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第130話 世界一幸せな夜

 浅見さん帰宅後、呆然としつつも羽依にLINEをする。

 彼女はずっと待っていたようで、すぐ既読がついて返事が来た。

 それからものの数分でアパートまでやってきた。


 今日の浅見さんとのやり取りを、できるだけ詳細に説明する。

 下手なごまかしや嘘は羽依には通用しないだろう。

 それに情報を共有すれば、今後の方針も一緒に考えられると思った。


 羽依は黙って俺の話に聞き入っていた。DNA鑑定の話では涙ぐみ、奉公のくだりでは頭にはてなマークを付けているような表情をしてみたりと、ほとんど俺と同じようなリアクションをしていた。

 羽依は聞き終えた後、浅見さんの置いていった資料をつぶさに眺めていた。


「なんか思った以上に込み入った話だったね……」


「うん……景気が悪いから支援厳しくなるよって話だと思ってたんだけど、よくよく考えたらそんなこと、父さんから言えばいいだけの話だものね」


「まあそうだね。結局は住み込みバイトの斡旋? リクルーターみたいだったね。弁護士さんってそんな仕事するんだって思っちゃった」


 その意見には賛成だった。九条家と父さんの代理って話だったけど、まあきっと九条家に良い感じに使われちゃってるのかな。サラリーマン弁護士は大変なんだな、とは思った。


「でも、この待遇はすごいね……月収50万で期間は1年間。支度金50万で終了報酬で追加100万。講習受けるだけで10万のお小遣いだって!」


「ちょっ! まじで? 俺そこまで見てないんだけど!」


 呆然としていたので資料をよく読んでいなかった。

 浅見さんの言う通り、確かに高待遇だ。いや、常識から外れすぎている……。


「私は蒼真の意思を尊重する。すぐにでも一緒に住みたいし、そのほうが蒼真のお父さんのためにもなりそうだから。でも、お母さんの話は蒼真が気にしちゃうよね……」


 俺が気にする事をよく分かってくれてる。さすがだなと思いつつも――少々違和感を感じる。聞き分けが良すぎる……?


「うん……でもちょっと驚いた。羽依は思ってたより……冷静だね」


 俺の言葉に羽依は薄く笑う。なんだろう、彼女の考えてることがちょっと分かりにくい……。


「私が泣きわめいたり、暴れたりすると思った?」


「いや、そこまではどうだろう……多少動揺はすると思ったけど……」


「今は気が張ってるから強気なことも言えると思う。家に帰ったら泣いて暴れると思うの。でも、今はそんな事しない。一番傷ついているのが蒼真なんだから。――今、自分がどんな顔してるか分かってなさそうだよね」


 徐ろに立ち上がり、部屋のカーテンを閉める。

 部屋の電気を消して暗くする。


 そして俺の手を取りベッドへ誘う。


 今日羽依が着てきたのはチェックのネルシャツにTシャツ姿だ。

 それらを脱ぎ捨て、可愛らしい下着姿の上半身を、俺の前にさらした。

 そっと俺の頭を抱えて、羽依の大きな胸に押し当てる。

 柔らか感触に甘い香り。一瞬ドキッとしつつも、心の底から安らぎを感じる気がした。


「どう、蒼真。女の武器はこういう時に使うんだって言ってたよ」


「誰が言ってたんだよ……」


「お母さんだよ。っていうか、喋るとくすぐったいね。で、どう?安らぐ?」


「ブラがちょっと固くて痛いかも……」


「蒼真は我儘だなあ」


 そう言ってくすくすと笑う羽依。

 今度はもぞもぞと後ろに手を回し、ゆっくりとブラを外す。たわわな果実がふわっとこぼれ落ちた。そして俺の頭を再度埋めると、羽依は小さく吐息を漏らした。


「どう? ――安らぐ?」


「うん……。ここに住みたい……」


 またも、くすくす笑う羽依。


 この感触は心地よくも、色々なことを思い出させる。


 うちの家族のことも。


 きっと赤ん坊の頃は母さんにこうやって胸に抱かれていた時もあったんだろうな。

 その隣では自分の子と信じて疑わないであろう父さんも……。


「うっ……。うぁぁ……」


「――我慢しすぎだよ、蒼真。私の前ではもっと素直になっても良いんだよ」


 駄目だ……自分の心の弱さ、限界を感じた……。


「ああああ……うああああ……! おかしいだろ! なんで、そんなっ! 酷すぎるよ母さん……。父さん、辛すぎだろっ……うぅ……」


 ここに来て一気に堰を切ったように感情が爆発した。一度溢れ出すともう止まらなかった……。


 呼吸するのが辛いほどの嗚咽、涙ってこんなに出るんだってふと思った。高校生にもなってそんなに泣き喚くなんて恥ずかしくてみっともないって、きっと後から思うんだろうな……。


 でも、どこか冷静な自分が、自分の家族に対してまだそんな未練や憧れを抱いている事に呆れていた。俺はまだ何かを期待してたのか……。


 そんな俺をずっと優しく包み込む羽依。

 この話で彼女も傷ついているんだろうに……。



 ――少しの間だったけど寝てしまったようだった。

 夢を見た。

 小さい頃、家族で大きな公園に行ったんだ。芝の上でお弁当を広げてた。みんなで出かけた数少ない思い出……。

 残酷な夢だなとも思ったけど、心は妙に暖かかった。


「おはよう蒼真……」


 涙や鼻水でぐしょぐしょになっていた俺の顔も綺麗に拭いてくれてあった。

 羽依はずっと抱えてくれていたようだ。腕もしびれてるんじゃないかな……。


「羽依、ごめん。ありがとう。――なんかスッキリした気がするよ」


 常夜灯に照らされる羽依の顔。そこにも涙の筋ができていた。俺は指先でそっと涙のあとを拭ってみる。くすぐったそうに笑う彼女の笑顔が、とても愛おしかった。


 少し冷静になってきて今更気づく。

 布を纏わぬ羽依の上半身はとても綺麗だった。


 そっと触れてみると柔らかくも貼りがある。吐息を漏らす羽依があまりに可愛い。

 しばらくの間、その感触をじっくり楽しんでいた。

 今、この瞬間だけは辛いことを考えずにいられる。そんな風にも思えた。

 羽依の吐息が次第に熱を帯びてきた。潤んだ瞳で俺を見つめる。

 不意に羽依がごそごそと、ベッドの引き出しに手を伸ばす。


「――蒼真。使ってみる? これ」


 取り出したのは美咲さんから貰った“薄いお守り”だ。

 羽依はこの上ないぐらいに顔を赤くしているのが薄暗い部屋でもよく分かった。

 俺も彼女を求める欲求は、限界をとっくに過ぎていた。


「羽依、愛してる。ずっと大事にするよ……」


「うん、愛してる蒼真。――優しくしてね?」



 拙くも一生懸命だった、ふたりの初めての夜。

 すべてが終わった今、俺たちは幸福感に包まれて抱き合っていた。

 身体の繋がりが、こんなにも心を満たしてくれるなんて――そんな感覚、想像もしていなかった。

 愛し合うって、すごいことなんだな……。

 なんだか、もう何もかも許せる気がする。


 ――いろんなことがあった一日だったけど、最後には世界一の幸せを手にした気がした。







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