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第168話 研修スタート

 十二月二十六日。今日から三十日までの五日間、九条家のバイトの講習が始まる。


 正直言えば、反社絡みっていう最大の地雷が消えた今、ここでバイトする理由なんてほとんどない。


 俺が講習を受けるのは、やはり報酬が魅力だからだ。

 何かと物入りな年末年始、少しでも効率のいいバイトができるのは嬉しい限り。

 興味深いスキルも身につけられそうだし、良い事づくめに思えた。

 うまい話には裏があるのかもしれないが、まあそこまで悪いようにはならないだろう。


 ただ、気になるのは九条先輩が人手を欲しがっている点だ。

 これに関しては、彼女には悪いけど他の人をあたってもらうのが良いのかなとは思ってる。


 朝六時、アパートの前に真っ黒い高級車がやってきた。

 浅見さんと運転手の方が車から降りる。運転手といっても専門職ではなさそうで、身なりの良いグレーのスーツを着た紳士だ。


 身長は180cm以上ありそうだ。引き締まった体にしっかりとした首周りの太さ。髪は清潔感漂うオールバック。年齢は四十手前ぐらいだろうか。浅黒い肌の精悍な顔つきは二枚目俳優のようだった。


「おはよう蒼真くん。今日から講習がんばってね! 一応向こうまで付き合うわ。そこからは運転手をしてくださる黒川さんが貴方をサポートしてくれるわ」


「黒川です。本日から藤崎様のサポートをさせていただきます。よろしくお願いします」


「はい、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」


 黒川さんは右手をすっと出した。俺はその手を取り握手をした。

 その瞬間わかるのは、この人はきっと俺よりもよっぽど強い人ということ。なぜか冷や汗がでる……。


「ふふ、良い鍛錬をしてらっしゃるようだ。これはとても楽しみですね……」


「はあ……」


 あれ? ただの家政夫の講習……だよな?


 一般道から首都高に乗った辺りで浅見さんが冷えた缶コーヒーを出してくれた。車内の暖房がよく効いていたのでとてもありがたい。


「蒼真くん、拓真さんから話は聞いたわ。お母さんのところに行くんですってね」


 浅見さんの言葉に緊張が走る。

 どう答えようか……。

 美咲さんの話は言わないほうが良い気がする。


「実はもう行ってきたんです。母さんは反社の男に脅されて言いなりになってました……だから強引に連れて帰ってきました」


 浅見さんは目を見開いて驚いた。


「ちょっ……蒼真くん!」


 つい大声を上げた浅見さん。はっと我に返って、口に手を当てる。


「ごめん……なさい。お母さんの事情を知っていた大人が何もしないで、貴方の行動をとやかく言えるはずなんて無い。——もし、何かあったらすぐに言ってね!」


 真剣な表情で俺の手を握り、そう言ってくる浅見さん。

 きっと彼女の動揺は、無茶しやがってって意味なんだろう。

 俺を本気で心配してくれているのが伝わってくる。


「ありがとうございます……この件は出来ればもう終わりにしたいので触れないでもらえると助かります」


 果たしてこれで納得してくれるかな。

 反社の話から切り替えないと……。 


「それよりこれからの母さんが今は心配ですね」


「そうだねえ……これからお母さんはどうするのが最善か。まずは生活をどう立て直すかよね。働くことが辛かったらまずは生活保護の受給も考えたほうが良いのかも。若しくは拓真さんと復縁の可能性とか……」


「復縁って……。父さんから何か聞いてたりします?」


 俺の問いに浅見さんは少しの間を置く。缶コーヒーをあおり、一息つく。そして意を決したように俺に向き合う。


「拓真さんが今一人なのは知ってるのよね?――あんな金目的な人とは別れて正解だけど――それって言うのも蒼羽さんのことが忘れられないのが原因の一つだったの。期待させたら悪いけど、蒼羽さん次第では復縁の可能性だってありえるのかも」


 その真剣な表情に言葉の重みを感じた。

 なるほど、他所から見ても父さんの言葉には一貫性があるのか。

 だったら期待大だな。


「実は、二日ほど前から母さんは父さんに会いに行ってます」


「え、二日前ってクリスマスイブ? ふうん、だったら……」


 俺と浅見さんは頷きあった。それ以上両親のことは語らずに、車は目的地に向かい順調に進んでいった。


 講習は九条グループの研修センターのある九十九里の某所で行われる。

 車窓に海が広がった瞬間、思わず声が漏れた。潮の香りなんて、いつ以来だろう。


「やっと着いた~。ここは新しくて綺麗なところだから快適な研修になると思うわよ。あと報酬は研修終了後に現金で手渡しよ。年末だからそのほうがいいわよね?」


「はい! とってもありがたいです!」


「ふふ、素直でよろしい。じゃあ後は黒川さん、よろしくお願いします。私は別件でしばらく滞在するからまた会うかもね。じゃあ頑張ってね!」


 そう言って研修センターの駐車場で分かれた。

 黒川さんが一歩前にでて俺に対峙する。その迫力に思わず喉を鳴らす。


「ではここからは私が引き継ぎます。藤崎様、どうぞよろしくお願い致します」


「はい! よろしくお願いします!」


「研修内容は多岐にわたります。最後に適性試験もありますので、精一杯勉強に励んでください」


 うっ……試験があるのか……。


「ちなみにその試験に落ちた場合って……」


 黒川さんの目がきゅっと険しくなる。


「その時は……残念ですが報酬どころか、むしろ賠償を求められる立場になる……そう覚えておいてください」


「なんですとっ!」


 ここで黒川さんが初めて口角を上げた。


「ですから藤崎様。いや、蒼真。しっかり真面目に学ぶんだぞ!」


「ひゃ、ひゃい! がんばりましゅ!」


 やっべー……うまい話に裏がありすぎたじゃないかあ……。

 ガチで学ばないと借金だ……うぅ……。



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