第135話 秋の夜長の晩酌はエンドレス
週末の夜、時刻は0時を回っていた。
美咲さんとの晩酌に付き合いつつも、正直眠くなってきたところだった。
今週もずっと忙しかったからな。中間テストの結果発表から真桜の生徒会長立候補、そしてそのお手伝いと。
学校生活の順調さと充実感を感じるなあ。
「蒼真は毎日楽しそうだよねえ。ろくに遊びに行ってるわけでもないのにさ」
美咲さんは大好きなハイボールを飲みながらご機嫌な様子だ。
他愛もない会話を続けつつ、だらだらと飲むのが楽しいんだろうな。俺もそんな美咲さんを見てるのはとても楽しい。
でも、目の毒なのは相変わらずだ。美咲さんは赤いシルクのような光沢のあるパジャマ姿だけど、嫌でも目につくのはノーブラの証。全然嫌じゃないけど。
この家の人たちって、やっぱり下着はおろそかなんだよな。大きい胸の人はちゃんと支えないと形が崩れるってどこかで聞いた気がする。……知らないけど。
そんな俺の視線に気付き、ニヤニヤする美咲さんは少し質が悪いと思う。
「なんか蒼真が女を見る目が変わった気がするねえ。ひょっとして羽依ともうヤッた?」
「ブッッ!! な、なんですかいきなり!」
飲みかけのジュースを吹きそうになる俺をツマミに、美咲さんはけらけらと笑いながらぐいっとハイボールを飲み干した。
そして更におかわりを作るけど、見るからにいつもより濃い目のハイボールが出来上がっていた。
「蒼真の童貞卒業に乾杯~!」
「ちょっと! 決めつけないでくださいよ!」
反論する俺に美咲さんは俺の首に手を回しぐいっと寄せてくる。
お酒の匂いにこっちまで酔いそうだけど、美咲さんの香りと柔らかな感触は抗いがたかった。
「今更ごまかすなって。――ちゃんと使ったんだろうね」
「あ……はい……」
その真剣な眼差しに俺は観念した。
美咲さんは笑いながら俺の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。
「蒼真が初めてなら羽依も幸せだ。やっぱり女は好きな男に抱かれてこそ幸せになれるんだ。それもちゃんと自分のことを愛してくれないとね」
「それだけは間違いないです。でも……正直言えば、もっと“ここぞ”ってところでとは思ってたんです……」
「へえ……ちなみに蒼真の言う“ここぞ”はどんなタイミングだと思ったんだ? 誕生日とか、クリスマスとか、そんなとこだろ」
大分酔ってきた雰囲気の美咲さん。その眼差しは少しとろっとした感じで、なんとも艶めかしかった。
俺をからかう様子も、いつもよりややしっとりしている。
「そうです……やっぱ女の子はそういうタイミングのほうが嬉しかったかなって」
「そうだねえ、そんなロマンチックな雰囲気で抱かれたことないからわかんないけどさ!」
あっはっはと声を上げて笑う美咲さん。ロマンティックとは縁が無さそうなのは確かだろう。
「でもさ、その狙った日に生理が来たりとか、立たなかったとか、イレギュラーが起きたら凹むだろ? 流れにまかせるのが一番なんだよ。だから上手く出来たのならそれが正解だ」
「美咲さん、あけすけすぎてびっくりですよ! ――でも、確かにそうかもですね……如何にもってタイミングだと、お互い意識しまくるだろうなあ……」
「そういう事だよ。羽依は私から見ても相当可愛い娘だ。不本意な形で初めてを失わずに済んだ。それが何より嬉しいんだよ」
ちょっとだけ真剣な表情を見せた美咲さん。この親子の今まで受けてきた悪意がそんな悲しい事を想定させるんだろうか。
「羽依は俺が守ります。この先もずっと」
俺のその一言に、美咲さんはとても嬉しそうに頷いた。
それもつかの間、何やら妙に堪えるような表情に変わる。
「頼んだよ、婿殿。――でも、もっとメンタルも強くならないとな!」
――察しの良い俺はすぐに分かった。美咲さんが必死になって笑いを堪えているのがとても憎らしい。
ああ。これはあれだ。またいつもの“筒抜け”だ。
「……美咲さん、羽依からどこまで聞いてるんですか」
「ん~、ブラが固いって文句言われたとか?」
「だああああ! ほぼ全部聞いてるんじゃないすか!」
美咲さんは大爆笑。
俺は穴があったら入りたかった。
今までのやり取りは一体何だったんだ……。
まあ、羽依らしいよな。なんでも言える親子って羨ましいとも思う。だとしたら、九条家の話も……。
「――じゃあ、浅見さんの話も聞いてますか」
ちょっとだけ目つきが鋭くなる美咲さん。浅見さんと仲があまり良くないって話だったけど、まだ引きずる要素でもあるのだろうか。
「ああ、九条コーポレーションのお嬢様のお世話係って話を浅見のやつが持ってきたらしいね。確か一年間だったか」
「はい……その事について、羽依は何か言ってました?」
羽依がどんな風に話していたのかが知りたかった。
やっぱり傷ついてるんだろうか……。
「ここ最近はニヤニヤしては落ち込んだり、忙しかったねえ」
「ニヤニヤもしてたんですか……わかんないですね……」
飲みかけのハイボールを吹き出しそうになる美咲さん。
「え? ほんとに分からないのか? 蒼真とヤッたの思い出してニヤニヤしてたんだろ」
「だから美咲さん! あけすけすぎるって!」
やばい、話が先に進まない。美咲さんも大分酔って、なに言っても楽しそうだし。なんか俺まで酔っ払ってきたような気分になってしまう……。
「蒼真、色々悩ましいだろうけどね。後悔しない選択をするんだよ。別に九条さんのところに住み込みで働いたって、たったの1年だ。蒼真の部屋だってそのままにしておくしね」
途端に真面目に語る美咲さん。温度差が激しすぎるのは酔いのせいなんだろうか。
「……ありがとうございます。まだ決められないですけど、みんなが納得できるようにはしたいです」
いくらか神妙な面持ちになる美咲さん。ハイボールをくいっと飲み干す。
「ただねえ、引っかかるのは蒼真のお母さんだね。あまり触れたくないだろうけどさ」
「いや、うちの母親の事は……俺もどう思って良いのかわかんないんです……」
「自分で馬鹿やってるって認識してるんならまだ良いんだよ。でも、こんな話を言うと蒼真が混乱するかもしれないけど、どうしても思ってしまうのがさ、――蒼真のお母さんが不本意だったらってね」
美咲さんの一言に思わず息を呑む。
「それって……一体どういう意味ですか……」
「相手が反社って話だからね……悪い方に考えてしまうんだよ。無理やりだったらとかね……」
つまり、うちの母親が反社の男に囲われているのは、何かしらの弱みを握られていたりすることと、美咲さんはそう言いたいのだろうか。
そんな事ありえるんだろうか……。でも、だとすると色々と最悪の方向に……辻褄があってしまうんじゃないだろうか……。
「蒼真、一度お母さんに会いに行ってみようか。私も一緒に行くよ。せっかくだから、ご挨拶もしないとねえ」
そう言って楽しそうに笑う美咲さん。でも、それってリスク跳ね上がるんじゃないのかな……。
ただ、このまま何も知らないよりも、二人に会ってはっきりさせないといけないのかも。
父さんと母さんか……。一体、二人はどんな夫婦だったんだろうか……。
面白いとおもっていただけたら、ブックマークをしてもらえると励みになります!