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第174話 真実

 研修五日目の午後。

 全行程を終えて社長の部屋の前にいる。

 妙に緊張する。というか胸騒ぎが止まらない。

 社長に会ってからずっとだ。その存在感、既視感の正体は一体なんだろうか。

 

 ノックを3回する。


「どうぞ」


 返事が聞こえた。

 ――いざ。

 ドアを開け、「失礼します」と中に入る。


 俺が使っている部屋よりも大分広いこの部屋は社長専用の部屋なのだろう。

 応接用のソファーとガラステーブルが高級感を漂わせている。

 本や私物など、ここで生活している雰囲気もある。よく利用しているのかな。


 社長に促されてソファに座ると、彼は正面に腰を下ろした。

 面接の開始だ。


「蒼真くん、五日間の研修お疲れ様。早速だけど、研修結果を見せてもらったよ。正直驚いた。どの講師からも最大の評価を貰っているね。大抵この手の講習なんて聞き流す程度になりがちだけど、君の真面目な態度は向学心の表れだね」


 とても温和な言葉で労ってくれる。大企業の社長という割にはとても穏やかな人だな。


「恐縮です。実際ためになる話ばかりで楽しかったです。黒川さんにもとてもお世話になりました」


「そうか、うっかり彼に壊されないかってハラハラしたが、丈夫なんだな君は」


 社長の柔和な表情に、胸を撫で下ろす。

 どうやら研修は大成功なようだ。

 

「学校でもしっかり勉学に励んで、一生懸命鍛えていて……本当に、真っ直ぐ、立派に育ったな……」


 感無量な様子で男泣きしてしまいそうな社長。ちょっと大げさじゃないか……?

 想定外の反応に、俺は固まってしまった。


「今からする話を君はどう受け止めるだろうか。私は今も伝えるべきか迷っている……」


「はあ……」


 もったいぶるような社長に一抹の不安がよぎる。

 一体何を言い出すんだろうか……。

 ひょっとして不合格で、やっぱり賠償発生? いや、講師のお墨付きって話だったし研修は完璧だったはずだ。

 一体なんだろう……。


「まずは、これを見てもらえるだろうか。被験者Bとは君のことだ」


 そう言って一通の古い便箋を手渡してきた。


「これは……DNA鑑定書?」


 社長は神妙な面持ちで頷いた。


 以前見た鑑定書と似た用紙だが別の病院のようだ。

 いや、まさか……。

 ――心臓が急激に煩いほど激しく高鳴る。

 急に空気が薄く感じる。


 ――――――


 被検者A(父性判定対象)

 氏名:九条くじょう 悠翔はると

 採取方法:口腔粘膜(綿棒)


 被検者B(子供)

 氏名:****

 採取方法:口腔粘膜(綿棒)

 STR(Short Tandem Repeat)解析による親子鑑定


 20か所の遺伝子座を分析


 鑑定結果 被検者A(九条悠翔)と被検者Bの遺伝子型を比較した結果、20/20 の遺伝子座において一致が確認されました。


 判定 上記結果に基づき、九条悠翔が被検者Bの生物学的父親である可能性は 99.999%以上と結論されます。


 ――――――


 読み終わり、何度も反芻する。それでもよく分からない。

 さっきから頭がうまく働かない。

 ただ、どう考えても、眼の前の九条悠翔氏と俺の親子関係を示す文章にしか見えない。いや、実際そうなんだろう。


 って事はだ。つまり、そういう事なのか……?


「なるほど、では社長は俺の血縁上の父ということですか」 


「……思ったより冷静なんだね」


 俺は無駄にポーカーフェイスをしていた。


 いや、めっちゃびっくりしてるっての。何、この事実。


 父さんの子どもじゃないのは分かっていたけど、まさか九条グループの社長が実の親だとは……。

 

 俺がまだいくらか冷静でいられているのは、あの最悪な男が俺の父親じゃないことが確定したからだ。

 目の前の社会的地位の高いイケオジな社長のほうがよっぽどマシに決まっている。


 ただ、そうなるためには、母さんとこの人が関係を持ったという事実が過去にあったということか……。正直きつい……。


 「えっと……一応確認しますが、社長。この件に身に覚えがあるんですか?」


 俺の問いに社長が深々と頭を下げた。


「拓真に不義理を行ってしまった事、君を傷つけてしまった事、すべて私の不徳の致すところだ……すまなかった……」


 社長本人に自覚あり……か。

 

「俺は社長を何と呼べば良いんでしょう……ちょっと頭がうまく働きません……」


「本当であれば君の望むがままにしたい。しかし、この件は大っぴらにすることが出来ないんだ。それは分かって欲しい」


「……だったら最初から言う必要なかったんじゃないですか?」


 何も知らなければ悩む必要なんて無いんだし、この人も俺に頭を下げる必要もない。実に非効率的だ。


「――君の意見はもっともだ。ただ、この件は君の父、拓真の意思でもある」


「父さんの……?」


 社長は頷き、真剣な目で俺を見据える。その眼光の鋭さにたじろぐ。

 遥さんとよく似た三白眼。――かく言う俺もそうだった。

 繋がりを知らなければ気にもしない事だけど、今となっては……。


「――家庭が崩壊した責任や君の養育が困難になった件、君の優秀なところも存分に語られたよ。九条にとって必ずや価値のある人材に成長するとね」


「えっと……父さんは俺の父親が社長であることを知って言ってるんですか?」


 托卵された相手に子どもを託すって……。父さんそれで良いのか?


「解せないだろうね。私と拓真、それと蒼羽の関係は他人には理解できないと思うんだ。元はお互い深く愛し合っていた。ただ、私は二人から離れ、今の妻と結婚したんだ」


 その話を聞いた瞬間、脳が拒絶した。しかし……。


 三人は愛し合っていたって、それじゃあまるで俺たちそのものじゃないか。

 俺は羽依と真桜を愛している。同じように父さんと九条氏も母さんと……。

 

 そうか……。俺たちがしてることはそういう事なんだ……。


 「蒼羽が大変な時に拓真は……いや……ちょうどその時、私が蒼羽のそばに寄り添っていたんだ。お互い家族があるにもかかわらずだ。非があるのはやはり私の方だ。それでも拓真は私を責めず、この件は二人の秘密になっていたんだ」


 彼の言葉を聞いているうちに、頭の中でパズルのピースが全部つながった気がした。


 母さんがあの男に襲われた後、心の拠り所が父さんではなく九条氏だったんだろう。

 それと言うのもきっと父さんが言い訳出来ないような状況下だったと。

 そう思えばすべて腑に落ちる。嫌なほどに……。


「……父さんが納得しているのなら、俺は何も言うことはないです」


「……蒼真くん、君は強いな。――ただ、この件は蒼羽には秘密にしてある。彼女が知ったら酷く傷つくのは目に見えてる」


 母さんの言葉とも一致する。もはや疑う必要もないんだろうな。九条氏は真実を語っている。


「やっぱり母さんは知らないんですね。――えっと、この件を知ってる人って俺と社長と父さんの他にいますか?」


「この三人だけだ。あとは遥には……伝えるつもりだよ」


「そんな事を言ってしまって、大丈夫ですか?」


「自分で撒いた種だ。どうなろうと受け入れるよ。何より私は遥の君への気持ちを知っているから……伝えねばならないね……」


 遥さんお父さんに知られてるって、そんなにバレバレだったのかな。


 ――そういや、住み込みバイトの話は社長から来たはずだ。遥さんの気持ちを知っていて俺と一緒に住まわせようとした……。

 一体どういう意図だ?


 一緒に住む前に姉弟とカミングアウトをしておく。

 ……ひょっとして牽制した?


 間違いを犯す前に二人を監視下に置く……という事なのか。

 なら理解は出来る。納得はできないけど……。


「改めて、蒼真くん。君に住み込みのバイトをお願いしたい。理由は大きく三つある。一つは遥が留学するまでの面倒を見てもらいたい。二つ目は君への合法的な支援だ。給料という形で援助をしたい」


「そうですか。だから破格の賃金だったんですね……」


「そうだね。でもそれだけじゃない。この件を受けてもらえるのなら大学卒業までしっかり面倒を見させてもらうよ。九条グループに縛るつもりもない。君の自由は保証しよう」


「――いい話すぎてびっくりしてます……では三つ目は……」


「三つ目は、家族として遥に寄り添ってもらいたい」


 社長の瞳はまっすぐに俺を見据える。その言葉にしっかりと誠実さを見せるように。


「家族って……遥さんは一人暮らしをしたかったって言ってましたが」


「結果的にそうなってしまった。というのが正しいね。彼女の両親は酷い親でね。彼女の自主性に甘えて常に家を留守にしていたんだ」


 自虐のように寂しそうに語る社長。遥さんの話はまるで俺の話のようだった。


「遥には“家族”というものを身近に感じてほしいんだ。君も同じだろう? ――蒼真くん、良かったら答えを聞かせてもらえるだろうか……。」


 社長の真意は理解できたと思う。もちろん理由は他にもあるんだろう。

 でも、三つ目の理由は俺に響いた。


「はい。住み込みのお嬢様のお世話係、謹んで受けさせてもらいます」


 社長は「そうか……そうか」とつぶやき、肩を震わせて目頭を抑えた。これで良かったんだよな……。


 まさか遥さんが本当の姉さんだったなんて……。

 ただ、彼女はどう受け止めるだろうか。今はそれが気がかりだった。





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