第144話 生徒会長選挙 九条遥のターン
水曜日。今日の午後は、生徒会長選挙の立会演説会が予定されている。
体育館に全校生徒が集まり、立候補者たちの演説を聞いて、人となりを判断する。
他にも推薦者による応援演説や、立候補者への質疑応答が用意されているらしい。
この学校の生徒会長選挙は、ちょっとしたお祭りのような感覚だという。
責任は重いが、その分だけ学校生活に影響を与える権限も大きい。
“為政者”として、自分たちの未来に関わる存在――そう考えれば、注目が集まらないはずがない。
もっとも、中には興味を示さず、白紙で投票する生徒も一定数いるそうだ。
民主主義の放棄だよな……とも思うけど、気に入らない候補ばかりなら仕方ないのかもしれない。
ちなみに去年の選挙は、別の意味で盛り上がったと聞く。
あの御影志保が立候補したというだけで注目度は跳ね上がり、演説会はまるでライブ会場のような熱気に包まれたらしい。
ここしばらくは緊張の色を隠せなかった真桜だけど、今朝は気力も充実しているように見えた。
朝の勉強会でも、いつも通り机に向かっている真桜。
「真桜、大丈夫? 演説の練習とかしなくてもいいの?」
俺の言葉に、真桜はくすっと微笑む。なんだか余裕のある振る舞いだ。
「ありがとう、もう大丈夫。道場で存分に発声練習は済ませたわ。広い場所があるのはありがたいわよね。おまけにお祖父様の監修付きだし……」
なにやら遠い目をする真桜。ああ、きっと色々大変だったんだな……。
「……何となく想像できるね……理事長のお墨付きならもう大丈夫そうだね。頑張ってね真桜」
「ありがとう。それより羽依でしょ。友人の応援演説お願いしちゃってごめんなさい……。準備の方はもう大丈夫?」
羽依は満面の笑みで親指を上げる。
「大丈夫、まかせて! 真桜を泣かせる名文を作ってきたから!」
自信満々な羽依に、俺も安心していいのかな……。いや、やる時はやる子だ。大船に乗ったつもりで構えてよう。
「蒼真も本当にありがとう。ポスターとかビラ配りとか地味な仕事ばかり押し付けちゃって……御影さんの推薦人も貴方のおかげよね……」
「真桜は俺たちのために立候補したんだ。当然だよ。みんなで全力を出し切ろう」
俺たちは頷き合った。あとは午後を待つのみだ。
昼休みが終わり、全校生徒が体育館に集まる。
この学校は全校集会があまりないので、人数の多さに圧倒される。
教員も合わせれば、千人近くがこの場にいることになるのか……。
壇上に御影生徒会長が姿を見せると、ざわついていた空気がスッと静まり、間を置いて大きな拍手が広がった。
「これより生徒会長選挙の立会演説会を開催します」
鈴の音のような涼やかな声が体育館に響く。
「今回の生徒会長選挙には二名の立候補者が名乗りを上げてくれました。二年生の九条遥さんと、一年生の結城真桜さんです。では早速、演説を二年D組、九条遥さんからお願いします!」
場内は熱を帯びた拍手で満ちる。
壇上に上がる九条先輩。凛とした佇まいに、物怖じしない眼差しで場内を見渡す。
その姿は、すでに生徒会長のような風格を漂わせていた。
「みなさん、本日はお集まり戴きありがとうございます。二年D組の九条遥です。この度、生徒会長選挙に立候補させていただきました」
九条先輩の声は、澄んでいてよく通る。落ち着いた語り口が印象的で、聴く者の意識を自然と引き寄せる。
生徒会長としての資質――その片鱗を、もう感じさせていた。
演説の内容も簡潔でわかりやすい。
部活動の活性化を目指し、そのための施策についても論理的で筋が通っている。
きっと相当な準備を重ねてきたんだろう……そう思わせるだけの説得力があった。
「――以上となります。是非、清き一票をよろしくお願いします。ご清聴ありがとうございました」
体育館のあちこちで湧き上がった拍手が、波のように壇上へ押し寄せる。
九条先輩はやり遂げた充実感をにじませていた。
一瞬、俺と目が合い、そっと優しげな眼差しに変わる。きっと自意識過剰ではないと思う。胸が少し暖かくなるが、今、俺は真桜陣営だ。いかんいかん……。
「九条遥さん、ありがとうございました。続きまして、1年A組。結城真桜さん。よろしくお願いします」
ついに真桜の出番だ。手汗がとまらない……やけに喉がひりつく。
きっと俺は彼女以上に緊張しているに違いなかった。