第124話 大人との電話は緊張する
土曜の朝、シャワーを浴び終え、時刻は8時を過ぎたところだった。
――電話をしても大丈夫な時間だろうか。
震える手でスマホの画面をタップする。
手紙に書いてある番号を入力し、発信する。
『はい、浅見です』
凛とした声で電話に出たのは、大人な雰囲気の女性だ。少なくとも寝起きではなさそうだ。
「朝早くからすみません。藤崎蒼真と申します。えっと、手紙をもらったので電話しました……」
幾分緊張して声が上ずってしまったが、なんとか挨拶は出来たかな。知らない大人の人と電話するのは緊張するな……。
『蒼真くんですね。早速のお電話ありがとうございます』
「いえすみません。父のことでお話があるそうで……」
『ふふ、緊張しなくても大丈夫ですよ。お父様の話って書いたから緊張しちゃったわよね。安心して、犯罪や事件とかそういう話ではないから』
「はあー……。それはよかったです。とりあえず安心できました」
――想定していた最悪の事態は免れたようだった……。
『あちゃー、ごめんね。手紙の書き方が悪かったかもねー。ただ、良い話でもないのも事実なの。その辺含めて話をしたいんだけど、蒼真くん、いつ空いてるかな?』
わりとフランクな話し方に変わってくれたのは正直ありがたかった。もっと事務的なやりとりを想像していたからだ。
でも、良い話でもないのか……。
「いつでも大丈夫なように空けておきます。浅見さんの都合に合わせます」
『じゃあ明日の10時頃とかどうかな? 時間は1時間ぐらい空けてくれたら良いかも。場所は……そうね、込み入った話になるから、出来れば蒼真くんのアパートでも良いかな』
「はい。では明日の午前中、家にいますのでお待ちしてます」
そう言って一旦電話を切った。
――ん? 詐欺とかじゃないよな?
今更だけどスマホで弁護士事務所を検索してみる。
すぐに名前と所在地を確認できた。整合性はとれているようだ。
一体どんな話になることやら……。まあ気にしないでおこう。
――どんなに悪い話でも、父親との関係は今以上に悪くなることもないだろうし。
羽依からLINEがきた。思った以上に時間が過ぎてしまっていたようだ。
羽依「いまどこ?」
俺「アパート。いまそっちいく」
羽依から可愛いOKスタンプが届いたところでスマホを仕舞う。
朝ご飯の時間だ。待たせちゃったかな……。
急いで帰ろう。
「ただいまー」
「おかえり蒼真~。朝ご飯準備できたから食べよ!」
ダイニングには朝食の目玉焼きとサラダが用意されていた。
美咲さんは今日は二日酔いではないようで、パンをかじっていた。
羽依が俺に焼きたてのトーストを持ってきてくれる。香ばしいパンの香りに自分の腹の減り具合を再認識する。
「蒼真は毎日しっかりトレーニングしてるのね。えらいわね」
朝から穏やかな微笑みを向けてくれる真桜。なんか雪代家の景色にすっかり溶け込んでるな。
「ジョギングした後にシャワーを浴びにアパートに寄ったんだ。そしたら郵便物が届いててさ、なんか知らない弁護士からだったんだ」
――一瞬にして空気が変わった気がした。
羽依と真桜の俺を見る眼差しに不安が浮かぶのを感じる。
俺もあまりに迂闊な自分の発言を悔やんだ。
普通に生活してる限り、弁護士なんて縁がないよな……。
「あっはっは! 大丈夫だよ蒼真! ホントにやばいときは内容証明からくるんだよ! あと、警察が来る時は朝打ちだよ」
美咲さんがみんなの不安を払拭するように笑いながらそんなことを言ってくれたのは本当にありがたい。けど、経験則からの話じゃないよな……?
「警察にやっかいになるような話じゃないみたい。俺の父さんに関しての話らしいんだ。明日会うことになったから。そういう訳で羽依、明日は午後から一緒に勉強しようか」
「わかった。弁護士と話かあ~。どんな話なんだろうね。明日、良かったら教えてね。って、あれ、真桜、どうしたの?」
下を向いてぶるぶる震えてる真桜。徐ろに椅子から立ち上がる。
「ごめん、ちょっとトイレ!」
「真桜、どうしたんだろうね? 生理はまだのはずだし……」
なんでそんなこと知ってるんだ羽依。
「飯時に何いってんの、このおバカ」
そんなこと言うもんだから美咲さんからチョップされてるし。
なんだか痛そうに「おおぉ……」と唸って頭抱えてうずくまっちゃった……。
雪代家は朝から賑やかだなあ……。
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