第12話 偽装とは
羽依の自撮りを見せられて、頭がパニック状態だった。
あんな挑発されたら、男子高校生としては試されてるとしか思えない。
でも、俺の役目は“守ること”だ。
大丈夫。俺はブレない――はず。
あれこれ考えているうちに、お風呂が沸いた。
「羽依、お風呂沸いたからさ、お先にどうぞ。一緒には入らないよ?」
昨日と同じことを言われる前に、先に釘を刺しておいた。羽依はちょっと口を尖らせて「いってきま~す」と風呂場に入っていった。
ようやく一人になったので、少し考えをまとめよう。
羽依の本心がイマイチよくわからない。強烈なアピールをしてくるが、昨日今日の言動は、俺のこと嫌いじゃ無いのは十分伝わってくる。むしろ……好きって思ってそう?
それとも、偽装カップルのお礼のつもりとか……いや、そんなことするはずないよね?
羽依は嫌なことは嫌とはっきり言えると思う。一昨日のような襲ってくるような告白は稀にしろ、強引な告白とかは今までもあっただろう。
でも折れることなく誰とも付き合ってない。
気の弱い子だったら案外折れてしまうのはよくある話だ。みんなそれを分かっていて強引に告白するものだとは思う。女の子を自分と同じ人間だと思わないタイプの人間だ。
それにしたって、わずか1ヶ月で10件も告白とか異常だろう。可愛いだけでなく、他に何か理由があるんだろうか。
難関進学校で、そんなに色恋沙汰に一生懸命な人が多いのは正直意外だった。まあスポーツ推薦枠もあるから、全員がガリ勉タイプってわけでもない。肉食男子も一定数存在している。
羽依を守るために始めた偽装カップル。告白が収まるかは分からないけど、断る説得力はかなり増すだろう。
どんなやつでも恋人が居ると言えば、それ以上無理強いは出来ないだろう。それでも強引にくるやつは、ただのならず者だ。影の親衛隊(笑)に粛清されるだろう。
もっとも偽装を持ちかけた俺が羽依に告白したりするのは……それこそ本末転倒か。近づいたけど、遠くもなってしまったような微妙な関係。
ああ~もうちょっと距離を置いてくれたら、こんなに心がざわつくことがなかったのに。でもデートはすっごく楽しかった。
この学校に入って楽しいことって、今のところ羽依と話する時ぐらいなんだよな。
羽依は以前から、ちょっと距離が近いなとは思っていた。他の男子には距離をとるのに、俺にはかなり近づいてくる。まあ男と思われてなかったって、自分でそう決めつけてたけど、実際はそうでもなかったらしい?
ん? てことは、前から俺のこと少なからず好意を持ってた?
自分に自信が全く持ててないから、羽依の気持ちに気付けなかったのかな……。
「お風呂いただきました~。蒼真、次どうぞ~」
風呂上がりの羽依は、昨日と同じパジャマ姿だ。そして昨日と同じくどう見ても、下に何も着けてないっぽい……。今朝のことを思い出し、頭がくらっとする。もうちょっと危機感持ってほしいなあ。
「――お風呂いってくるね~」
風呂に入り髪を洗い、体を洗う。ヒゲはそんなに濃くないけど、一応剃っておこう。
鏡に映った自分の体を見て、思わずため息が出た。我ながら貧弱な体だなと。身長は170cm。なかなかつかない筋肉。野暮ったい前髪。羽依は『美容室でビシッと決めたらモテそう』と言ってくれたけど、ほんとにそうなるのかな?
変われるなら変わりたい。本当の意味で、羽依の隣に立てるような自分になりたいな。
風呂場を出ると、羽依はベッドに入っていた。
「蒼真、今日も一緒に寝よう。少し話したいの」
「え、あ、うん……」
そう切り出されてしまっては、何とも断りづらい。先手取られた感があるなあ。
しっかり歯を磨き、寝支度をすませてベッドに入る。羽依の温もりと、シャンプーの香りがたまらない。同じもの使ってるはずなのに、どうしてこんなにいい匂いなんだろう。
「――今日はありがとうね蒼真。さっきも言ったけど、私、はしゃぎすぎてたよね」
「楽しめたならよかったよ。俺も高校入って今日が一番楽しかった。いや、思い出してもこんなに楽しい日は初めてかも」
俺の言葉に羽依はくすっと笑う。お互い布団の中で向き合って話している。羽依の琥珀色の瞳がまっすぐに俺を見ている。
「蒼真が偽装の話出してくれた時、嬉しかったんだけどね、ちょっとだけ寂しいって気持ちにもなったんだ。」
「――そうなの?」
羽依の言葉に心臓が激しくなる。息が吸いづらい……。もしかして……俺は……。
羽依が少し視線をずらし、話を続ける。
「蒼真は私に偽装だからって遠慮しなくて良いんだよ。私のこと恋人のように接しても良いし、……蒼真に好きな人ができたら、この関係はその時まで、でいいよ」
最後の方は声がか細く聞き取りづらかったが、意味はよくわかった。
「――偽装って難しそうだね。接し方がよくわかんないや」
「うん、私もそう思ったの。でも、したいことをしないのも何か違うかなって。だから今日は蒼真に甘えてみたの。私もすっごく楽しかった。蒼真も楽しいって思ってくれたの嬉しい」
羽依がそう言って、俺の額にそっと自分のおでこを当ててくる。この距離感はまるで恋人のようだった。
羽依はくすっと笑って俺の手を握り、「寝よっか」と言ってきた。
布団の暖かさと羽依の感触。高鳴っていた心臓も穏やかになっていき、睡魔が襲ってくる。限界が近い。
「おやすみ羽依。また寝相悪かったら遠慮なくひっぱたいてね――」
「おやすみ蒼真。蒼真なら悪気がないの分かってるから良いんだよ――」
――未明。
なにやら、体にふわりとした重みがかかっている。瞼は重く、目は開けてないが、意識がほんのりと浮上する。
――羽依の吐息がかかってくる。
「蒼真……」
俺の名前をつぶやく羽依。熱い吐息を当てながら俺の頬や首筋に柔らかい感触を残している……。
俺は起きることも出来ず、されるがままだ。
「……。」
ある程度のところで満足したんだろうか。羽依は隣でまた寝息を立て始めた。
……夢か現かも曖昧なまま、意識はふわりと沈んでいった。