第158話 タワマンで勉強会
十二月三週目の土曜日。冬休みの初日の今日、燕さんの家で勉強会という名のクリスマスパーティーを開催することになった。
少し早めだけど、クリスマス当日は皆予定が埋まっているので仕方ない。
それに現役東大生の燕さんが講師をしてくれる勉強会だ。
多忙な彼女が引き受けてくれたのはとてもありがたい。
十三時に集まり、十七時まで勉強会、そこからパーティーという予定になっている。
プレゼント交換をする予定なので俺は小さいサボテンを用意したが、買ってからうっかり愛着が湧いてしまった。
できれば俺が世話をしたいぐらい可愛い。名前はサボ美だ。
羽依と二人で燕さんの住むタワーマンションへ向かう。
「ここかあ……」
「すご……」
俺たちは言葉を失う。
遠くからよく見るマンションだったが、近くに来ると存在感が半端ない。ここに住むのって一体いくらぐらいするんだろう……。
入口からして高級感がすごい。周囲はガラス張りで大理石の床に吹き抜けの天井はとても高く、エントランスにはコンシュルジュが待機している。まるでホテルのロビーのようだ。
カウンターに立つスーツ姿の女性が、すぐに丁寧な笑顔を向けてきた。
「いらっしゃいませ。本日はどちらにご訪問でしょうか?」
「えっと……◯◯号室の高峰さんのところに」
「承知いたしました。少々お待ちくださいませ」
彼女は内線で連絡を取り、相手の確認を待つ。
ただの訪問なのに、やけに緊張する……。
毎日ここを通って生活するというのはどうなんだろう。ちょっと落ち着かない気もするけど、慣れるものなんだろうか。
最上階に近い階だ。エレベーターが高速で移動すると耳がキュッとなるのを感じた。これはちょっと苦手だな……。
羽依も、なんとも言えない表情を浮かべる。感想は俺と同じようだ。
ようやく燕さんの部屋の入口までたどり着いた。チャイムを鳴らすと、どうぞーという声とともにロックがカチャリと開いた音がした。
「いらっしゃい~! 二人とも久しぶり!」
燕さんが笑顔で迎えてくれた。
部屋の奥には隼と……真桜?
「羽依、蒼真。待ってたわよ。この髪どう? 似合ってるかしら」
トレードマークの長い髪を肩付近までバッサリと切ってあった。毛先は緩めに巻いてあり、髪色は淡い桜色。以前よりもさらに垢抜けた雰囲気だ。すっかり都会の女子だな。
「真桜、かわいい! めっちゃオシャレですっごく似合ってるよ!」
興奮しながら大絶賛の羽依。俺も感想は同じだけど、都会っ子な雰囲気にちょっと圧倒されてしまった。
「なんだか真桜が遠い存在になっちゃったような。芸能人みたいだね」
「それは褒め言葉……なのかしらね。ありがとう?」
「蒼真は口下手だね! 素直に可愛いって言っておけばいいのよ! 私と一緒に美容室行ってきたのよ。ほら、前に蒼真を担当してくれたヒデキさん」
「あ~、あのすごい上手な人! 流石ですね。真桜の可愛さが思いっきり引き出されてる」
「なんだ、ちゃんと褒められるじゃねえか蒼真、真桜めっちゃ可愛くなったよな! 前の近寄りがたいお嬢様な感じよりよっぽど良いぜ」
そう言って真桜の頭をぽんと撫でる隼。真桜も嬉しそうに受け止めるところを見ると、二人の親しさを感じた。
「羽依、窓の景色見ようよ!」
ちょっと頑なになりそうな羽依の気配を察知し、窓際に羽依を連れて行く。
「わあー! やっぱりすごいね! めっちゃ遠くまで見える。あ、富士山だ!」
「ほんとだ! すごいな!」
「ホントすごいのよこの部屋。夜景もすごく綺麗なの」
「ああ、真桜は泊まった事あるんだもんね……」
せっかく気持ちを切り替えようとしたところ、羽依がまた不機嫌になりそうなのでヒヤヒヤする。
真桜は後ろから羽依をそっと抱きしめる。――多分一番正しい接し方だと思う。よく分かってるな。
「羽依、今日は勉強終わった頃に綺麗な夜景が見れるわよ。一緒に見ましょうね」
羽依は黙ってこくりと頷いた。そっと羽依の頭を撫でる真桜はよき理解者だった。
方や何も分からずに楽しそうに笑ってる隼。
「やっぱあの二人って百合っぽいよな! どっちが攻めんのかな!」
「やれやれ、君はほんとにゲスいなあ」
まるで褒め言葉を貰ったように喜んで俺の肩を叩く隼。
まったくやれやれだ。
一段落したところで、早速勉強に取り掛かる。
羽依と真桜は急所を予め準備しておいたのだろう。燕さんに色々質問をしていた。
彼女たちにもまだそんな苦手なところがあるんだな。
「二人とも、独学はそろそろ厳しいんじゃない? 塾や予備校には通わないの?」
燕さんの言うことはもっともだと思う。さらに上を目指すならば。
「私はパスかな~。時間がもったいないし、お金もかかるし。そんなに良い大学じゃなくても良いかなって」
「お金は確かにかかるけど、時間に関しては逆よ。効率の良い学びっていうのは時短につながるからね」
なるほど。現役東大生の燕さんの意見は参考になるな……。
「私は必要を感じたら通うと思う。でも、今はまだ良いかなって思ってます」
「そうね~、二人とも今でも十分どこでも行ける学力あるからね。それなりのノウハウがすでにあるんでしょうね」
燕さんは感心したように言う。
その時、チャイムが鳴った。
「お、今日の助っ人が来たみたい」
燕さんが玄関へ向かう。助っ人って誰だろう?
「おじゃましまーす!」「めりくりー!」
やってきたのは志保さんと飯野さん。サプライズで登場だ。
「志保さん! 昨日LINEした時、来るって言ってなかったじゃないですか~」
羽依はサプライズに興奮して志保さんに飛びついた。
志保さんも嬉しそうに羽依の頭を撫でる。まるで仲の良い姉妹のようだ。
「蒼真くん! ほら、私に飛びついて良いのよ! カモン!」
「遠慮するっす」
近づいたらがぶっと噛まれそうな飯野さん。
今日のお召し物もヒョウ柄のボアジャケットに白いニットと黒いショートパンツ姿と肉食系ギャルな感じだ。
でもオボコというのは志保さんからバラされてる。
すっかり賑やかになった勉強会。いや、勉強になるのかこれ。