第17話 先輩の尊い犠牲
羽依と偽装ではあるものの、あっという間に付き合い始めた事が学校中に知れ渡った。それから数日、週末の放課後。
教師に頼まれて、しぶしぶ雑用を片付けたあと、校門へと向かう。
そのとき、なにやら空気がざわついているのに気づいた。
見れば――羽依だ。
一人で俺を待っていたところを見計らい、チャラそうな男が声をかけているようだ。
「羽依ちゃん~彼氏できたんだって? 俺、気にしないからさ! 一緒に遊びに行こうよ! 」
チャラい先輩に絡まれてる羽依。口説くにしても、もう少しやり方あるだろ……。 雑すぎる。
「嫌です」
「いいっていいって! ヘタレな彼氏らしいじゃないの。俺がボコってやるよ! ねえ、俺のが絶対うまいよ。ね、羽依ちゃんも噂のテク、俺にも見せてよ」
「――!」
羽依が顔を真っ赤にして俯いた。今にも泣き出しそうなその表情をみて、俺は一瞬で頭が沸騰した。いや、冷静になれ、俺。
「羽依、おまたせ」
「蒼真……助けて」
羽依は泣き出して俺にしがみついてきた。俺は羽依の肩をとんとんと2回叩いた。
「先輩、何、俺の彼女泣かしてるんすか?」
「あ? しらねーよ。勝手に泣いたんだろ?文句あんのか」
そう言ってチャラ男は俺の肩をドンと突き飛ばした。
「――何すんだよ、痛えじゃねえか」
やや挑発気味に言い返す。
「あ? んじゃもっと痛くしてやるよ!」
――ドカッ!
チャラ男は俺の腹に膝を入れる。腹筋はそこそこ鍛えてるから、まあ……大丈夫。
「――羽依、撮れた?」
「うん、ばっちり!」
羽依は茶目っ気たっぷりに笑顔で俺にそう言ってきた。
「あとは、結城さんに送信、完了。おっけー」
「え? あ、はあ? 結城って、理事長の孫の? ああああ、まってくれ! 謝る、謝るから!」
「先輩、さようなら」
跪き、謝ってくる先輩を尻目に、俺と羽依は手をひらひらさせて先輩にさよならをした。
「しっかし、予想通りに現れるとは……。びっくりしたな」
「まあ、何かしらあるって思ってたからね。準備しておいてよかったね蒼真!」
羽依か、あるいは俺が絡まれる――それは事前に予想していた。対策も練っていた。
でも、いざ本当に起きると……やっぱり驚くもんだな。
真桜の「相談してね」って言葉に、俺は素直に従った。一人でなんとかなることばかりじゃない。
羽依のためなら、手段は選ばない。
……彼女も、この展開は“あり得る”と思っていたらしい。俺の相談を、真桜はしっかりと正面から受け入れてくれた。
偽装カップルってことを、即座に看破した真桜。
察しが良すぎて怖い。怖すぎる。絶対、敵に回したくない。
理事長の孫娘である結城真桜は、正義感がとても強い。度を超えた迷惑行為を見過ごすはずがなかった。
今回の先輩には、尊い犠牲(笑)になってもらおう。南無。
羽依の演技も名女優のようだった。迫真すぎた気もするが……。
あとはこの一件を拡散しておけば、羽依に手を出す輩もさすがに減るだろう。そう信じたい。
「蒼真、お腹大丈夫?」
そう言いながら、俺のお腹を擦ってくる羽依。
「大丈夫だよ。腹筋はそこそこあるからね。って、くすぐったいってば!」
羽依の手は止まらず、ずっとさわさわと触っている。
「はっ! いけない。良い腹筋だからつい……。アパート行ったら見せてくれる?」
「恥ずかしいからダメ」
「手当だよ手当! 私も見せるからさ!」
何いってんの、この子。
そんなアホな会話しているうちに、アパートに着いた。
「「ただいま〜」」
部屋に入るなり、羽依がハグを求めてきたので、俺はぎゅっと抱きしめる。ここしばらく日課になっている。
「毎日30秒ハグするとね、幸せになれるんだよ。」
「ハグそのものが幸せだけどね」
羽依の柔らかさを堪能しつつ、名残惜しくも体を離す。
「さあ、今日も勉強頑張るよ!」
「うん、なんか勉強が楽しくなってきた気がする。授業の解像度、一気に上がった気がしたよ」
羽依はとても嬉しそうな表情で、俺の頭を撫でる。教え子の成長を喜ぶ教師のようだ。
「頑張ったものね、今朝やってた予習も授業でばっちりでてたからね。来週も続けられそう?」
「うん、毎日やればかなり効果出そうだね。でも、羽依の勉強がおろそかにならない? そっちのほうが心配かな」
「蒼真に教えることで、私の知識も定着するの。これは理にかなってるんだよ。そもそも私はトップ狙ってるわけじゃないし」
「え、そうなの? あれだけ成績良いんだからトップ目指してるのかと思ったけど」
羽依はちょっと恥ずかしそうに目を逸らした。
「この学校でトップクラスでいられたら選択肢は十分増えるよね。そのくらいで十分だよ~」
「トップクラスかあ。今の俺にはまだ遠いな……」
「蒼真は1位目指して頑張ろうね!」
そんな無茶ぶりをして楽しそうに笑う羽依。さあ、今日も頑張らないとな。
一緒に勉強してたら、気づけばもう6時を過ぎていた。
「そろそろ帰るね。暗くなると怖いし、お店手伝わなきゃいけないし」
「じゃあ送ってくよ。お店忙しいんだよね。頑張ってね」
羽依が、ふと考え込むような顔をした。
「蒼真、バイト探してるって言ってたよね? なんだっけ、中華食堂でチャイナ服の娘がいて、まかない付きで、……ねんごろになるとかなんとか」
「ねんごろとは言ってない。ただの妄想だけど、それ言った時の羽依の顔すごかったよね。ゴミを見るような目でさ」
「いや~あまりに妄想が酷かったからね。友達やめようかとおもったよ~」
羽依がけらけら笑いながら、怖いこと言ってくる。俺、そんな変なこと言った!?
「まかない付きが良いって言ってたよね。よかったらうちの店で働いてみる? お母さん蒼真のこと気に入ってたみたいだし」
「え!?良いの? いや嬉しいけどさ」
俺の返事に羽依は嬉しそうにしがみついてきた。
「んふ、じゃあ一緒に働こう! 中間テストが終わってからでどうかな?」
「バイトも始めたいって思ってたからね。うん、お願いします!美咲さんによろしく言っておいてね」
羽依の家でバイトかあ。忙しい店らしいから、いい経験になりそうだ。
その前に――中間テスト頑張らねば!