼まだだよね。今日はどうする?」


「ん~、名物の鰻っていきたいところだけど、随分高いのよね……」


 これはチャンス。


「ふふふ、俺も食べたいって思ってたんだ。参拝済ませたら食べに行こ! 懐あったかいから奢らせてよ!」


 好きな子に美味しいものをご馳走する。バイト代の正しい使い道だよな。

 でも、真桜は困惑する。その反応も想定内だ。そんな簡単に奢らせてもらえる子ではない。


「気持ちは嬉しいけど……遠慮するわ」


「俺がそうしたいから良いんだよ。行くよ」


 俺の強い口調に一瞬きょとんとした真桜が妙に可愛かった。


「ふふ、蒼真っぽくないなあ。でも、なんだか頼もしいわね。――じゃあお言葉に甘えましょ」


 やった! なんか良く分からないけど真桜に勝てた気がした。

 たまには俺様キャラも有りなのかも。


 寺の門をくぐると参拝客でごった返していた。はぐれないように彼女の手を取る。冷たくなった真桜の手がぎゅっと握り返してきた。


「いくらか空いたかと思ったけど、三日でも結構混んでるね~」


「そりゃ国内有数の参拝客数だから……これでも元日よりはよっぽどマシよね」


「ああ、元日は死ねるからね……」


 地元が誇る由緒ある大寺院だ。

 広い境内にはいくつもの堂宇が立ち並び、公園や参道の散策も楽しい。

 紅葉の時期も賑わうけれど、正月の人出は桁違いだ。


 日本人って信心深い人こそ比較的少ないイメージだけど、なぜか初詣だけは熱心だよな。

 一人あたりのお布施の額だって、きっと世界中でも上位の方なのかもしれない。

 俺自身も、お守りと頼まれている御札で一万近く使う予定だ。

 このシステムを作り上げた人はとても優秀だと思う。


「真桜は元日に初詣来たの?」


「両親と来たわよ。その時は振り袖を着てたわね」


 そう言ってスマホの写真を見せてくれた。

 満開の桜を思わせる華やかな振り袖に身を包み、堅物そうなご両親と並んで仲よさげに自撮り風に収まっていた。


「なんかすっかりご両親とは仲良しみたいだね。写真から伝わってくるよ」


「うん! 今は会うのも楽しみだし。離れてるからこそね」


 ――ちょっと心に響くものを感じた。

 放置されていじけていた俺と、執着されすぎてから開放された真桜。

 対極な立場だけど、今は同じく親元を離れて暮らしている。


 藤崎家は一度解散したものの、また集まりつつある。

 真桜は両親と離れたことにより以前より繋がりが深くなったんだろう。


 家族の絆って俺が思ってた以上に強いのかもしれないな。


 そんなお互いの家のさらなる幸福、雪代家の安全と商売繁盛、遥さんの留学先での無事を、仲良くしてくれているみんなの幸せを。

 お賽銭100円にたっぷり思いを込めてじっくり拝んでおいた。


「随分熱心に拝んでいたわね。切実な顔してなにお願いしてたの?」


「それって言っちゃ駄目なんじゃなかったっけ? まあ普通だよ。万事うまく行きますようにってとこだね」


 真桜は「そっか」と深く聞かずに顔をほころばせた。

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