第128話 奉公とは
スマホで“奉公”を検索してみる。
(奉公とは、主人の家に住み込んだりして主人に仕えること。他人に召し使われて勤めること。)
まあ、思ったとおりだよな……。
「九条家に奉公って……一体なにするんですか?」
弁護士の浅見さんから今後の選択肢の一つとして提案された、九条家への奉公。
端的に言えば胡散臭い話だった。
この人、確か九条家の弁護士なんだよな……。
「あはは! 君は素直だね。顔に出てるよ、話が急に胡散臭くなったって」
「え! いや、その、すみません。ほんとにそう思ったんで……」
「奉公って言葉が胡散臭かったね。私もちょっと選んだ言葉が悪かったかもしれない。――時代劇とか好きなのよね――でもまあ、そんな感じなのよ。私が何故貴方の事を色々知っているか、その答えになってしまうんだけど、九条家の資料によるものなの」
「ええ? 何か怖いですね……」
「まあそうよね……私もその意見には賛成だわ。自分の知らないところであれこれ調べられるのは怖いことだと思う。でも、その結果、君は九条家の審査に合格したみたいね」
「審査って、頼みもしてないのに?」
「だよねえ……。まあ話はこうよ。藤崎コーポレーションは残務処理が終わった後、正式に業務停止となる予定なの。その過程で生じる不利益や影響を九条家が精査して、その中で君の存在に注目が集まったのね。君の能力や人柄、生活態度を含めて総合的に評価した結果――将来性があり、支援する価値があると判断された。そういうことよ。」
「はあ……俺なんかがそんな評価をされるのはちょっと疑問ですけど」
浅見さんは真剣な眼差しでじっと俺を見つめる。
「成績優秀でしっかり体も鍛えてる。週に一度武術も学んでいるのよね。理想的な文武両道、おまけに真面目で料理上手。これ以上なにを頑張るのってぐらいね」
「あれ? えっと、そっか。俺、結構頑張ってるんですね……」
「正直ストイック過ぎると思うわ……調査結果を見てこんな高校生いるのねって驚いたわよ。九条家の目に留まるわけだわ。少子化の今、優秀な子を囲い込むのは戦略的にも頷ける話よ」
正直、こんな綺麗で優秀な人に手放しで褒められて、気分が悪くなるはずもなく。
「奉公っていうのは要は九条家の住み込みのバイトね。大きなお家で、お嬢様一人で住んでいるの。何でもできる子だから家政婦とか付けてないんだけど、セキュリティー面では心もとないわ。蒼真くん料理とかもできるようだし、身の回りのお世話をして欲しいの」
「ハウスキーパーみたいな感じですか。でも、そんなスキル無いですよ?」
「必要なスキルを身につけるために40時間の講習後に実務をしてもらう事になるわ。結構役立つ内容になってるわよ」
カリキュラムまで組まれてるのか。なんだかすごいな……。
でも、お嬢様のお世話って……。
「……九条家のお嬢様と二人で暮らせと? お嬢様ってもしかして……九条遥さん?」
「そうそう、面識あるのよね。遥さんも貴方なら頼もしそうって言ってたわ。それに貴方は彼女も居るんだし、真面目で悪い事もしなそうって判断されてるようね」
九条先輩と一緒に暮らす!? いやいや、無理だって!
「誤解しないでほしいの。私は確かに九条家に雇われてる弁護士だけど、この件に関しては貴方に無理強いはしないわ」
その表情は真剣そのもので、嘘を言っているようには見えなかった。まあ、俺にどれだけ人を見抜く力があるかは分からないけど……。
「すみません、その選択はちょっと難しいと思います……」
焦る俺の顔を見て、クスッと笑う浅見さん。
「疑ってかかるのは悪い事ではないわ。こういう事はすぐに決めないほうが良いと思うの。ただ、この話のメリットは他にもあるの。でも、とりあえず時間もまだあるし、他の方法も検討しましょう」
と、その瞬間、ぐぅ~とおなかの虫が聞こえた。恥ずかしそうに顔を赤らめる浅見さん。そのギャップが年上なのに、ちょっと可愛らしかった。
「あは、ごめんね! お昼どこか食べに行こうか。奢るわよ」
「それだったら俺が作りますよ。俺も腹減っちゃって。オムライスどうですか?」
「え、いいの? じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。料理上手というその腕前を見せてもらおうかな!」
さっき、胃が空っぽになったからか、空腹がやばい。
心はどうあれ、健康な身体は栄養を欲しがるな。
本当は羽依と一緒に食べようとデミグラスソースをお店から貰ってきたんだけど、別で食べることになったから消化に付き合ってもらおう。
冷凍ご飯を温めてチキンライスを作る。重い話が続いたので息抜きにはちょうどよかった。炒めた具材とライスにケチャップを投入。仕上げにデミグラスソースをかけるのでライスはやや薄味にする。コンソメで味を整えて完成だ。
続いて卵焼きを作る。オムレツ状に作ってから上でパカッと開くやつ。結構練習したんだよな。おかげでほぼ失敗はない。
温めたデミグラスソースをかけて完成だ。立ち上るソースの香りがたまらなく食欲をそそる。
「おまたせしました、キッチン雪代のデミグラスソースをかけたオムライスです」
「わあ、これもうお店じゃない!ほんとすごいわ…… どれどれお味は……」
スプーンで掬い、上品に口に運ぶ。直後に笑顔がこぼれる。よし、気に入ってくれたようだ。
「――すごい、美味しくて声が出なかった。デミグラスソースが深いよね。ポークソテーも美味しかったし、美咲頑張ってるんだなあ」
ソースの美味しさを褒めてくれるのが何より嬉しい。美咲さんの印象もとても良くなっているようで何よりだ。やっぱ料理って良いなあ。
食後のデザートにプリンをだした。もちろん羽依の分は残してある。
「なにこれー。めっちゃおいしー……」
語彙もなくなり、綺麗な顔が溶けきってる。大人の女性だからどうかなっておもったけど、気に入ってくれて良かった。
コーヒーを淹れて一息つく。とても満足そうな浅見さんに思わず顔がほころんでしまう。
「君の腕前は確かだね。これは付加価値としてすごいことだと思う」
「いえいえ、デミグラスソースがあったからですよ。美咲さんホントすごいんです。めっちゃ尊敬してます」
「そっかそっか、でも卵もすごく上手だったしね。君の料理上手はよく分かったわ。あと美咲の事も大好きなのね」
俺のことを慈しむように見つめる浅見さん。彼女の人となりを大分理解出来た気がする。信頼しても良さそうかな――。
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