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第178話 これからの事

 元日。

 お昼過ぎにのそのそとリビングに集まった。


 美咲さんは髪を逆立て、まるで爆発したような有様だ。

 どうやら二日酔いらしい。

 昨夜あれだけ飲んだんだから仕方ないか。


 俺と羽依も深夜まで起きていたのでたっぷり寝過ごしていた。

 

 昼食時なので、俺は二日酔いの美咲さんに合わせてつみれ汁を作った。


「うん、いい味だよ蒼真。胃に優しいねえ……ありがと」


 美咲さんに頭を撫でられ、正月早々幸せな気分になった。


 食卓には所狭しと色鮮やかなおせち料理が並んでいる。その多くは自家製というのだからやっぱり美咲さんってすごいと思う。

 ご馳走を摘みながらだらだらと過ごすのは、正月らしくてとても居心地がいい。


「この伊達巻きめっちゃ美味いですね。これが自家製ってすごいな……」


 艷やかな黄金色の見た目に程よい歯ごたえ。甘みが強いけど、いくらでも食べたくなる禁断の味だ。まさに絶品。


「結構手間かかるんだよねえ。蒼真に作り方教えるから次は任せたよ」


「任されました! このツルッとした食感に絶妙な甘み。このレシピは絶対覚えたい!」


 熱いお茶に伊達巻きがとても合う。他にも栗きんとんや黒豆など、おせちは甘味が充実してるよな。

 


 正月ならではのまったりとした時間が流れていく。

 二日酔いも大分醒めた美咲さん。

 いつの間にかばっちり見た目を整えて、いつもの素敵に美人なお母さんに戻っていた。


「じゃあ、蒼真。これからの事も色々決めていかないとね」


 美咲さんが真剣な表情で俺に向き合う。

 正月から重めな話になりそうだけど、俺も姿勢を正して彼女に向き合う。

 隣で羽依も神妙な面持ちで会話に参加する姿勢を取った。


「はい。この店でのバイトも掛け持ちは厳しくなるので一度辞めようと思ってます」


 俺の言葉に羽依は寂しそうに俯いた。


「そうだね、その話は前に聞いてあるから大丈夫だよ。りっちゃんが夜も働きたいって言ってくれてるんだ。人手に関しては問題ないよ」


 一番の問題が解消されたのは嬉しかった。

 でも、そうなると、戻って来た時に居場所はあるのかな……。


「それで、これはとても図々しい話なんですけど……今の俺の部屋はまだ借りていても良いでしょうか……」


 我ながら厚かましいお願いに、言葉も尻窄みになってしまう。そんな俺を見て、一瞬、美咲さんが悲しそうな表情を浮かべた。


「このおバカ! そんな心配するんじゃないよ。 あんたは私の可愛い息子だって言ったはずだよ」


 そう言って俺をぎゅっと力強く抱きしめる。

 温もりと柔らかさに胸が一杯になる。

 この抱擁に何度助けられただろうか。

 

「蒼真はお父さんとお母さんに今のアパート譲るんだよね。それっていつから?」


 羽依の質問にギクッとする。引くかなあ……引くよなあ……。


「今週中なんだ……」


「ええええー!」

「早く言いなっての!」


「いやあ、俺も聞いたのが今朝だったから……」


 今週中に出ていってくれという内容の、LINEのグループ“チーム藤崎”のログを二人に見せる。

 途端に渋面になる彼女たちが予想通り過ぎて、ちょっと面白かった。


「正月一発目のLINEがこれなんだ……。こう言っちゃなんだけど、私、蒼真のご両親とうまくやっていく自信ないかも……」


「まあ何ていうか、独特だねえ。でもご両親が仲良くやり直そうとしてるんだ。蒼真には住む場所がある。なら良いじゃないの!」


 そう言って笑う美咲さんがとても頼もしかった。


「住み込みのバイトも出来れば早く来て欲しいって言われてます。今考えてるのは二月から九条のお屋敷に入ろうかと思ってます」


「って事は、一月の間はうちに住んで、二月からは九条さんのところだね。バイトも今月いっぱいで良いのかい?」


「はい。来月からはりっちゃんにお願いしたいと思います」


「蒼真が居なくなるのは痛いけどね。それもまあ半年程度だ。私たちの付き合いはその先ずっとだ。――羽依も納得できるよね」


 美咲さんはそっと羽依の膝に手を置き、彼女の顔を見つめる。


「……やだって言いたいけどさ、私はもう受け入れてるから大丈夫だよ」


 力強い眼差しで俺を見る羽依。そんな彼女を美咲さんはぎゅっと抱きしめた。

 ちょっと苦しそうな羽依が、助けを求めるように俺を見たが、あえて視線を外して美咲さんに委ねた。


「じゃあ冬休み中に引っ越ししようか。今月いっぱいは三人家族だね」


「すみません……本当にありがとうございます」


 その後も話し合いは続き、これからの詳細を決めた。

 住民票は羽依の強い要望もあり、雪代家に移動する事にした。

 

 あと、週末は極力雪代家で過ごす事が条件に加わった。

 美咲さんからの要望だったが、俺としても帰る場所がある安心感はありがたい。きっとそれを見越して言ってくれたんだろうと思うと、彼女の優しさに胸がじんと熱くなる。


「一番悲しいのは登下校だね……二人で通うの楽しかったからさ……」


 わざとらしく悲しそうに俯く羽依。

 彼女の狙い通り、俺のメンタルはゴリゴリ削られていく。


「それに関してはホントごめんとしか言えないね……」


「たかだか半年程度、何言ってんだか」


 美咲さんは呆れたように言ってくるけど、わりと切実な問題でもある。変にちょっかいだす輩が現れなければいいけれど……。


「あ~そうだ! スワロー号は私が戴こう。自転車なら通学らくちーん!」


「ん~……仕方ないか。――羽依、大事に使ってね」


 わざとらしい前振りはそのためか。羽依は密かにあの自転車を狙っていたようだ。たまに乗り回しているのを俺は知っている。


 愛車を奪われたのは痛いけど、徒歩よりは安心だな。

 新しい生活の気配が、もうそこまで迫っていた。

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