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第147話 決戦の金曜日

 金曜日。遂にこの日がやってきた。

 生徒会長選挙の投票日だ。


 投票は放課後に行う。体育館で投票を終えたら下校するという流れだ。

 開票は即日だが、内容を精査したうえで月曜に学校長より正式発表となる。


 興味があれば開票に立ち会うことも許されており、立候補者はもちろん、俺と羽依も参加する予定だ。

 今日は帰りが遅くなりそうだったので、夜のバイトは事前にりっちゃんにお願いしてある。彼女はわりと夜も暇しているようだった。


「せっかくだから今夜はうちに泊まらない? 大事な日なのにお祖父様ったら今日も不在なの。勝ったら祝賀会、負けたら慰めてね」


 昼休み、笑顔でそんなことを言ってきた真桜。その表情は驚くほど晴れやかで、まだ選挙中だというのに、彼女の中ではもう区切りがついているようだった。

 実際、選挙活動はすでに終え、あとは投票結果を見守るだけだ。


 ……正直、彼女よりも俺と羽依のほうがよほどヤキモキしている。


「真桜、ずいぶん落ち着いてるね……」


「そうね、やるだけのことはやったわ。今のところ情勢は五分のようだし、果報は寝て待ちましょう」


「ううっ、真桜ってば、落ち着きすぎ!」


 放課後、クラスのみんなと体育館へ移動する。

 投票会場の入口では、生徒会メンバーが選挙管理者として立ち、名簿をチェックしていた。体育館の中は、声をひそめるざわめきと、記入用紙をめくるかすかな紙音だけが響いている。


 少し離れたところに志保さんがぽつんと座っていた。落ち着かなそうにきょろきょろしている。どうしたんだ?


「志保さん、お疲れ様です。一人離れた場所でどうしたんですか?」


「蒼真くん……私、真桜ちゃんの推薦人だからって、ハブられちゃってるの……」


「公平性のためです。我慢してください。――まったく……私たちになんの断りもなしに勝手に推薦人になるんだから……」


 そう言ったのは、生徒会副会長の斎藤久美子さん。今回の選挙管理委員会の委員長を務めている。メガネにおさげの、いかにも真面目そうな三年女子だ。彼女は志保さんの選挙のときの対立候補だったらしい。

 対立候補を副会長にするのって、この学校の伝統なのか?


「久美ちゃんのいじわる……」


 恨めしそうにジッと斎藤さんを見つめる志保さんは、どことなく小動物っぽかった。


 投票は実際の選挙と同じく、囲いの中で記入する。選挙専用の用紙を使うこだわりようだ。

 今は十八歳で選挙権がある時代だし、その練習も兼ねているらしい。

 名前のみ記入、落書きやあだ名は無効票――至るところに注意書きが貼られている。


 俺は「結城真桜」と記入し、投票箱に投函した。箱の中で紙がわずかに落ちる音が響く。


 そんな俺を見ていたのは――九条先輩だった。


「蒼真くん、私に投票してくれた?」


「え! いや、その……誰に投票したかは……言ったら駄目ですよね?」


 九条先輩は、狼狽する俺にくすっと笑う。


「そんなルールがあるかは知らないわ。でも――冗談よ。結城さんの応援、頑張っていたものね。どっちが勝っても恨みっこなしよ。こういうのはお祭りみたいなものなんだから」


 やりきった充実感。真桜と同じ空気をまとっているのが分かる。

 ――やっぱりこの二人、似てるところが多い。だからこそ、勝敗の行方が怖くもあり、楽しみでもあった。


 開票までは一時間ほど。俺たちはクラスで待機することにした。

 居残りは三人だけ。立会は事前許可制だから仕方ない。


「真桜、生徒会長になったら本当に九条先輩を副会長にするの?」


「あの場でああ言ってしまったからね……勢いって怖いわね……。正直、生徒会メンバーは全く考えてなかったわ!」


「ええええ!」


 羽依と俺は目を丸くする。準備万端の顔しておいて、肝心なところをノープランとは……。


「仲のいい人で選ぶか、やる気のある人を選ぶか……やる気のある仲のいい人なら、喜んでお願いするんだけどね」


 そう言って俺たちをちらっと見る真桜。

 ずるいな、それは。……でも、その気持ちは伝わった。


「まあ、すべては結果次第かな。そろそろ体育館に行こうか」


 俺たちは立ち上がった。

 あと少しで、すべてが決まる。


 体育館の開票場にやってきた。すでに九条先輩は取り巻きの人たちと一緒に来ていた。


 中央には、三つ並んだ金属製の投票箱。側面には南京錠がかかっており、机の上には開票用の大きな集計表が広げられている。

 壇上には長テーブルがいくつも並べられ、そこから立会人や傍聴者が作業の様子を見られるようになっていた。


 まず、選挙管理人が全員の前で投票箱の鍵を確認し、立会の教師が合図を送る。

 鍵を外すと、箱の中の投票用紙がテーブルいっぱいに広げられた。


 有効票と無効票を分ける係、票を一枚ずつ読み上げる係、それを集計表に記入する係――各学年から三人ずつ選ばれた選挙管理人たちが、手際よく作業を進めていく。

 教師は二人だけ立会に座っているが、あまり口を挟まず、生徒たちの自主性に任せているのがわかる。


 待つこと数十分。壇上では集計係が最後の確認を終え、選挙管理委員長の斎藤久美子さんがマイクを握った。

 体育館全体の空気が一瞬で張りつめる。


「――開票結果を発表します」


 有効票八五三票。

 無効票十二票。

 白紙票二十票。


「九条遥、四百二十八票。結城真桜、四百二十五票」


 その瞬間、会場の一部から歓声が上がった。結果、わずか三票差で九条先輩の勝利。


「やったー! 九条さん! おめでとうございます!」


 取り巻きの歓声が体育館に響き渡る。九条先輩は、普段見せないような明るい笑顔を振りまいていた。


 一方、真桜は一瞬だけ下を向いたが、すぐに顔を上げた。

 泣き崩れることも覚悟していた俺は、その強さに驚く。――代わりに、羽依が堪えきれずに涙をこぼした。

 俺はそっと、その肩に手を置いた。


 続いて、無効票の確認が始まる。

 机に並べられた票には、悪意のこもった落書きや、全く関係ない人物の名前……中には俺の名前まで混じっていた。

 さらに驚いたのは、「がんばれ結城真桜!」「真桜ちゃん可愛い!」といった真桜の応援メッセージ入りの票が五枚もあったことだ。


 ――これがきちんと名前だけ書かれていれば、結果は変わっていた。……でも、この結果は受け入れるしかない。


「毎年一年生には無効票が多いのよ……。真桜ちゃん、残念だったわね」


 志保さんが隣で小さく声をかける。

 真桜は寂しそうに微笑み、「御影さん、せっかく推薦していただいたのに、力及ばず申し訳ありませんでした」と頭を下げた。


「結城さん」


 九条先輩が真桜を呼び、手を差し伸べる。

 その心情は定かではないが、表面上は笑顔を作る真桜。

 そして彼女の手と握手を交わす。


「九条さん。おめでとうございます。それと、一年間よろしくお願いします」


「ええ、副会長頼んだわよ。――それと、雪代さん……この後少しだけ、ふたりきりで話すことはできないかしら……」


「え、あ……はい……」


 俺の制服をきゅっと掴む羽依。その手が少し震えているのが伝わった。


 九条先輩と羽依は二人で体育館の奥にある控室に入っていった。

 置いていかれた取り巻きの人たちは、何事かと、落ち着き無く憶測を語り合っている。


 俺と真桜も心配なのは同じだけど、いくらか話の内容は思い当たる。


「九条遥が羽依に何の用があるのかって、あの件しかないわよね……」


「うん……でも、あの件は――九条先輩はとても後悔してたから、きっと悪い用にはならないんじゃないかな……」


 あの件とは、羽依が九条先輩から“先生に呼ばれているので体育館裏まで来て欲しい”と嘘を付いたこと。

 その結果、羽依は体育館裏で男子上級生から襲われる寸前の被害を受けた。たまたま近くにいた俺が助けに入り、その結果偽装カップルになり、今に至るわけだが……。

 九条先輩はひどく後悔していたが、今は素直に謝れないとも言っていた。


 生徒会長選が彼女にとって一つの区切りになったのだろうか。


 二十分ほど経った。二人が控室から出てきたが、その九条先輩の様子に周囲はざわついた。

 スカートはホコリまみれとなり、その顔は涙で曇っていた。

 方や羽依は幾分困惑したような表情だが、特に目立った変化はなかった。


「ごめんね、おまたせ。用が済んだから――帰ろっか」


「う、うん。真桜は、もう大丈夫?」


「ええ。今日はもう用はないわね……じゃあ、うちに来てね」


 羽依と九条先輩の会話の内容は気になったが、羽依の表情を見る限り、そこまで悪い話ではなかったのかな。帰り際に彼女へ軽く会釈もしていた。


 九条先輩の泣き腫らした顔は気がかりだけど……それも想像の範囲かもしれなかった。

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