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第153話 父と会う日曜日

 十一月最後の日曜日。

 長い残暑が過ぎた後は急激な寒波だ。秋の短さを感じる。


 そんな寒さが身に沁みる中、今日は久々に地元に戻ってきた。

 ――父親と会うために。


 駅前のファミレスで待ち合わせていた。

 自分の親と会うのに、ここまで緊張する人って居るのかな……。

 離れて暮らしてから実の父ではない事を知った。

 出来ることならもう会いたくない。どんな顔すれば良いのか分からないんだし……。


 でも、この先の仕送りの話などは避けられない事だ。会って聞きたいことも色々ある。


 心臓の音が近くに感じる。手にはじわっと汗が滲んでくる。少しだけ会うことを後悔した頃。

 入口から中年の紳士がやってきた。まあ……父さんだ。


 疑いもしなかったことが、事実を知った今は残酷なほど目についてしまう。俺とは、やっぱり似ていない。


 いつも洒落た服を着て、歳よりも若く見えていた父さん。

 でも、今日はどことなくみすぼらしく見えてしまう。

 今現在の経済事情のせいなのか、それとも俺がすでに色眼鏡で見てしまっているせいなのか。


 強く逞しい父親像が、音を立てて崩れていくように感じた。


「よう、蒼真。久しぶりだな」


 以前と変わらぬ飄々とした雰囲気で俺に話しかける父さん。


「うん、久しぶりだね……」


 俺の様子を見て、少し寂しそうに微笑んだ。


「……浅見ちゃんからすでに色々聞いてるんだものな。でも、これだけは前もって言っておくからな。俺は今でもお前の父だ。それはこの先も変わることはない」


 ――ああ、この人はこういう事を言うんだ……。


「だったら……だったらなんであんなの見せたんだよ! しかも弁護士通してとか、意味わかんねえよ!」


 一瞬、店内なのを忘れてつい大声を上げてしまった。


 父は俺の動揺、憤り、そういう気持ちをぶつけてくる事を想定していたんだろうか。あまり驚かずに受け止めていた。

 呼び出しボタンを押して店員を呼ぶ。


「コーヒーを一つ。――すみませんね。大声だしちゃって」


「いえ、そう言っていただければ……コーヒー一つ。かしこまりました」


 そそくさと店員が去っていく。


 俺も一呼吸つくと、妙に肩の力が抜けた気がした。

 ぶっちゃけ、言いたいことを言える程度には父に対して距離を感じていなかった。 

 感謝をしなければいけないのも重々承知している。不満をぶつけるのはこれっきりだ。


「……ごめん。でも、ちょっとすっきりした」


 俺の言葉に父さんはくすっと笑う。


「俺がお前でも同じ反応するだろうさ。血はつながって無くても長いこと一緒に住んでるんだ。似たところあっても不思議じゃないだろ?」


「よく言うよ……滅多に帰ってこなかったくせに……」


 少しずつ、力を抜いて話せるようになってきた。


「仕事、なんだか大変なんだって? 俺の仕送りとか辛くない?」


 父さんは少し苦い顔を浮かべる。


「浅見ちゃんに何か言われたんだろ。ったく、お前の仕送り分ぐらい除けてあるっての。確かに前より金は無くなったけどな。宛がないわけじゃないさ」


「宛って、この先どうするつもり? また会社立ち上げるの?」


「いや、銀行とか融資を頼んでみたけど……なんとも渋い顔されてな……。結局九条さんのところで世話になることにしたよ。まあ一兵卒だけど、それなりの待遇って話にはなったからな」


 少しホッとした。父さんがこの先路頭に迷う事はなさそうだ。

 まあ俺が心配するほど落ちぶれてもいないってことか。


「そっか。じゃあ思ってたほど悪いようにはならないのか。よかった――」


「息子にそんな心配されるようじゃな……俺も落ちぶれたもんだ」


 寂しそうな顔を浮かべる父さん。

 家庭を顧みない自由人。そんな印象もあったけど、実際何をどう考えていたのかなんて、俺に解るはずないんだよな……。


「父さんと九条家って一体どういう関係なの?」


 一番の疑問点を聞いてみた。父さんは少し考え込む様子でコーヒーを一口飲む。


「今、遥さんと同じ学校なんだよな。その子の父親と俺は大学の先輩後輩の間柄だった。俺が後輩な」


 少し長くなりそうな話が始まった。


「先輩とは同郷のよしみで仲良くしてくれたんだ。彼は良いところの坊っちゃんだったからな。俺と仲の良い友人たちで起業した際にパトロンになってくれたんだよ」


 父さんは懐かしむような表情を浮かべる。


「仕事は順調だった、まあそれも円安までの話だな。俺は仕事も家庭も中途半端だった……。最初はちょっとしたミスだった。――発注の桁数を間違えたんだ――。そこから会社が修復不可能なレベルまで負債を抱えた。責任はすべて俺にあった。先輩は俺の仲間を自分の会社に迎え入れてくれた。まあざっくりとだが、経緯はそんなところだ」


「……それって、九条さんのお父さんに助けられたってこと?」


「ああそうだ。先輩、俺のこと大好きだからな。結果的に先輩の会社に行くってのは……まあ、複雑なところも色々ある。それは当事者しかわからないところだから気にすんな」


 ――聞いた話と違ってくる。いや、俺の解釈が間違っていた?

 父さんは自分のミスで会社が傾いて九条さんに助けられたと言う。


 浅見さんは九条家の経営戦略で、傾いた父さんの会社にとどめを刺したような言い方だった。

 視点の違いでの話なんだろうか……。

 ただ、今の話で分かったのは、父さんからは九条先輩のお父さんに確かな繋がりを感じている。

 すべてを好意的に解釈すれば、この先困るであろう俺に手を差し伸べてくれているのは彼女のお父さん?


 浅見さんにはもう一度話を聞いたほうが良いんだろうか。聞いたところで本当の事を言ってくれるだろうか……。

 

「今日聞きたいことがさ、もう一つあって。――母さんの連絡先って、父さん知ってる?」


 父さんの表情にほんの少しだけ険しさがでた。母さんの事は色々思うことあるんだろうな。それもこれも事実を知ったからこそ気付ける表情だ。

 何も知らなかったことを今になって痛感する。


 最後に三人で集まったのは五月……GWの時だ。

 その時の事を思い出す……。


 俺の手料理を父さんと母さんは涙ぐんで食べてたっけ……。

 涙の理由は俺への申し訳なさと思ったけど、もっと違う感情もあったのかもしれない。


「母さんに会うことは、正直おすすめしない。とは言っても……無理だよな」


 諦めたような表情を浮かべる父さん。

 反社の男に囲われてるのはもちろん父さんも知ってるんだろう。だからこそ会って欲しくないのはよく分かる。でも……。


「大丈夫、俺こう見えて結構強くなったんだよ。それに別に喧嘩売りに行くつもりじゃない。できれば母さんだけに会いたいと思ってるし」


「会ってどうする……なんてのも野暮だな。――お前が強くなったのは見れば分かる。ほんと逞しくなったな。可愛い彼女もできたらしいじゃないか」


 唐突にニヤニヤする父さん。


 ――羽依の写真を見せたらどんな反応するかな。

 衝動を抑えきれずに羽依の写真を父さんに見せた。


 一目みてぎょっとする。そして妙に憐れんだ顔で俺を見つめる。


「お前さ……妄想の彼女とか見せてきて……父さん悲しいよ」


 なんて言い草だ。俺は首を振り、父の言葉を否定する。


「え? 補正とかCGとかじゃなくて? ホントの彼女? うっそだろ!?」


 店内で大声を上げる父親の姿は見たくなかったなあ。

 ジロジロ見てくる周囲のお客さんと店員に頭を下げつつスマホを仕舞う。


「す、すまん。いや~驚いた。整い過ぎだろう……アイドル顔負けの可愛さだな……」


 俺は随分と慣れたけど、やっぱり普通のリアクションはこういう感じなんだろうな。

 羽依は整いすぎていて、奇跡の造形だと思う。顔だけじゃなくスタイルもそうだ。性格だってとても良い。性癖はアレだけど……。


「俺が言うまでもない話だけど、大事にするんだぞ」


 他所で家族を作った父さんに大事にしろとか言われたくないな、とは思った。


「分かってるよ。――父さんこそ、今の家族ってどんな人なんだよ」


「今は俺一人だ。会社が傾いたらさっさと俺を見限って出て行っちまった。まあ、俺の気持ちも見透かされてたんだろうな……」


 うわっ気まず……。地雷踏んだかな。


「ごめん、なんか悪い事聞いたかな……でも、気持ちって?」


「それ聞いちゃう? まあ言っても仕方ないけど、まだ母さんのことな、ワンチャンないかなって思ってるんだ」


「はあっ!? あ、いや……別におかしくはないか……」


「母さん……蒼羽(あおば)の事な、嫌いになれないんだよな……」


 まだ未練あったのか……。でも、だったら……。


「父さん、やっぱり俺、母さんに会ってくる。今どんな状況なのか、知っておかなきゃ駄目だよな」


「そっか……。じゃあ会ったらよろしく言っておいてくれ……」


 父さんは母さんの住所を教えてくれた。


 それから父さんとは店内で別れた。

 特に気まずくなることもなく、いつでも声をかけろと言ってくれた。

 縁が切れることはないんだなと改めて感じた。

 会ってよかった――。


 それにしてもまだ母さんのことを……。

 離婚したから未練はなにもないと思っていた。人の心ってほんと難しいと思う。

 どういうすれ違いや拗れでああなってしまったんだろう。

 ただ、同じ轍は踏むまい。そう強く思った。


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