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第175話 罪と罰

 社長の部屋に入っていった遥さんを待つこと1時間。

 途中何度も大きな音が聞こえ、その度に中に入るべきか迷っていた。


 廊下で壁にもたれながらじっと待っていた。

 彼女は一体どんな心持ちで話を聞いているのだろうか。


 社長の部屋から遥さんが飛び出していった。

 彼女の頬は濡れていた。


 社長の部屋を覗くと、彼は鼻血を出しながら手を振ってきた。

 遥さんはキレるとバイオレンスなんだな……覚えておこう……。


 急いで遥さんの後を追う。辺りは夕暮れから夜の帳が下りる頃。


 研修センター前の海辺に彼女は居た。

 堤防の上で膝を抱える遥さんは酷く憔悴した面持ちだ。

 失意の彼女にどう声をかけるべきだろうか。


 帰宅時間は黒川さんの都合で十九時の予定だ。まだ二時間ほど時間は残っていた。


 このまま声をかけないわけにも行かないよな。

 意を決して彼女に近づく。


「隣、いいですか?」


 返事を待たずに隣に座る。

 遥さんはじっと海を眺めていた。


「ショック……でしたよね」


 俺の言葉に頷くこともなく。かといって拒絶するわけでもなく。

 しばらく一緒に海を眺めていた。


「なんか……遠くに行きたくなっちゃった……九条の家とか留学とか、生徒会長なんかももうどうでも良い……」


「そんな事言わないでください……」


 彼女の涙ながらの言葉に俺も声が詰まる。


「私の……密かに想っていたことも……終わっちゃっ……た……」


「遥さん……」


「だってさ、私、まともに告白すらしてないの。貴方にはとてもかわいい彼女がいる。私なんて足元にも及ばないほど……それでも良いって思ってた」


「……。」


 彼女の気持ちは知っていた。近い言葉も聞いていた。それでも俺は図々しくも彼女に近寄っていた。

 これは、そんな俺の罪だ……。


「いつか貴方が振り向いてくれるなら、私はいくらでも待てるって思ってた。たまに話すだけでも、LINEの返信くれるだけでも幸せだった」


 自嘲気味に笑う遥さん。その声は消え入りそうで見ていて痛々しかった。


「一緒に住めるかもって思った時も、罪悪感と同時にチャンスかもって思っちゃった。……ずるい私にはバチが当たったんだ……これって結局、罰だったんだね」


 つぶやくように、自分を納得させるように言葉を紡いでいく。


「もう、一生貴方に告白なんて出来ない。一生貴方と結ばれることなんて……考えるだけでも罪になっちゃった」


「遥……さん……」


「――ねえ、私そんなに悪い事しちゃったかなあ……」


 俺を見つめ、大粒の涙をぼろぼろと零す遥さん。


「そんなこと……ないです。遥さんはこれっぽっちも悪くないです……」


 ――声を出すことが辛すぎる。

 彼女の悲痛な言葉に、気づけば俺も涙が止まらなかった。


 悪いのは誰だったんだろう。

 そんな事、考えるだけ虚しかった。


 遥さんは俺の胸の中で泣きじゃくった。

 俺は彼女の肩をそっと抱くしか出来なかった。



 すっかり日が暮れてしまった。辺りは暗くなり、空には昨晩と同じように星空が輝いていた。

 見上げる気分は昨日と違って重苦しかったが、それでも夜空はとても綺麗だった。


「蒼真くんさ、夏よりも背が伸びたよね。ちょっと比べてみようか」


 泣き止んだ遥さんがそんな事を言ってきた。

 確かに俺よりも高いと思っていた身長は、今はさほど変わらなく見える。


 二人正面を向き合って背を比べた時、不意に彼女が抱きついてきた。そして唇を俺に押し当てる……。


 これは遥さんに対して俺の罪であり、罰なんだろう。

 こんな罰ならいくらでも……。

 俺も遥さんの腰に腕を回し、強く抱きしめた。


 ああ、羽依に刺される理由が出来てしまった……本当にごめん……。


 唇がすっと離れる。

 遥さんは熱っぽい目で俺を見つめるが、すぐに俺の胸に額を当てる。


「蒼真くんは優しいね。ごめんね……気持ち悪かったよね……」


「そんな事ないです。自分の事、そんな風に言わないでください」


「ううん、良いの。でも、これで最後にするね」


「はい。俺もこれ以上彼女を裏切ると辛いんで……」


 遥さんは顔を上げ、ちょっと口をとがらせた。


「もう、今そんな事言わなくていいのに……でも、ちょっとだけ気持ちが楽になったかも」


「だったら良かったです」


 しばらく二人で黙って海を眺めた。

 冬の夜の海は暗く寂しいが、波の音は優しい癒やしをもたらしてくれるようだった。



 俺の肩を指先でとんとんと叩く遥さん。

 隣を向くと、俺をじっと見つめる遥さんと視線がぶつかりドキッとする。


「蒼真くんは私の弟なんだよね。恋人と弟ってさ、違いはなんだろうね?」


「ん~、愛情と親愛の違い。後は性的接触の有無ですかね……」


「愛情と親愛の違いかあ……難しいね。性的はまあ置いておいて――でも、だったらそれ以外は何しても大丈夫?」


「そうですね、特に問題ないかと」


「一緒に食事は?」


「姉弟ですからね、全く問題ないです」


「じゃあ一緒に映画は?」


「仲の良い姉弟なら普通に見に行くでしょう」


「一緒に水族館は?」


「問題ないでしょうね。姉弟だし」


「一緒に芝刈りやガーデニングは?」


「むしろ率先してやるべきでしょう」


 俺の言葉に満足したように遥さんはウンウンと頷く。


「だよね! そこまで落ち込まなくても良かったんじゃないかって考え直したの。――ああ、君との生活が楽しみになってきた!」


「……その言葉は沁みますね。ありがとう遥さん」


 強い人だなって思う。明るく振る舞って俺を気遣ってくれる。こんな素晴らしい人が俺の姉なんだな。

 どうなることかと思ったけど、きっと俺たちならうまくやっていける。そんな気がした。



 研修センターに戻ると黒川さんが入口で待っていた。


「おまたせ、帰りにラーメンでも食って帰るか。って二人ともその顔どうした? 喧嘩でもしたのか?」


 鳩が豆鉄砲食らったような顔をする黒川さんはちょっと面白かった。


「駿兄さんには関係ないの。美味しいラーメン食べたいな! 私すっかりお腹すいちゃった!」


「黒川さん、俺、バイトを引き受けますんで、これからもよろしくお願いします!」


 俺の言葉に黒川さんは笑顔で頷いた。


「おおそっか、 決めたか! よしっ! じゃあ蒼真の九条家入りを祝って最高にうまいラーメン屋に連れてってやる! 場所は……」


 こうして帰りに黒川さんイチオシの最高に美味いラーメンを食べて帰った。


 五日間の研修は振り返るととても有意義に思えた。

 ここに来なければ真実を知ることはなかったのかもしれない。

 そう考えると人生の転機だったのではないだろうか。


 新しい家族と一緒に住む事も、今となっては喜びにも思えた。

 可愛い猫ちゃん、芝のある庭、気高く美しい実姉とだ。

 

 ほんの半年間だけど、精一杯頑張ろう。

 ……だから羽依、俺を刺さないでね。

 待ってて。

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