第146話 笑顔の裏側
立会演説会の種目も最後になった。
立候補者の質疑応答だ。
話によると、事前情報なしの完全なガチ勝負らしい。
カンペなしでは何も語れないどこかの議員さんよりも、よっぽどこの学校の生徒会長への道のりの方が厳しいな。
インタビュアーは放送部の三年生の女子だ。
壇上に長テーブルが用意され、真桜と九条先輩が横並びに。
脇に座る放送部の女子から質問をする形のようだ。
「ではお二方、よろしくお願いしますね!」
二人はよろしくお願いしますと頭を下げた。
質疑応答の内容は演説を踏まえたものだった。
二人の受け答えは理路整然としていて、付け焼き刃ではないことがよく分かる。
――正直、どっちが会長でもいいんじゃないか? そう思えるくらい、甲乙つけがたい。
真桜は「自由」という旗印に、きちんとした道筋を立てていた。例えば、部活に入らない生徒も利用できる交流・作業用の多目的室を設置し、軽い運動器具やボードゲーム、楽器などを置く案。興味やきっかけを見つけられる場所づくりだ。
一方、九条先輩は部活動推進を軸にしつつ、部活に入っていない生徒への支援も忘れていない。趣味的同好会への予算拡充や、少人数活動の支援制度など、求心力の高い案が多い。
……俺が真桜陣営じゃなかったら、本気で迷っていたかもしれない。
質疑応答では全く優劣が見えなかった。
続いて、人となりを知るための個人的なインタビューの時間。これが案外、会場の一番の盛り上がりポイントだったりする。インタビュアーの腕の見せ所だ。
「えー、手元の資料を見ますと、お二人は同じ中学の先輩後輩にあたるんですね。しかも、同じ生徒会だったと」
「はい、私が生徒会長をしていた時、彼女には副会長をしてもらっていました。能力はとても高く、何度も助けられました」
「私も九条さんのもとで副会長を経験したおかげで、翌年、生徒会長になることができました。それも彼女の指導の賜物です」
二人が見つめ合い、にっこりと微笑み合う。
胃がキリキリしてきた……。
キツネとキツネの化かし合いだなこれは。
――二人のキャラって何だか被ってないか?
「なるほど~。二人はとても仲の良い先輩後輩だったんですね! では結城さん、なぜ今回、九条さんのライバル候補として立候補したのか、是非お聞かせください!」
「はい、まずは先ほど演説でお話ししたように、私のやりたいことは時間のかかる取り組みです。だからこそ、一年生のうちから始めたいと思いました。そしてもう一つは――尊敬する九条先輩に挑戦したいからです。先輩の姿に憧れてきたからこそ、その背中に追いつきたい。そう思ったのが、立候補の理由です」
「なるほど! 実に熱い師弟対決の雰囲気を感じます!――では九条さん、彼女の挑戦をどのように受け止めますか?」
「とても嬉しいです。彼女とは先輩後輩以上に、互いを高め合える関係だと思っています。今回、彼女の立候補を一番喜んだのは、きっと私でしょう。彼女なら、この選挙をより意義のあるものにしてくれると信じています」
……間違いない。二人とも政治家向きだ。
まあ、本心かどうかは分からないけど、よくもまあポンポンと出てくるもんだ。
たまに見つめ合い、笑顔を浮かべる二人の白々しいこと。
きっとテーブルの下で足の踏みあいでもしてるんじゃないか?
「次に行きましょう! 自分を動物に例えるなら、何だと思いますか? その理由は?」
「私は……そうですね、犬かしら。わりと忠実なんですよ」
……いや、犬っていうより完全にキツネだろ。初めて会ったときも頭にキツネのお面つけてたしな。ああ、犬科って意味では間違ってないけど。
「私は、猫ですね。縛られずに自由でいられたらって、ずっと思っていましたから」
ちょっとだけ本音が見えた真桜の言葉に、少し胸が熱くなった。
でも……猫ってよりは女豹かな。凶暴さ的に。
「では次の質問です、ちょっとプライベートな質問になりますがよろしいでしょうか! ずばり、好きな異性、若しくは現在付き合っている男性は居るでしょうか!」
「「ノーコメントで」」
「あ、はい」
すご……一瞬で場内の空気がヒエッヒエになった。
インタビュアーの思い切った質問だったけど、あの二人の圧はやばすぎだろう……。しかも妙に気が合ってるし。――もしかして案外仲が良いんじゃないか?
「えー、では最後の質問になります。生徒会長になった暁には、その権限として、役員のメンバーを選出できますが、もうメンバーは決まってますか? また副会長は誰にしたいですか?」
「はい。メンバーは決まっています。ですが、まだ声はかけていません。――いい機会だからこの場でお願いしようかしら。私が生徒会長に就任したら、副会長は結城さんにお願いしようと思っています。結城さん、また一緒に頑張りましょうね」
一瞬、真桜の頬が引きつった。その変化に気づいたのは、きっとごく一部だけだ。
「嬉しいです。また声をかけていただけるなんて思っても見ませんでしたから。――そうですね、九条さんが勝ったらお受けしましょう」
「おお! 師弟コンビの復活となるわけですね! では結城さんが生徒会長になったらどうしますか?」
「……私には、やはり九条さんの力添えがあると心強く思います。ですから、私が就任した暁には――九条さん、是非副会長をお願いしたいです」
「ふふふ……そうね、受けましょう……」
「ふふ……」
見つめ合う二人の、表だけ仲睦まじい笑みに拍手が巻き起こる。
だが俺は思う。――知らぬが仏って、こういうことを言うんだろうな。
こうしてつつがなく、演説会は終了した。
教室に戻る途中で羽依と合流する。
「羽依! 演説すごかったね! いつのまに練習したのさ!」
「んふ、お店でお母さん相手に頑張ったんだよ! あまり蒼真には聞かせたくなかったからね~。新鮮味なくなったら面白くないでしょ?」
知らない間にそんなに頑張ってたのか。羽依はやっぱり努力家だな。思わず抱きしめたくなるけど、さすがにここではやらない。
その時、羽依の笑顔がすっと消える。一呼吸置いた後、物憂げな表情で俺に口を開く。
「選挙どうなるかな~。――九条先輩ってやっぱりすごい人なんだね、怖いけど」
「そうだね……」
羽依はまだ九条先輩のことを良く思っていない。それもそのはず、羽依が襲われる原因を作ったのは彼女だし、まだ謝罪の言葉も聞いていないのだから。
九条先輩の後悔の言葉を俺は聞き、羽依にも伝えたが――やはりこういうことは本人から言わないと駄目だと思う。
泣いても笑っても、明後日が投票日。即日開票だ。
……緊張するなあ。




