第121話 接客の楽しさ
10月も半ばを過ぎた金曜の夕方。
中間テストもようやく終わり、週明けには順位の発表だ。
いつもにもまして勉強頑張ったからな。結果がたのしみだった。
今日は真桜がバイトにやってきた。
これからは生徒会選挙もあるので、忙しくなる前に経験を積みたいとの事だった。真面目だなと感心する。
ただ、単純に羽依と一緒に居たいだけってのもあるんだろうな。
以前、隼と真桜の外泊疑惑で、羽依と真桜の間に少し険悪な空気が流れたことがある。結果としては燕さんも一緒だったと判明し、すぐに誤解は解けたのだが――。
ただ、あの件は少し考えさせられるところもあった。
何故羽依はあんなにも怒ったのか。
正直二人の間に百合っぽさがあるのは知ってるけど、仲良しの延長線ぐらいにしか思っていなかった。
真桜に彼氏なんて出来たら一体どんな反応するんだろうか。
そもそも怒る権利なんて全く無い。自分だって俺と付き合っているんだ。筋違いにもほどがあるだろう。
真桜の反応も不可解な点がある。
彼女なら問い詰められても動じない胆力があるはずだけど、妙にしどろもどろしていた。
誤解そのものも、すぐに解けるような内容なのにだ。
これではまるで、意図的に動揺していたように思ってしまう。
であれば、何のために?
真桜はあの後羽依に何か耳打ちをしていた。その内容は今でも分かっていない。
あの時の二人の表情を察するに、俺絡みなんだろうなとは思ってる。今日のお泊りで真桜の真意が見えるのかも知れない。
俺の方も彼女には色々聞きたいこともある。機会があればと思っていたけど、なかなかチャンスに巡り会えないままだった。
出来れば二人きりで聞きたいところだ。
やはり一番良いのは稽古の時だろうな。
そろそろお店の開店の時間だ。
羽依は動きやすい長袖のTシャツにデニムのレギンス。スニーカーを履いて機動性重視のスタイルだ。エプロンにはみんなお揃いのキッチン雪代のロゴ入りだ。
真桜も一度帰宅しているので私服姿の上にエプロンだ。
彼女は白地のブラウスに黒いパンツ姿と清潔感重視な雰囲気を纏っている。
二人ともバイトの女子高生らしく可愛さを大事にしてるように見える。
「今日もよろしくね、先輩」
多少緊張感を漂わせつつも、やる気に満ちていそうな真桜。
「真桜ならもう大丈夫でしょ! バイト3人いると結構かわるんだよね~。案外このぐらいが適正人数なのかも」
人数としては適正なのかもしれないけど、お店の経営的には不適正なんだろうな。
美咲さんからはお店の売上や粗利益、諸経費や税金の話まで。俺の知的好奇心を理解してくれて、知りたいことは何でも教えてくれた。
おかげで経営者目線というものも少し理解できた気がする。
今日も開店から即満席。人気の衰えを知らないキッチン雪代だ。
というか、以前よりもさらにお客さん増えた気がする。
昼の機会損失がりっちゃん来てくれてからは大幅に改善したらしい。そりゃ美咲さん一人ではテーブル片付けるのもままならなかっただろうからな。
ワンオペでどうにかなる店ではない。配膳ロボットや自動食洗機などがあるわけでもないからな。
昼の売上が上がった結果、夜にも良い流れを生んでいるのかもしれない。
「いらっしゃいませ~」
スーツ姿の綺麗な女性が一人で入店してきた。
ワーカーメインのこの店には珍しいけど、SNSの口コミでも見たんだろうな。高評価えぐいし。
女性はきょろきょろと店内を眺めて、俺と目が合った。
値踏みでもするような目線にちょっと戸惑ったが、すぐに視線をそらした。
お冷とメニューをお出しする。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「えっと、ここのおすすめメニューは何かしら」
「そうですね~。一番人気はポークソテーですけど、何でも美味しいですよ。僕はオムライスが好きですね」
「あら、オムライスが好きなんだ。じゃあ、頼んだらケチャップで絵を描いたりしてくれるのかしら?」
柔らかい笑顔で冗談ぽく言ってくる女性。見た目の堅そうな雰囲気とは裏腹に、茶目っ気があるタイプのようだ。
「描けないことはないですけど、うちのはデミグラスソースがかかってるんですよ。ケチャップより美味しいですよ」
「ふふ、そうなんだ。でも、そうね……ポークソテーにしようかしら。まずは手堅く一番人気で」
「かしこまりました。ここのポークソテーはめっちゃ美味いですよ。期待しててください!」
俺の言葉にお客さんはくすっと柔らかく微笑んだ。
「楽しみにしてるわね」
たまにある何気ないお客さんとの会話も楽しいんだよな。
その日は何となく気分の良いままバイトを終えたのだった。
20時半になったのでリビングに集まる3人。
3回目にしてバイトを完全にマスターしたような動きをしていた真桜はやっぱり超人だと思う。
「今日のバイト楽しかったな~。私もちょっとずつ余裕でてきたみたいね」
「真桜、覚えるの早すぎ! 3回目で私たちとそんなに変わらないじゃない。ウェイトレスの才能あるんだね~」
「さすがに褒めすぎよ、まだお客さんと話すのは慣れないし、今日の蒼真みたいに受け答えが上手にできれば良いのにね。ああいうのを見るとすごいなって思うわ」
「そう、何かバリキャリみたいな女の人だよね! カッコ良かったな~。蒼真はああいう人は好みなの?」
刹那、脳のシナプスが地雷を検出。フル出力――最適解を求めよ。
「うん、そうだね~羽依の将来はあんな感じになりそうだなって思ったな。格好いいバリキャリに羽依ならなれるよ」
「んふ、そっかそっか。私もあんなふうになれたらいいな~」
羽依はご機嫌な様子でみんなのコーヒーを淹れにいった。
今のはパーフェクトコミュニケーションだったようだ。
いつどこに地雷が埋まってるかわかんないな。ほんと……。
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