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第149話 真桜の変化

 金曜の夜、真桜の家でのお泊り会。

 響きだけなら楽しそうだけど、生徒会長選挙に落選した慰め会だ。なかなかいつものテンションってわけには行かない。

 まあ、当の本人がそこまで落ち込んでいる様子じゃないのが救われるかな。


 羽依と真桜は二人で浴室へ向かっていった。いつもなら「一緒に入る!」とか無茶言ってくるのに、今日は妙に大人しい。

 ……俺としては助かるけどな。あの広いお風呂は一人で清々入りたいし。


 なぜか「絶対に部屋から出るな」と釘を刺された。

 静かな部屋は妙に居心地が悪い。時計の針の音だけがやけに響く。

 それにしても……長い。かれこれ一時間は経ってるんじゃないか?

 時刻は二十二時を回り、健康的な生活を心がけている俺の意識は、途切れ途切れになっていく。

 ラグにごろりと転がった瞬間、机の下に本が数冊……。


 隠してるのか? それにしては雑だな。

 本を手に取りぱらぱらっと捲ってみる。――羽依の好きそうなTL漫画だ。真桜もこんなの興味あるんだな。

 内容はかなり刺激が強く、男性を責めたり、男性自身を口で喜ばせたりと……実用性が高すぎる。TL漫画、侮れないな……。これで全年齢とは驚きだ。

 ――まあ、見なかったことにしよう。それより今は眠い……。


 まぶたが重くなる――。


 ……。


「――蒼真、起きて」


 体を揺さぶられ、ぼんやりと目を開ける。

 目の前にはパジャマ姿の二人。

 ――けど、違和感。


「……真桜! その髪色……!?」


 真桜のアイデンティティーである黒髪が、柔らかな光を反射するミルクティー色に変わっていた。

 淡い茶色がふわりと揺れ、艶やかな光沢が目に刺さる。

 ――そっか、ドラッグストアで買ったのはこれだったのか。


 真桜は髪を指で軽くすくい上げ、鏡のように眺めて小さく微笑んだ。


「前からずっと染めてみたかったの。……九条遥と一緒にやっていくなら、差別化は必要だと思って」


 やっぱり、キャラが被ってるのを気にしてたんだ。


 そっと指先で髪に触れてみる。黒髪の和風美人も似合っていたけど、この色は――ぐっと垢抜けて、お洒落で、少し大人っぽく見える。


「すごいイメチェンだね。でも、めっちゃ似合ってるよ」


 真桜は自信をにじませた表情で、俺の言葉にくすっと笑う。


「……嬉しい。思い切った甲斐があったわ」


「んふ、この色、真桜に絶対似合うって思ってたんだ~」


 羽依が嬉しそうに笑う。なるほど、だからこんなに時間がかかったんだ。


「羽依の言う通り、俺は幸せ者だね。真桜のイメチェンを真っ先に見られるんだから」


「ううん、それはまた別。……ね、真桜!」


「……そ、それは――」


「ね、真桜!」


「……蒼真! 早くお風呂に行ってきなさい!」


 なぜか怒鳴られ、慌てて風呂場へ向かう俺。

 一体なんなんだか……。


 結城家のお風呂はとても広い。ちょっと泳げそうなぐらいだ。

 一人、浴室でまったり浸かり、今日のことを思い出す。


 ああ、無効票が悔やしい……。名前以外の記入は無効ってあちこちに書いてあったじゃないか。

 いや――意図的な可能性もあるのか……。

 実際、俺の心には相当ダメージが入った……。真桜は尚の事だろう。

 明るく振る舞う彼女が却っていじらしい。


 でも、選挙は僅差で負けはしたものの、得たものはある。

 真桜の頑張りで色んな先輩との繋がりができた。副会長の活動には確実に活かせる事だ。


 羽依も九条先輩から謝罪されたんだし。

 ――ただ、あの件で悪いのは……羽依を襲い、文化祭でも暴れたあのクズであって、九条先輩はドミノの先をちょんと押しただけだ。

 世の中の不幸な出来事ってのは、些細なきっかけで起こるという教訓だよな。


 その九条先輩、アメリカの大学へ進学って話には正直とても驚いた。そんな話は浅見さんからは聞いてないし……。

 バイトの事もあるし、一度先輩と話をしてみるかな……。


 さあ、そろそろ出るか。

 今日はちゃんと眠れるかな。

 羽依がまた暴れなければいいけれど……。


 風呂上がりに新しい下着と、用意してくれた浴衣を着る。

 寝支度を済ませ部屋に戻ると、すでに照明は落としてあった。


 布団にはなぜか真桜しかいない。それも両手で顔を隠している。

 息を殺しているような切ない吐息が漏れている。


「あれ、羽依は……?」


 その瞬間、布団の横から羽依が出てきた。

 俺の方をみて、いたずらに微笑む。そして布団をすべて捲っていく。

 布団の下に広がった光景に、時間が止まったように呼吸を忘れた。


 二人とも……一糸まとわぬ姿だった。


「なっ……!」


 思わず絶句する。

 常夜灯に照らされ、ほのかに色づく彼女たちの裸体は幻想的な美しさだった。


「蒼真、おいで。一緒に真桜を慰めようね」


「蒼真、あまり……見ないで」


 手で顔を隠す真桜。その体を遠慮なしに撫で回す羽依。その様子を見て、俺は思わず息を呑んだ。


 慰めるって……そういう事なのか――。

 思わず生唾を飲み込む。

 うまく、頭が、働かない。

 鼓動が煩さすぎて耳に響く。

 鼻腔をくすぐる二人の匂い。石鹸の清潔な香りに、体温で滲む甘く熱い匂いが混じり、思考力をじわじわ奪っていく。


 理由はどうあれ、もう抗うことはできない。

 俺はそこまでできた人間じゃない――。


「――そうだね……真桜、今日はよく頑張ったね」


 俺も浴衣を脱ぎ布団に入る。そっと真桜を抱きしめて頭を撫でると、彼女も俺の背中に腕を回す。目を細めてくすぐったそうにする真桜がなんとも愛おしい。


 羽依は俺と真桜に覆いかぶさるように抱きつき、俺とキスを交わした。――この味は……。


「蒼真。いっぱい慰めてね……」


 真桜の言葉、羽依とのキスで俺の意識は混濁しそうになる。


 触れる真桜の体はとても熱く、その手は羽依の手をぎゅっと握って離さない。


 枕元を見ると、薄い物の箱が封を切ってある。

 羽依の言葉を思い出す。“幸せ者”とはそういう事だったのか……。


 二人の気持ちはしっかり伝わった。俺にそんな権利があるかは分からないが、幸せ者になろう。

 真桜を慰めるという大義名分ではなく、もっと愛するために。


 

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