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第165話 母さんとの生活

 母さんがうちに来てから二日が経った。

 今日は十二月三週目の火曜日。


 朝のジョギングを済ませ、アパートに帰宅する。


「蒼真、おかえり~、朝ご飯作ってるからシャワーでも浴びてきな!」


「ただいま、母さんもう大丈夫なの?」


 昨日は部屋でずっとごろごろしていた母さん。

 寝てる時も度々うなされていたのはトラウマのせいなのかと心配したが、今朝の母さんは元気に見えた。


「昨日蒼真の手料理をお腹いっぱい食べたからね! なんか元気が出たよ」


「ああ、それは良かった。で、母さん。今作ってるのはなに?」


 母さんはニコッとして答える。


「ふふふ、昨日寝ていた時にひらめいたんだよ。蒼真が喜んでくれそうな料理。あんこもちエッグ」


「お、おう。ありが……とう……」


 ――俺が料理に目覚めた理由の一つに母さんのメシマズ問題があったのを今さらながら思い出す。


 元々明るい自由人な母さんだ。その料理も独創的で自由だ。

 ――はっきり言って不味い。

 料理の技術とかは完璧なんだ。問題は創作してしまうことだった。それもかなりズレてるし。


 食卓に置かれたあんこもちエッグを眺める。

 あんこもち。これは美味しいもの。エッグ。これも美味しいものだ。多分。


 美味しいものと美味しいものを足せば美味しいに決まっている。

 ――南無三。


 口に放り込むと期待と違った味。これは……ミント――。

 甘いあんこに餅とぼそぼそした卵の食感。すっきりとしたミントが計算されたかのように絶妙な不協和音を奏でる。 

 今すぐ口から出したいが、覚悟を決めて飲み込んだ。

 ――異物感がエグい……。


「ふふふ、隠し味わかっちゃった?」


 自慢げに微笑む母さん。


「母さん、隠しきれてないよ……味見してみた?」


「そりゃ人に出すものだもの、もちろんしたわよ。新しい味って魅力よね」


 母さんとは料理に関して一生分かり合えない事が今さらながら分かった。


 やばい、この人と生活していくのが一気に憂鬱に感じてきた。


 ……いや、そんな事は考えちゃ駄目だ。

 俺と父さんのために今まで頑張って耐えてきたんだ。

 これからは幸せになってもらわないと――。


「夜のメニューも考えてあるんだ。鮭のあんこもち」


「母さん、まず、あんこから離れよう。それと夜はバイトでまかないがでるから大丈夫!」


 母さんはぶすっとしてしまった。やれやれだ。


 ちょっとずつ自分らしさを取り戻してくれるならこんなやり取りも有りなんだろうな。

 ただ、そのために俺の食生活を犠牲にするのはいただけない。

 この先の事も考えないとな。


「母さん、これからの事って考えてる?」


「あの男から自由になれたらっていつも考えてたわよ。でもそんなの無理って思い込んでたから……。美咲さんってすごい人ね。一体何者なんだろう」


「いい人だよ。キッチン雪代のオーナーで料理がめっちゃうまいんだ。あとで食べに行こうよ」


「ふうん。料理が上手なんだ。私も負けられないな」


 どうして勝負になるって思えるんだろう。妙なところで自信家だよな……。


「このまま蒼真のアパートで厄介になるのも迷惑よね……」


「いやあ……迷惑ってことはないけど、この部屋あと三ヶ月で解約するんだよ」


「え? まだ一年生なのにどうするつもりなの?」


 何も知らない母さんに今現在の俺と父さんの話をした。


「そう、拓真の会社ってそんな事になっちゃったんだ……知らなかったな……」


 浅見さんと会っていたというのに事情を知らないとは……。

 まあ知ったところで不安要素が増えるのは当時の母さんには辛かっただろう。


「父さんは借金あるけど、自分が食べていく事はできるみたい。九条グループってあるじゃない。あそこで働くみたいだよ」


「え……」


 母さんは驚いたように目を見開いた。そしてふと視線を下げた。


「そう……なんだ……九条さん、悠翔(はると)さんのところで」


「母さんも知ってるの? 九条さんのこと」


「ええ、拓真の先輩であり、私の先輩でもあるの。すごく良い人……」


 母さんの良い人という言葉に微妙な含みを感じた。

 ただ、悪く思っているわけじゃないようだ。


「実は今、九条さんの家で住み込みのバイトを紹介されてるんだ。26日からその研修に行くからさ、しばらく留守にするよ」


「え……ああ……そうなんだ。――ちょっと母さん疲れちゃったみたい。少し横になるわね……」


「うん、無理しないでね。俺夕方からバイトに行くからさ、晩ごはんは大丈夫?」


「大丈夫。蒼真の分も作ってラップしておくね――」


「いらないから! まかないでお腹いっぱいだから。いい? いらないからね!」


 念を押しておいた。


「そうそう、父さんさ、今独り身なんだって。――母さんのことが忘れられないって言ってたよ? 一度話をしてみたら?」


「うそ……ほんとに!? え、まって、どうしよう……やだ、信じられない……」


 さっきまで横になろうとしていた人が、急に乙女に変わった。

 なんか……放っておいてもこの先うまく行くんじゃないかな。

 そんな気がした。

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