第122話 転機
週末の夜。今日は真桜が来ているので、お店の片付けの後におやつやジュースを持ってきてプチ宴会を行った。
「真桜ちゃん、あんたすごいね~。3回目で仕事をマスターしちゃったかあ」
ほろ酔い気味の美咲さんは、やや大げさに目を丸くして褒めている。
実際、真桜の頑張りはすごかったもんな。バイトの要点をしっかりメモったり、発声練習なんてしてみたり。
元のスペックの高さに加えて努力を惜しまないんだからな。
真桜は頬を染めながら、謙遜することもなく美咲さんの言葉を受け入れていた。
なんとなく、美咲さんに甘えたいって感じるのは気のせいではないと思う。
そういや真桜から両親の話って聞いたことなかった。
あまり言いたくないのか、それとも聞かれてないからってだけなのか。
……まあ、人それぞれ色々あるよな。
俺も親のことは詮索されたくなかったから、他人のことも不干渉だったってのもあるし。
「今日のバリキャリさん、また来るかな~」
思い出したかのようにぽつりと羽依が言った。
やっぱりみんな印象深かったのかな。このお店の客層とは思えなかったからな。
「ああ、グレーのスーツ着たお客さんか。多分、私の知り合いっぽいんだよねえ。忙しくて声かける前に帰っちゃったけどね」
「美咲さんの知り合いなら納得ですね。誰か探してたようにも見えたし、歳も近そうだし」
「ああ、間違ってなけりゃ同級生だね。長い事会ってないからわかんないけどね。ただ、あんまり仲良いって事もなかったかも」
あっはっはと笑う美咲さん。
……その理由は何となくわかる。堅物そうな雰囲気だったあの女性とヤンキーだった美咲さんではキャラが違いすぎるものな。
そんな事は口には出せないけど。
でも、仲良くないなら何で来たのかな? まあ用があればまた来るだろう。
まったりと楽しい時間を過ごした後、女子3人でお風呂に入りに行った。
俺はリビングで一人スマホをぽちぽちと、“モン引き”のレベル上げを一生懸命頑張る。
この神ゲーがサービス終了したらマジ泣くぞ。
ほどなくして3人が風呂から出てリビングに戻ってきた。
思わずゲームの手が止まってしまう。湯上がりの艶めかしい3人のパジャマ姿につい見惚れてしまった。
――この姿を見られるのは俺だけの特権だよな。
さすがに美咲さんが一緒に入ってるから羽依も大人しかったんだろうな。真桜は妙にご機嫌なように見える。
「美咲さんのスタイル、ホント素敵だった……溜息しかでないわ」
温泉のときに見た美咲さんは、こんなに綺麗な人いるんだなって思ったぐらいだからな。真桜の気持はよく分かる。
「お母さん胸大きいもんね。蒼真は私とお母さんの胸どっちが好き?」
どう答えても角が立つ質問を、なんでするかなあ……。
「ノーコメント」
ぶーっとしながらソファーに乗り、俺の肩に胸を当てるように抱きつく羽依。
「あはは! 蒼真、まだこのクソゲーやってるんだね!」
「クソゲーいうなし! 羽依ももう一回やろうよ!」
「やだ。ぜったいやだ。そんなのやるぐらいなら英単語覚える」
……ぐぬぬ。
時計を見ると、もう0時を回っていた。
「おっと、俺も風呂入らないと。じゃあみんな、おやすみ~」
――1日の疲れをこの贅沢な風呂で取るのは幸せだなあ。
ジャグジー最高だ……。
風呂を出て寝支度を整えて自分の部屋に入る。
特に何も言ってなかったけど、今日は来ないよな?
3人で寝て、また顎殴られたり寝相で迷惑かけるのも正直うんざりだし、向こうだって嫌だよな。
清々一人でたっぷり寝て、朝起きたらジョギングでもしたいところだった。
一人でダブルベッドを独り占め。至福だよなあ……。
成人男子にはダブルベッドが標準サイズでも良いと思う。
うちのシングルベッドではたまに落ちるからな。結構痛いし。
――トントン。
「……はい。」
来ちゃったか……。あまりに短い平穏だったなあ……。
ドアを開けると、毎度おなじみの美少女二人がそこに立っていた。
「蒼真、一人でさっさと部屋に入るんだもん。駄目だよ。ダブルベッドをよこしなさい」
「わかった。じゃあ羽依の部屋で寝るね。二人はどうぞご自由に」
「蒼真、貴方って本当に我儘ね。こんなに可愛い子たちと一緒に眠れるのに何の不満があるっていうの?」
「……いつも迷惑かけたり殴られたり。まともに眠れた試しがないじゃないか」
羽依と真桜が顔を見合わせる。二人で俺の腕を掴んでベッドに引きずり込む。まるで強制連行のようだ。異論は認めないという雰囲気を感じる。
俺を真ん中にして、3人はベッドに収まった。――もう、諦めるしかないよな。
正直言えば、こんなに可愛い子たちと一緒に眠れるのは男として嬉しい限りだ。だったら楽しむか――。
羽依がぎゅっと俺の手を掴み自分の頬に手を当てる。
彼女の頬は少し冷たく、触り心地がとても良かった。
ぐっと俺に近寄り口付けを交わす。
やや強めの口付けに心臓が跳ねる。
まったく、真桜が見てるのに遠慮がないな……。
こうなってしまうと真桜の方を向けなくなってしまう。
と思った時、徐ろに俺の背中に手を入れてくる真桜。俺の素肌に触れてきた――。思わず真桜の方を振り向くと、じっと俺の方を見つめていた。
「貴方の、羽依を見つめているその顔が……とても好き。羽依もすごく可愛く見えるの。とってもお似合いの二人……だと……思う」
そう言いながら俺の背中から腹にかけて触れる真桜。
「――真桜?」
彼女の端麗な顔立ちがとても近い。それはもう恋人にしか許されない距離だった。唇が俺の唇に触れるまでほんの数ミリ。吐息がとても熱く感じる。
真桜はさらに近づき――。
ふわっと触れてしまった――。
その瞬間、禁忌に触れたように離れる俺と真桜。
振り向いて羽依を見ると、俺たちの行為に気づいていないようだった。うっすらと微笑みを浮かべる羽依。
――背筋から冷や汗が止まらない。
もし羽依が今の行為を知ってしまったら……。
「真桜、どうだった? ファーストキス」
――気づいてた!?
「私のファーストキスは貴方に奪われてるじゃないの……」
「それはノーカンって言ったでしょ。好きな人とするのがファーストキスなの。で、どうだった?」
「一瞬すぎてわからなかったわ……でも、熱かった……かも」
俺は布団の中でどっちを向いていいかわからず天井を見つめていた。
居心地の悪さが半端ない。今すぐ部屋を飛び出してアパートに帰りたかった。
「蒼真」
羽依に呼ばれてビクッとする。恐る恐る彼女のほうを向くと、ニマ―っと小悪魔らしい表情をしていた。
「浮気しちゃったんだね。蒼真。私の眼の前で」
「……ごめん。避ければよかった」
「許さないよ。絶対許さない」
やっぱりヤキモチを焼いているようだ。そりゃそうだ。眼の前で彼氏が他の子とキスしてるんだから。
羽依は手を伸ばし、俺の首をぐっと捕まえて自分に寄せた。
上書きするように強く口付けを交わす羽依。
やがてそっと離れる口と口。銀の糸がつーっと伸びていた。
思考が回らない。
「蒼真、私とのキスを上書きしたわね……そんなに嫌だったの?」
悪魔のような問いをする真桜。――そう、この二人は小悪魔なんかじゃない。悪魔だ。
真桜の方を向くと、なんだか目元がとろんとして妙に熱ばってるような表情をしていた。
「嫌とかそんなんじゃなくて、俺と真桜は――」
真桜の目が一瞬、獲物を見定めたように鋭くなった気がした。
話が終わる前にまたもや口付けをしてくる真桜。
さっきの触れるような口付けではなく、しっかりと。
すっと離れる真桜。その表情はなんとも艶めかしい女の顔だった。
「蒼真と真桜はギルティーだからね。もうこれからずっと私と一緒だよ。離れるのは許さないんだから」
――羽依は認めていたんだ……。
俺はまた、流されるだけだったんだ……。
面白いとおもっていただけたら、ブックマークをしてもらえると励みになります!