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第143話 人は変われるのだろうか。

 月曜日の放課後、羽依と一緒に家路につく。

 あと数日で11月だ。日が暮れるのも随分と早くなってきた。

 空は茜色から暗い色に移り変わっていく。

 時刻は四時を過ぎた頃。


 美咲さんから連絡があって、お店に早めにきて欲しいとの事だった。

 なので、アパートには寄らずに直接キッチン雪代へ向かうことに。


「美咲さんの用ってなんだろうね?」


「う~ん、何も思い当たらない……。まあ行けば分かるよ」


 羽依も詳細は知らないようだ。


 表から見る限り、いつもと変わらない開店前のキッチン雪代。だが、店内に入り、すぐに用件は分かった。


 三人の坊主頭がこっちをちらっと見てすぐに目を伏せた。内、二人は顔にひどい怪我を負っている……。

 ああ、後藤だ……。


 入口で固まる俺たち……。


「――羽依、まさかこんなにボコボコにしたの?」


「そんなわけないじゃない! ――もしかしてお母さん?」


 美咲さんが奥から出てきて俺たちのもとに寄ってきた。美咲さんは首を横にふる。


「後藤さんがね、是非謝らせてくれって子どもたちを連れてきたんだよ。だからまあ気の済むように……ね」


 ひときわ体の大きい親父さん。

 どうみても素人じゃないよな……目つきからして只者じゃない。けど、どこか落ち着かず、なんだか怯えてるようにも見える。


「お嬢さん! 申し訳ねえ! うちのバカ息子が散々迷惑かけちまった! ほら、てめえら謝れ!」


「ちっ……悪かったよ……」


「そんな謝り方あるかこのボケ!」


 そう言って息子を殴る父親。――正直見るに耐えなかった。

 美咲さんは慌てて駆け寄り、後藤に濡れタオルを渡した。 


「後藤さん、もうその辺で勘弁してあげな。幸い羽依も怪我はしてないんだし、そっちの子は羽依に股間蹴られたんだろ? 大丈夫かい?」


 うわ……羽依、そこまでやったのか……。

 バツが悪そうにそっぽを向く羽依。


「はい……大丈夫です……どっちかって言えば親父さんにやられた方が痛えっす……」


 そう言ったのは、顔を腫らした体格の良い入れ墨男。察するに後藤の友人なんだろな。恨めしそうに親父さんと後藤を見つめる。


 鼻血を出しながら『すみませんでした』を連呼する後藤。


 何だこの修羅場は……。


 奥の広いテーブル席に並んで座っている三人の正面に、仕方無しにと腰掛ける俺と羽依。


 美咲さんは全員にコーヒーを淹れて普通のお客さんに出すように恭しく差し出した。

 そして落ち着いた仕草で俺の隣に座り3人を見据える。

 こころなしか、親父さんは大きい体をきゅっと縮こませていた。


「いいかい兄さんたち、自分の行いは自分に返ってくるんだ。それだけ痛い目見たんだからもう解っただろ。――今まで人に迷惑かけたんなら、その人たちにもしっかり謝ってくるんだよ」


 優しく諭すように語る美咲さんに、後藤は下を向き、つぶやくように返事をする。


「そんな……無理っすよ……今更」


「無理ねえ。――後藤さん、この子たちはそんなに大勢の人に迷惑かけてきたのかい?」


「全くもって面目ない……。きっちり迷惑かけた人には詫びを入れさせますわ。……かあちゃんに逃げられて、過保護になりすぎちまってた……。こいつの悪さがあまりに酷すぎて、そんなはずないって盲目になっちまってたんだ……俺も意地になってこいつを庇ってきたが、もう分かった。こいつはとんでもないクズだった。だから一から鍛え直すことにした。この街はもう離れて離島に行く。お嬢さん、何度も怖い思いさせて本当にすまなかった……」


「はあ? そんな話聞いてねえよ……」


 あんぐり口を空けている後藤。そんな彼を親父さんはキッと睨みつける。


「この期に及んでまだそんな口聞くか? 父ちゃんの故郷に行くんだよ。ちょうど漁の人手が足りないって言われてたんだ。友達も暇だろ。一緒に連れて行くからな」


「拒否権なさそうだな……でも、ここでは退屈してたから……いいっすよ……」


 体格の良い入れ墨の男がそうつぶやくと、後藤は驚いたように目を見開く。


「おまっ!……ちっ……わかったよ……どうせもうやる事なんてないしな……。ナンパだって結局成功しなかった。開き直って無理やり連れて行こうとしたら返り討ちにあうし……」


 こいつの話が本当なら、今回の拉致未遂は初犯――なのかもしれない。

 でも、学校内にはすでに被害者がいる。

 盗撮やセクハラで悩んでいた飯野さんのこともそうだ。

 怖い思いをさせられた羽依の表情は、隣で今も引きつっている。


 どうしてこうも後先考えずに、最悪な一手ばかり打つんだ。まったく理解できない……。


「――でもさ。親父がずっと部屋に籠もってたのって、一体なんだったんだよ……」


「……雪代さんに窘められて、ようやく気づいたんだよ。おめえがどれだけバカかってことと、それを見抜けなかった俺の盲目さにな。――恥の上塗りを止めるには……もう殴るしかねえだろ」


 親父さんは、悔しそうに頭を下げる。


「雪代さん、本当に……ありがとうございました。お嬢さん、すまなかった」


 ――志保さんから“モンペ”と聞いていたけど、俺の心配なんていらないくらいに、すでにケリはついていたらしい。


「別にいいさ、久々にでかい男とやりあったからすっきりしたし」


 そう言って優しく微笑む美咲さん。

 親父さんは、つるつるの頭をゆでダコのように真っ赤にして、うつむいたままだった。


 ――やっぱり……ボコボコにされたんだな、親父さん。

 どう見ても格闘技経験者で、恰幅だってかなりあるのに……。


 説得には“言葉”じゃなく“拳”が一番って判断したのか。

 ……いや、それ以前に、美咲さんが無傷ってどういうことなんだよ。

 実力の底が全く見えない。あの人、どこまで強いんだ……。


 最後に料理を振る舞うから食っていけとキッチンへ向かった美咲さん。


 俺と羽依、後藤親子に入れ墨男。残された5人のなんと気まずいことか……。


「藤崎、正直言えばお前には逆恨みしてた。雪代と付き合えるのは素直に羨ましいよな……」


 そんな事を言われてもなあ……。なんて返せば良いんだよ……。


「確かに可愛いしスタイルもめっちゃ良いしな! 後藤がワンチャン狙うのも分かる。でも、結構凶暴だよな!」


「え……その……はい……」


 なんだろう、入れ墨男は面白いこと言ってるつもりなのかな。羽依は顔を真っ赤にして下向いちゃってるし。


 いい加減我慢の限界がきた。


「そんなこと良いから、御影先輩や飯野さんのことも、忘れてねえよな。ちゃんと謝る気、あんのか?」


 こんなやつらと馴れ合うつもりなんて毛頭ない。口だけじゃなくて誠意を見せろと言いたかった。


 俺の顔を見て、羽依が心配そうに服を引っ張る。

 後藤と入れ墨男は黙って下を向く。

 親父さんは驚いたような顔を俺に向けてきた。


「兄さんもこいつに迷惑かけられたんだろうな、すまなかった。――なんつうか、すげえメンチだな……。若いのにどんだけ修羅場くぐってきたんだ……」


 へ? いや、そんな事ないはずだけど……。

 どうして俺は時々こういう“勘違い”をされるんだろうか。

 ――まあ、こいつらにだけは、甘い顔見せるつもりもないし……丁度いいか。


 そんな地獄のような時間も、厨房からの肉の焼ける甘くも香ばしい香りでいくらか空気が和んだ気がした。


「ほら、おまたせ! キッチン雪代の人気メニュー、ポークソテーだ。これ食えばきっと心を入れ替えて一生懸命働くようになるよ!」


 そんな馬鹿な……としか思えなかった。食い物一つで改心するなら世の中犯罪なんて起こり得ない。


 でも、美咲さんの笑顔は曇り一つない。間違いないって信じ切ってるような表情だ。


「う、うめえ……なんだこの肉……」


「これ、このソースまじやべえ。やべえよ……」


 美咲さんのポークソテーなんて、こいつらにはもったいなさ過ぎだ。

 感想もあまりにも貧困で聞くに耐えん。お前らさっさと離島に行っちまえ。

 

 親父さんに至っては申し訳無さそうにご飯を2回おかわりした。美咲さんが嬉しそうにしてたのが妙に印象的だった。


 後藤と入れ墨男は当たり前のように完食し、すっかり満足したようだ。


 なんか憑き物が取れたように澄んだ瞳をしている。

 ――え、浄化した? うそだろ?


「雪代のお母さん! この味、俺、絶対忘れないっす!」

「頑張って漁で稼げるようになったら、また食べに来てもいいですか!」


 その食いつくような感想に、美咲さんは笑顔で受け答えた。


「あはは、そうだね。迷惑かけた人たちにしっかり謝って、しっかり稼げるようになったら、今度は自分の金で食べにおいで」


 美咲さんの笑顔はこいつらには本当にもったいない。けど、キラキラした目で美咲さんを見つめてる二人。

 気づくと親父さんは涙を流して手を合わせてるし。

 やめろ、仏様かよ。


「……迷惑かけた人たちには、ちゃんと謝ります。――雪代、本当に申し訳なかった。許してくれとは言わない。離島で真面目に働いて二度と顔を見せない。それは約束する」


 後藤の言葉に、羽依は返事をせずに頷くのみだった。きっとそれが正解のように思えた。


 三人は美咲さんに感謝を述べながら帰っていった。


「やっぱ美味しいものは人を素直にするんだねえ。――ん? どうした蒼真。なんか言いたそうだけど」


「いやあ……美咲さんにはかなわないなって……あいつら本当に改心しますかね……」


「あっはっは、――また何かしたらボコればいいだろ?」


「……そっすね」


 良い話が台無しだよ、美咲さん――。


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