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第129話 選択肢は多くない

 すっかり満腹なようで、浅見さんは幸せそうに微笑んでいた。


 せっかくなので美咲さんのエピソードをいくつか聞いたけど、どれも過激すぎた。


 「――武器持った男5人がかりでも彼女にかすり傷一つ負わせられないんだもの。異常よね……」


「はあ……すごいすね……」


 ――怖いけど、何となく胸が躍る美咲さんの武勇伝。ヤンキー漫画に似た高揚感があるな。


 お腹もこなれたところで、今後の話を再開する。


「第三の選択肢の話をしようか。昼間働きながら高校卒業資格を取るために、通信制や定時制に転籍する方法があるの。食と住を確保しながら、少しずつでも自分の将来に必要なスキルを身につけていくのね。いわゆる“手に職”をつける方向で、実際に家庭の事情で進学が難しい子たちの多くが選ぶ道でもあるわ」


「なんか一気に現実味が増しましたね……その方がしっくりきます」


「そうねえ。案外君みたいに料理が得意なら、思い切ってその道を選ぶのも悪くはないと思う。でも、せっかく学業が順調なら勿体ないって思ってしまうわね……。君みたいにいくつもの事を頑張れる子ってあまりいないのよね」


 なんだか浅見さんの俺への評価の高さにはくすぐったくもあるけど、真に受けても良いものなのかな。


 今のところ3つの選択肢を提示してくれたけど、俺の中ではもうキッチン雪代に住み込みでバイトというのが決まっている。


 後はいつまで今の生活を維持できるか。父さんの懐事情が厳しいのなら早めに引っ越すのもありなのかもしれない。


「ちなみに俺は今の生活をいつまで維持できるんでしょうか?」


「ああごめん、その話が先だったね。まず、このアパートは来年3月までは家賃を収めてあるわね。住む場所に関しては問題ないわ。生活費の方も、仕送りはまだ継続されてるようね。お父様の経済事情では厳しいと思うけど、そこは甘えておきなさい。子どもは大人に甘える権利を持っているの」


 優しくも嗜めるような口調の浅見さん。俺に無理をするなって言いたいんだろうな。


「もちろん君がこの部屋を更新して住み続けるのもありだわ。――何か知らないけど、いい部屋なのに、やたらと安いものね」


「ああ、事故物件なんですよ、この部屋。だから格安で」


 途端にビクッとして周囲をキョロキョロする浅見さん。


「ええ……大丈夫……? 私そういうの苦手なの……」


「そうですか。お祓いもしてありますし俺は気にしません。別になにもおきないですよ」


 弁護士なんてリアリストなイメージだけど、まあ苦手なものは仕方ないよな。そういう人がいるから格安になるわけだし。


「そう、なら良いけど……話が逸れたわね。ようはお金さえあれば生活は維持できるのは当たり前の話ね。無理なら住み込みの職を探すのが妥当ね」


「……一応、父が仕送り困難になった時の事を考えてはあったんです」


 浅見さんに学業支援の話とキッチン雪代に住み込みのバイトの話をした。浅見さんは妙に納得したように、しきりに頷いていた。


「――そっか、それはとても良い案ね。美咲なら信頼もできるだろうし、生活スタイルもそこまで変わらないのね。恋人とも一緒に住めて……最高の条件ね」


「はい、九条家の申し出もありがたいところですけど」


 俺がそう言うと、ここにきて今日一番の真剣な表情を見せる浅見さん。なにか俺のプランに落とし穴があったんだろうか……。


「九条家のもう一つのメリットの話もしないとね……大きな後ろ盾を得るのが最大のメリットよ」


「えっと……それって俺に必要なんですか? あまり関係なさそうだけど……」


 じっと俺の言葉に耳を傾ける浅見さん。真剣な表情は崩さずに話を再開する。


「――君を脅すわけではないんだけど、不安因子が貴方のお母様の内縁の夫……反社組織に所属する彼がどう動くかね……」


 ――全身にひやりとした感覚が走った。心臓がキュッと縮む。


「それって……俺に何か手を出すとか……そんな事ありえるんですか?」


「利用できるものはなんでもするのが彼らのやり方だからね……。キッチン雪代、あのお店の不動産価値知ってる?」


 その瞬間、頭を殴られたような衝撃を感じた。冷や汗がとまらない。


「そんな! 俺のものでもないのに!」


「でも君が“そこに居る”だけで、十分な理由になり得るのよ。だからこそ、相手が迂闊に手を出すことができないような大きな組織に属するの。九条家はそういう方面に特に強いの」


 あまりにも無茶苦茶な話に言葉も出ない。本当にそんな事が有り得るのか?


 ほぼ完璧と思っていた案が音を立てて崩れていく……。


 羽依や美咲さんに迷惑なんてかけられるはずないじゃないか……。

 ただでさえ、あの二人はずっと怖い目にあってきたんだ。

 たとえ僅かな可能性だとしても、俺がその原因を作るなんてありえない――。


「――いくつかの選択肢があるなんて言ってごめんね。現実を見れば見るほど、選べる道は、思っているよりずっと少ないのよ……」


 申し訳なさそうに頭を垂れる浅見さん。

 別にこの人が悪いわけではないのに……。


「すみません。もっと考えなければいけない事は多そうですね。――選ぶのはもう少し先でも良いんでしょうか」


「そうね。来年の2月。このぐらいまでに答えを聞かせてもらえたら嬉しいな。九条家の話も給料とかの待遇面も最高クラスだから、よく考えたほうが良いわよ。資料はおいていくわね」


「そうですね……よく考えてから答えを出したいと思います。浅見さん、ありがとうございました」


「――また声をかけてもいいかな? 色々情報交換もしたいからね」


 そう言ってLINEを交換しておいた。

 帰り支度をすませ、玄関で靴を履く浅見さん。その仕草一つ一つが、しなやかで上品な所作だった。そして笑顔で俺の方に振り返る。


「蒼真くん、ごちそうさま! 君なら料理人としても成功しそうね。キッチン雪代に住み込みの話も、十分にアリな話よ。……職業柄、リスクとリターンを測らずにはいられないのよね。反社の話も憶測に過ぎないわけだし」


「――大人は起こり得ることを推察して判断するんですよね。なんとなくわかったような気がします」


 浅見さんは微笑んだけど、少しさみしそうにも見えた。


「ごめんね。色々悩ませてしまったかも知れないわ。でも、君と話せて良かった。たまには若い子と話すのも良いわね! いつもはむさっ苦しいおっさんばかりの相手だから」


 こんなに綺麗な浅見さん相手なら、おっさんたちもそりゃ興奮するかな。羽依もそうだけど……綺麗な人って、それはそれで大変なんだな。


「はは……そうなんですか。――俺なんかで良かったらいつでもお話相手になりますよ」


 俺の言葉にくすっと笑いつつも、眉を寄せる浅見さん。


「こら、俺なんかって言わないの。―― 優しいね君は。悩み事とかあったらいつでも相談にのるからね。私も拓真さんにはとてもお世話になってきたの。だから、私は貴方の味方。これだけは信じてね」


 そう言って別れ際に浅見さんは俺に手を差し出した。ちょっと照れるけど、握手を交わした。華奢で小さな手だった。

 最後まで優しい言葉で気遣ってくれた浅見さん。

 ――頼っても良い大人なのかもしれないな。

 


 それにしても一気に色々悩みが増えた……。

 母さんの様子を知るためにも一旦連絡を取るべきなんだろうか。それとも触らずにそっとしておくべきなんだろうか……。

 

 父さんとは一度会って話をするべきだろう。


 今まで流されるがままだった自分を悔やんでしまう。

 何も知らなすぎたなあ……。

 

 九条家の住み込みバイトか雪代家へ住み込みか。

 どうしたものか……。

 

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