第167話 聖なる夜
「お疲れ様でしたー!」
「夜道には気をつけるんだよ、って蒼真と真桜ちゃんが居れば問題ないね。襲ってきたやつがご愁傷さまだ」
美咲さんは笑顔でそんな事を言うが俺はわりとドキドキしている。
二人ともサンタコスの上にコートを着ているのがとても色っぽく、まるで誘蛾灯だ。
俺が不審者なら狙うは彼女たち。防犯意識を最大限に高めておかないとな。
帰りの道中は街灯が少なく、妙に不安を感じる。俺も出来れば一人では歩きたくないな。
常備している懐中電灯で道を照らす。
5分程度の冒険を経て、無事アパートに辿り着いた。
部屋に入るなり、くんくんと匂いを嗅ぎはじめる羽依。次の言葉が容易に想像付く。
「むむ、女の人の匂いがする。蒼真! 浮気だね!」
「絶対分かって言ってるでしょ。母さんの残り香だよ」
羽依はニッと笑うと、子供みたいに抱きついてきた。
「んふ、蒼真よかったね。――ホントよかった。ずっと寂しい思いをしてきたんだもんね」
ぎゅっと抱きしめる腕に、確かな温もりと優しさが込められていた。冷え切った体にじんわりと染み渡り、胸が熱くなる。
「蒼真のお父さんとお母さんがクリスマスの夜に会ってるのよね。なんだか事情を聞いていた身としては感慨深いわね……」
真桜がしみじみとそんな事言ってくるので、思わずうるっときてしまった。
色々心配をかけてきた事を今さらながら申し訳なく思う。
ホント、この二人には感謝しかないな――。
「なんか……色んなことが解決しそうな気がするよ。全部みんなのおかげだと思うとさ、ホント頭が上がらないよ」
二人とも顔を見合わせている。
「私、何かしたっけ?」
「私も身に覚えはないけど……」
きょとんとする二人にちょっと笑ってしまった。
自分たちが俺にどれだけ影響を与えたのか全く自覚がないのだから。
「羽依からは理不尽や暴力と立ち向かう勇気を。真桜には強さを。どっちかが欠けていたらきっと同じ結果にはならなかったと思うんだ」
俺の言葉に二人はまたも顔を見合わせる。そして頷きあった。
「んふ、じゃあお礼をいただこうかな!」
「そうね。遠慮なく。今夜はなにをしようかなー」
挑むような声色に思わず慌てる。
「ちょっ、二人ともまって! ほら、クリスマスプレゼントを開けてみてよ」
二人ともすっかり忘れてたようだ。
羽依がプレゼントの梱包を剥いて中を見る。
途端に弾けるような笑顔を俺に向ける。
「かわいいー! これってチョーカー? 羽飾りのチャームが私をイメージしてるのかな」
「そうそう、気に入ってくれたら嬉しいけど。つけてあげるね」
首筋に手を回し、チョーカーをつける。
彼女は小さく肩をすくめて笑い、くすぐったそうに息を弾ませた。
「うん、似合ってる。とっても可愛いよ」
チョーカーをつけた羽依は従順さが増したように可愛らしく見える。自由な彼女にそんな鎖は意味ないだろうけど。
早速スマホで自撮りしてみる。ニヤニヤが止まらないところを見ると、どうやら気に入ってくれたようだ。
「んふ、めっちゃ可愛いね! 蒼真ありがとう! 嬉しいなあ……」
「ふふ、すごく嬉しそう。良かったわね、羽依。じゃあ次は私ね」
そう言ってプレゼントのリボンを丁寧に解く。
包を開けて中を見ると、まるで花が咲いたように顔をほころばせる。
「……これは、アンクレット? 桜の花なのね。ふふ、私たちの名前をモチーフにしたプレゼントなんだ。蒼真は色々考えたのね。――私にも付けてくれる?」
「もちろん。さあ、足を出してね……」
真桜のすらっとした綺麗な足にアンクレットをつける。
それが足かせになって従順さを生む……なんて、さすがに無理だろう。
「可愛い……こんな嬉しい贈り物は初めてよ。ありがとう蒼真。大好き!」
真桜はそう言って俺に抱きついてきた。
羽依も負けじと俺に抱きつく。
なんだこの幸せは……。
「じゃあ私たちからのクリスマスプレゼントね」
「ちょっと高いからさ、二人で一緒に買ったんだ」
そう言って俺にくれたのは有名ブランドの腕時計。
ちょっとどころじゃない。これ……身の丈にあってないぞ……。
まるで俺の名を表しているような蒼く輝くクロノグラフ。
チタン製の高級感はとてもじゃないが高校生が気軽につけるものじゃない。
「ありがとう二人とも。でも、これって、いくらなんでも高すぎただろ……」
「高かったよ。刻印してあるから返品も売却もできないよ」
「いや、そんなことしないけど……じゃあ、つけてみるね」
恐る恐る腕時計をはめてみると、まず驚いたのがその軽さ。
チタン製の腕時計は見た目を裏切る軽さで付け心地は抜群だ。
高いものはやはり高いなりの価値があるんだなって思う。
でも重い。
この理屈ではないずしっりとした重みは二人の気持ちの現れだ。
一度外して裏側の刻印を見る。
「Ui& Mao, always with you……なるほど……」
結局俺たちのプレゼントはみんな束縛をイメージしたわけか。
ずっと離れたくない。この関係を続けたい。
三人の気持ちが一つになったように思えた。
多くを語らずに二人を抱きしめる。
愛おしさで胸が張り裂けそうになる。
部屋の照明を暗くし、二人はサンタコスを脱ぎ捨てる。
もう……何も考えられない……。
――――――
「蒼真の匂いが好き。なんだかあったかくなるの」
「わかる。すごく好き……。お風呂はもったいないって思ってしまうの……」
「……俺も二人の匂いが好き。羽依は甘くて美味しそう。真桜はシトラスっぽくてやっぱり美味しそう」
「……ばか」
「真桜ってそれ好きだよね~」
「……うん、ずっとしていたいぐらい……すき」
「私はされるほうが好き……んっ」
「羽依の顔がすごく……よさそう」
「真桜、もう……」
「うん……良いよ……んっ……」
「真桜ってほんと、むっつりだよね。え、いらないって……んむっ」
「ふふ、んっ……羽依もきっと好きになるわ」
「んぐっ、うぇ……真桜は私よりよっぽどこういうのが好きなのかも……」
「蒼真、好き。大好き……もっと……」
「んっ……ぐすっ……」
「羽依、泣いてるの?」
「うん……もう、よすぎて……つらい……んんっ」
「羽依かわいい……」
「おまたせ……真桜、大丈夫?」
「うん……もっと、何度でも……」
――――――
幾度も重なり合った聖なる夜。
羽依と真桜はぐったりして息も絶え絶えだ。
二人とも大分慣れたようだったので、遠慮なく欲求をぶつけた。
いささかやりすぎたようにも思うが、クリスマスだからきっと許されるんじゃないかな。
「もうむり……正直言ってさ……蒼真の相手って私一人じゃ無理だったかも……」
「ほんとすごいわよね。男の人ってみんなこんなに出来るものなのかしら?」
「みんな出来るよ。しらないけど」
俺の適当な返事に二人ともジトッとした目を向ける。
「ね、蒼真ってベッドヤクザでしょ」
「ええ。よく分かったわ……でも、私は嬉しいかも」
「真桜ってホントむっつりだよね~。前からこっそり舐めてたぐらいだし」
「ちょっ羽依! 言わないでって言ったのに!」
「いや、もう知ってるから。真桜が一番むっつりなのも」
真桜は顔を真っ赤にして布団を思いっきりかぶった
「もう知らない! おやすみ!」
俺と羽依は顔を見合わせくすくすと笑いあう。
やがてすやすやと寝息を立てる羽依と真桜。
その無防備な寝顔を見ていると、幸福感とともに強い庇護欲も生まれる。
そのあまりの愛おしさに、思わず涙がにじみそうになる。
――この関係をずっと続けていきたい。
これからも三人で仲良く歩んでいける。そんな希望が見えた夜だった。