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第136話 抗えない夜

 美咲さんと晩酌を終え、キッチンで後片付けをする。

 その間に寝支度を済ませた美咲さんは良い感じに酔っていて、とても気分が良さそうに俺の方にやってきた。


「片付けありがとね。蒼真と飲んでるとつい飲みすぎちゃうねえ」


 美咲さんはニコニコしながら俺の腕にしがみつく。その距離感の近さにはさすがにドキッとするなあ……。

 

 そっと離れてから腕に触れる美咲さん。その感触にくすぐったさを感じるけど、嫌な感じが全然ないのはきっと俺が美咲さんに心を許しきっているからだろうな。


「初めて会った頃よりも随分と逞しくなったね。なんかもう、お父ちゃんに似てるって感じがなくなっちゃったねえ」


「え……そうですか……似てるって言われるの、何となく嬉しかったから。ちょっと残念ですね……」


 美咲さんは一瞬目を見開いた。すぐに優しく微笑んだけれど、どこか寂しそうだった。


 俺の腰に手を回し、ぎゅっと包容する美咲さん。抱きしめてくれる事は多いけど、こころなしか、想いが強く感じる。


「蒼真、ちょっとだけぎゅって抱きしめてね……」


 言われた通りに、美咲さんをぎゅっと抱きしめる。

 柔らかくて温かい。こんなに華奢に感じるのに誰よりも強いんだよな……。でも、今の美咲さんはどことなく儚げだ。


「お父ちゃんと重ねられても迷惑だったよね……。当たり前だけど、蒼真は蒼真だ。羽依もきっと蒼真と父親の区別はついたんだろうね……」


「だったら良かったのかも。羽依はお父さん大好きっていつも言ってたから。同一視されてたら……そのうちギャップで嫌われたかも」


 美咲さんはプッと吹き出して笑う。


「お父ちゃんより蒼真のが全然魅力的だよ! 自信持ちな! ――お父ちゃんはとっても優しかった。でも、それは蒼真も負けてないし、むしろ守れる強さを合わせ持っている。あんたはいい男になってきてるよ!」


 そう言って俺の頬にキスしてきた美咲さん。

 その感触に俺はもう腰が砕けそうだった……。


「おやすみなさい、美咲さん。明日の朝は軽めにしておきましょうね」


「ああ、多分二日酔いだねえ……よろしく頼んだよ。 おやすみ」


 美咲さんと分かれ、自分の部屋に戻ってきた。

 ベッドには羽依がすうすうと寝息を立てていた。

 ――何となく居るかなって気はしてた。


 布団に入ると羽依の温もりを感じる。


 ずっと待ってたのかなって思うと罪悪感を感じるけど、可愛らしい寝顔をじっくり見られるのは嬉しい。


 それにしても俺の彼女は可愛いな。

 顔のパーツひとつひとつの完成度がとても高い。

 よくアイドル見たいな容姿って言われてるけど、こんな可愛いアイドル見たことないから正直ピンとこない。


 例えるなら何だろうか。ハリウッドスター? いや、違うな。そんなにバタ臭くない。


 モデル、女優、……他に綺麗な女性を表す表現はないのだろうか。

 

 ――天使。

 そうだ、天使だ。

 俺にとってファンタジーを感じさせる現実の存在なんだよな。


 そんな彼女と、ついこの前結ばれたんだ――。


 今、改めて思い返しても現実味がなかった。

 ならばもう一度……。


 羽依の体にそっと触れようとするけど、やはりいけない事のように感じてしまう。寝込みを襲うには俺の胆力ではまだ無理なようだった。


 そっと抱きしめるように肩に手を乗せた。――このぐらいなら許されるかな。


 おやすみ羽依……。



「……っ……」


「ん……蒼真、だめ、だめだよ蒼真。ああ、だめー!」


 ……!


 耳元で大声を出され、はっと目が覚める。

 常夜灯に照らされたのは涙目の羽依。

 寝ぼけながらも察したのは、いつもの寝相の悪さ。


 現状を確認すると――なるほど……これは駄目だ。

 羽依のパジャマは上下ともはだけきって衣服としての役割を放棄していた。

 俺のパジャマも……。


  いや、俺すごくない? 寝相でここまでできるって……やっぱ一度経験したからかな……。


 目の覚めた俺に羽依はジトッとした抗議の目を向けてくる。


「ばかあ……寝込み襲うなんて酷いよぉ~……」


「ご、ごめん。襲わないようにと思って寝たはずなんだけど、――無意識の俺って……器用だね……」


「……責任取って」


「え……責任って、どうしましょうか……」


 羽依がベッドの引き出しをごそごそして、取り出したのは……やっぱり薄いアレ。


「蒼真が悪いんだからね。人のこと散々弄んで……責任取ってね」


 口では文句を言いながらも、目はとろんとして、表情はすっかり溶け切っていた。

 一体俺は何をどこまでしてたんだ……。

 しかし、責任を取ることには全く異論はなかった。

 それだけ頭の中は羽依でいっぱいだった。



 こうして、なし崩しに愛し合う夜を過ごしたのだった。

 ――ほんの数時間前までは、2回目はまだするつもりないって言ってたのにだ……舌の根の乾かぬうちにとは正にこの事か。


 時計を見ると5時だった。いつもならそろそろ起きる時間だな……。


「羽依、大丈夫? その、もう……痛くない?」


「まだ、ちょっと……痛いかも……でも、一生懸命の蒼真がすごく愛おしいの。幸せだなあ」


 そう言って深い口付けを交わす。二人の関係がますます深まったのを感じる。


 触れ合う素肌の温もりが、ゆったりとまどろみを誘ってくる。

 羽依はいつの間にか、くうくうと寝息を立てていた。その無防備な寝顔に、胸の奥からじんわりと幸せが込み上げてくる。


 今はもう少し、このまま抱き合って寝ていたいな――。

 

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