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第141話 覚醒

 10月最後の週の月曜日。

 今週末に生徒会長選挙の投票がある。そして、11月には新しい生徒会長の発表だ。

 出来るだけ真桜の手伝いを頑張らないとな。


 ……その前に、羽依と仲直りをしないと。

 あれから何の連絡もなかった。寝る前のLINEすらも……。


 昨日の羽依とのやりとりを頭の中で何度も反芻した。彼女はなぜあんなにも怒り悲しんだのか、その理由ははっきりとは分からない。


 思い当たるとすれば、もしかしたら“褒められたかった”……のか?

 そんな馬鹿なと思いつつも、他に理由が浮かばない。認められたい欲求は彼女にもあったのかもしれない……。


 だとすれば、俺の非もいくらか感じる事はできる。


 でも……謝る……もんか。

 あんな言い方されたんだし、今更素直になんてなれるはずがない……。

 羽依だって、きっとそうに違いない……。


 大切な人と喧嘩なんてしたことがなかったから仲直りの方法が分からない。対人スキルの低さを痛感するな……。


 ――さて、いつもならそろそろ表にいる時間だ。会ったらなんて言おうか。いや、そもそも先に学校行ってたりして。

 表に羽依が居なかったらどうしよう……。


 玄関を出ると、アパートの前にいつものように羽依がぽつんと立っていた。

 その表情はとても暗く沈んでいて、いかにも泣き腫らしたような目元をしていた。

 その顔を見た瞬間、さっきの“謝らない”なんて誓いは吹っ飛んだ。


「羽依、昨日はごめん! 羽依の気持ちを何も考えてなかった! 許して!」


 慌てて駆け出し思いつくまま謝罪する俺の言葉に、羽依は目を見開いた。と、同時に、大粒の涙をぼろぼろとこぼす。


「うっ……うわああああ……そうまああー! ごめんなさいー! ああああー……」


 大声で泣き出した羽依を大慌てでアパートに連れてくる。さすがに早朝から女性の泣き声は通報案件だ。

 

 きゅっと抱きしめて落ち着くように肩をトントンとする俺に、羽依は無理に言葉を紡ごうとする。


「ごめん蒼真……私調子に乗ってたの……一人で解決できたから……でも、よく考えたら……蒼真いなかったら、私……うわあああ……」


 子どもみたいにわんわん泣く羽依に、俺も我慢できなかった。


「俺の方こそごめん! もっと違う言い方あったはずだった! 羽依の事、弱いって決めつけてた! 守ることが当然って。でも、羽依のプライドのこと何も考えてなかった……ごめん!」


 気づけば俺も涙が止まらなかった。


 少し落ち着いたところで、優しく口付けを交わした。涙やら鼻水やらでお互いぐちゃぐちゃな顔だった。

 それすらもなんだか嬉しかった。お互いの気持ちがちゃんと届いたって、わかるから。


 ――真桜に二人遅れるとLINEで送っておいた。

 遅刻はまだ回避出来そうだが、朝の勉強会には間に合いそうになかった。


 湯を沸かし、蒸しタオルを作り、涙で腫れた顔にあてがい整える。

 傍目から見たら俺たちの姿はきっとシュールだろう。


 俺の制服をそっと引っ張る羽依。そっちを見ると、赤く染まった頬と潤んだ目が真っ直ぐ俺を捉える。


「ねえ蒼真……二人で遅刻して……仲直りのエッチしようか」


 ためらいがちに、真剣な顔でそんなこと言ってくる羽依。


 そんないけない事を言ってくるなんて……。


  ――ほっぺをむにーっと引っ張らずにはいられなかった。


「いだいいだい……なんでえ……本気だったのにい……」


「だったら尚更駄目! みんなが勉強してる間にそんな事していいと思ってるの?」


「だってえ、仲直りエッチはみんなしてるって話だよ~?」


「……またTL漫画情報?」


 羽依はぶすっとしながら首肯する。

 ……美咲さん、羽依のスマホは没収したほうが良いんじゃないかな。


 いつもより遅れた出発となった通学の道中。

 少しの照れがあったけど、繋ぐ手の温もりに安堵を覚える。


「蒼真はわりと冷たいよね~。追ってきてくれるかなって外で少し待ってたのに」


 クリティカルに俺の心を抉りにかかる羽依。

 実はまだ怒ってるのかな……。

 でも、そう言ってる表情は悪戯に微笑んでる。


「ごめん。ああいうの初めてだったからさ……どうして良いか分からなかったっていうか……」


「私もね、なんであんなにムキになっちゃったかよくわかんない。一昨日のことで変なテンション引きずってたのかも……」


「そう、後藤の事だよね。――まさかまた手を出してくるなんて……びっくりしたよ……」


「その話をお母さんにしたらさ、すぐにスマホ取り出して後藤のお父さんに電話してたの」


「美咲さん行動早いな! ――確か、知らない内に後藤の親父さんが殴り込んできて、返り討ちにしてたとかなんとか――で、なんて言ってたの?」


「それがね、何かすっごい普通に話してたの」


 コホンと咳払いし、スイッチが入る羽依。


『後藤さん、雪代です。先日はお世話になりました。いえいえ。それでですね、今日、うちの娘が渋谷に遊びに行ったんですけど、お宅の御子息にまた……ええ、そうなんです。うちとしてもああいった事が何度もあると……ええ、はい。そうですね。ではよろしくお願いします。はい、失礼します』


 羽依が美咲さんの声真似で再現する。あまりに似すぎて思わず吹いたけど、内容にビビった。


 なんか、普通だ……。とても一戦交えたようには思えない。


「後藤の話と何か様子が違うね。やっぱり何かの間違いだったんじゃないのかな?」


「うん……。私もそう思うんだ。だってそんな話知らなかったし」


 なんかしっくりこない話だったけど、そんな会話をしているうちに学校に着いた。


 教室に入ると真桜が俺たちに駆け寄ってきた。その表情は俺たちの事をとても心配していたのが分かる。


「おはよう、って……すごい顔してるわね……二人とも」


「おはよう~。――まだ腫れぼったいかな?」


「ええ、二人とも泣きわめきましたって顔してるわよ。……仲直りしたのなら良かったけど、あまり心配かけさせないでよね」


 呆れ顔の真桜に俺たちはペコペコせざるを得なかった。


 席につくと前の席の隼が振り返り、俺と羽依を見比べて、にやーっと顔を歪める。


「あれー! 蒼真に羽依ちゃん、二人すげえ顔してんな! なになに? 喧嘩したの? あっはっは! いいぞもっとやれ!」


 ……隼うっざ。


「隼くん、今言ったこと全部燕さんに報告するからね。一昨日会った時に言われたんだから『隼が何かしたらすぐ言ってね』って」


 冷たく放つ羽依の言葉に、隼の浅黒い顔が見るからに血の気が引くのが分かる。


「な、なーんちゃって! あはは……ごめんなさい……」


 隼の見事な尻尾の巻きっぷりに、なぜか俺まで赤面してしまう。……これが共感性羞恥ってやつか。


 ――SHR前に俺にこっそり耳打ちしてくる隼。


「な、なあ、蒼真。羽依ちゃん、ちょっと雰囲気変わった? もっと何ていうか小動物っぽさがあったと思ったけど……」


 隼の察しの良さには驚いた。野生の勘が相変わらずよく働くようだ。


「ん~……色々あったんだよ。羽依は“覚醒”したんだろうな」


「うへえ……蒼真、ご愁傷さま。今まで以上に尻に敷かれるな」


 ふん、今まで尻に敷かれなかった事なんてないからな。別に何も変わらん。



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