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第125話 真桜は嘘がつけない

 土曜日の昼間。毎週恒例の稽古の為、真桜の家にやってきた。


 大体毎週、稽古前は真桜が昼食を作ってくれている。

 しかし、どうも彼女の様子がおかしい。

 お昼は肉そばを作ってくれたけど、やたらとのびていた。常に完璧な真桜にしてはとても珍しい事だ。


「ごめんなさい……失敗しちゃったわね……」


「ううん、大丈夫だよ。この方がお腹に優しいしね」


 ――昨日の晩は刺激が強かったからな。

 真桜とキスしたんだ。それも羽依の眼の前で。

 こうして事実を羅列すると、なんて許されざる行為なんだろう……。未だに背徳感で胃が軋むようだ……。

 でも、嬉しかった。

 流され気味だったけど、みんなが素直になれた気がした。その結果がああいう形だとすれば、必然だったんだろうな。


 なるようになる。なんて思ったんだ。


 実際そうなったようで、今朝は特にみんな意識することもなく、普通にいられたと思う。羽依と真桜の信頼関係にゆらぎは見えなかったと思う。

 羽依は全く何事もなかったように毎週恒例の美咲さんとの仕入れに向かった。


 しかし、真桜が心ここにあらずな状態だ。

 今朝、弁護士からの手紙の話をした時からかな。その前までは普通だったと思ったけど……。


「――真桜、何か考え事してる? 昨日のこと、やっぱり後悔してるとか」


「ううん、 それはない。違うの、そうじゃなくて……貴方のお父様と弁護士の方の話が、どうしても気になってしまって……」


 やっぱりそっちか。――真桜が気にすることなんてないのに。


 そっと真桜の頭の上に手を置く。びくっとしつつも、されるがままだった。そのまま髪を撫でると、なんとも気持ちよさそうに目を細める。彼女との距離が近くなったのを実感する。


「真桜はほんと優しいなっていつも思う。でも、俺と父親のことは真桜が心配することでもないよ。弁護士の話だって内容はなんとなく想像できるし」


「そう……確かに余計なお世話だし、私に何ができるわけでもないのも分かってる。でも、これだけは言っておくわ。私はずっと貴方の味方。辛いことがあったらすぐに言ってね」


 ――なんでこんなに優しいんだろう。まっすぐに見つめる真桜があまりに愛おしい。

 そっと真桜の体を抱きしめた。温もりと柔らかさが伝わってくる。

 くすっと真桜が笑う。


「いけないんだ、蒼真。――貴方、浮気よそれは」


 その瞬間、頭を棍棒で殴られたようなショックを感じた。


 ――俺が、浮気……?


「ちがっ! 俺はそんな、んぅっ」


 俺の言葉を遮るように真桜が口付けをしてきた。

 そのまま深く甘い感触が……。


 ゆっくりと口を離す真桜。上気したその表情がとても艶っぽかった。


「ごめんね蒼真。やっぱり私、貴方には意地悪になっちゃうみたい」


 きっと俺が一番動揺するであろう言葉を選ぶ辺り、真桜はやっぱり嗜虐心が強いんだなって感じる。ようするにドSだ。


「優しかったり意地悪だったり、真桜ってわかんないよな……」


 途端に真桜の目が妖しく光る。どうも悪い方にスイッチが入ってしまったようだ。ちょっと怖いので身構えてしまう……。

 

「私、少し前に、燕さんの家に泊まったでしょ」


 真桜がゆっくりと語りだした。うちで勉強会をやったあと、真桜と隼がカラオケに行った時の話だな。


「燕さんと隼、二人は私が居るにも関わらず、普通の恋人のように接していたの。姉弟でも二人には関係ないみたい」


「旅行の時もそうだったものね。あの二人は恋人同士のようだった」


 真桜はくすっと笑って俺の腕に手を乗せ、そっと撫でる。妖しい指使いに心臓が跳ねる。


「燕さんにね『3人で一緒にお風呂はいる?』って言われたわ。遠慮しておいたけど」


 俺の方をみてニヤニヤっとする真桜。


「そ、そっか、それはよかった……えっと、他になにかされたりしてない……よね?」


 俺の動揺に真桜はさらにニヤニヤしている。実にご満悦な感じだ。――ちょっと憎たらしくなってきた。


「一緒に寝た。って言ったらどうする?」


 俺たちと同じように燕さん、隼、そして真桜の3人でベッドに入る姿を想像する。途端に吐き気に近いような拒絶感が生まれる。


「3人で触れ合って、すべてを曝け出して……」


 そっと耳元でささやいてくる真桜。そして俺を覗き見てくる。その目は熱を帯びたように妖しくも悪戯っぽさをたたえてる。

 ああもう、たちが悪すぎる!


「人を試すのもいい加減にしろよ!」


 思わず語気が荒くなる。驚きつつもすぐに声を上げて笑う真桜。実に悪女だ。


「あはは! ごめんなさい、ちょっと意地悪すぎたわ。――本当に何もなかったし、ゲストルームで一人で寝たわよ。そもそも隼が嫌がってたし。彼は燕さん一筋なのよね」


「ったく……からかうのもほどほどにな……」


 そこまではからかいつつも楽しそうだった真桜。その顔が途端に真剣さを帯びてきた。

 その表情の変化は俺に緊張を促すには十分だった。


「初めは羽依からだった。うちに来た日の夜、撮影会の後、お風呂で羽依が私に囁いたの。『一緒に愛し合おう。それが私たちの正解だ』って。初めはそんなことできるはずがないっておもってた。でも、もしそうできたらって考えてしまったの……」


 伏し目がちに呟くように告白する真桜。罪悪感がないはずはなかったんだな……。


「燕さんにもね、『恋愛なんてもっと自由でいいんだよ。形は人それぞれ』って言われたの。そのなんでもない言葉が、心の深いところにスッと刺さったの。彼女には私の気持ちが見透かされてたみたいね……」


 なんとなく腑に落ちた。

 今まで禁忌と思っていた行為を羽依や燕さんが枷を外したようだった。


「蒼真、先に誤っておくわ。ごめんなさい……。私、ズルをしたの」


「ズルって……羽依にカマかけたこと?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をみせる真桜。彼女の言うズルは隼との外泊を結果から羽依に伝えたことだろう。ここしばらくは色々と不自然さもあった彼女の言動。気づかれないと思っていたのだとしたら迂闊だ。


「蒼真にはバレてたのね……。ええ、羽依の気持ちを知りたかった。でも、それは私の想像を超えてたの」


「ヤキモチだったのかな。とにかく怒ってたよね」


「うん……今まで色々あった羽依だから、余計なのかな……」


 短い間に何度も襲われそうになった羽依。その心はすっかり摩耗してしまったのか、以前にもまして人付き合いに排他的になってしまったようだった。表面上は普通に見えても心には確実な壁を築いているのを感じる。比較的仲の良い隼であってもだ。


「俺と真桜を誰かに取られたくないんだよね。ちょっと危なっかしく感じるぐらいに」


 視線をそらして俯く真桜。


「きっと私が他の誰かと付き合ってしまったら、羽依は深く傷ついて壊れてしまう……それだけは私は嫌なの……たった一人の親友を失いたくないの。それは羽依も同じだと思う」


「羽依は真桜のこと大好きだもんね。真桜に羽依を取られたって思ったぐらいだし」


 俺の言葉に真桜はくすっと笑う。結構本気で思ってたんだけどな。


「羽依の私への気持ち、私の蒼真への気持ち。そこに私たちの妥協点が見えた気がしたの」


「やっぱり俺の気持ちがお留守だよね、二人とも」


 そこまで伏し目がちだった真桜が上目遣いに俺を見る。その瞳は吸い込まれそうな魅力を放っている。可愛くてズルい表情だ。


「そこは私たちも反省してるの、これは本当よ。貴方の優しさに完全に甘えてるわね。それに信頼もしてる。蒼真なら私たち二人を愛してくれるって」


 ずるい言い回しだなとは思う。でも、彼女たちが求めている形と理由が今の話でしっかりと俺の中でも形になった。


「これからの3人の形はなんとなく見えた気がするよ。――それとは別に、真桜は俺に秘密にしてることはないかな? 俺の父親のこととか」


 はっきりとした確証がないので軽くカマかけてみた。案の定、真桜の視線が途端に泳ぎだした。俺に触れている手はわずかに震え始め、すっと手を引く。

 どうやら彼女の胆力は心理戦では発揮しないようだった。


「真桜。知ってることを教えてほしい」


 目をぎゅっと閉じ、口を真一文字にして天を仰ぐ真桜。やがて観念したようにため息を一つつき、俺に向き合った。――なぜか俺の中で勝利の喜びが湧き上がる。


「文化祭の初日、九条遥が私のところに来たの――」


 話の内容は、九条先輩の親の会社と俺の父親の会社の間で内容は分からないがトラブルが起きているようだった。

 その結果、父親の会社が傾いているらしい。その点を九条先輩は悩んでいるという話だった。


 意外な接点にも驚いたし、真桜の文化祭やその後の言動にも納得がいった。

 別に九条先輩本人の責任ではもちろんないし、真桜に至ってはとんだとばっちりだった。――九条先輩はトラブルメーカー気質だなと改めて感じた。


「一応、あの女には黙っていてって言われた話なの。だから――」


「わかってるよ、真桜。大丈夫。こんなこともあろうかと、親の支援なしで今の生活を続けられるよう準備中だからね」


「ええ、ホントすごいって思った! 美咲さんや佐々木先生も。蒼真は周りに恵まれたのね」


「本当にそうおもう。特に美咲さんには感謝してもしきれないよ」


 弁護士との話も、その絡みだと思えば大分気が楽になった。

 どのみち明日はっきりするんだから慌てても仕方ない。



 すっかり話し込んでしまった。そろそろ稽古の時間だ。

 道着を着て真桜と向かい合う。

 その表情はさっきまでの甘やかさは完全に消えて、凛々しい師範の表情だった。


「蒼真! いつまでも寝っ転がってるんじゃないわ! 早く立ちなさい!」


 起き上がっては倒され、また起き上がっては倒される。

 なんだこの拷問は。

 口と口が触れ合ったせいか、遠慮がさらになくなった気がする。

 あの優しかった真桜はどこに行ったんだろうか……。

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