第119話 食事会 後編
すっかりお腹いっぱいになった満腹高校生一同。
みんな育ちが良いのか、“来たときよりも綺麗に”を合言葉に、しっかり片付けと掃除までしてくれた。
こういう気遣いをしてもらえると、またここを会場にしても良いかな……なんて思ってしまう。
――俺のこういうところ、チョロいんだろうな。
ふわりと、コーヒーの香りが漂ってきた。
羽依がみんなにコーヒーを淹れてくれていた。ドリッパーを扱う手つきも様になっていて、ちょっとしたバリスタみたいだ。
湯気の立つマグカップを受け取って、一口。
――うまい。
俺が淹れるより、ずっと美味しく感じた。技術の差か、それとも愛情のなせる技なのかな。
隼が大きく伸びをした後に、コーヒーを楽しみながら口を開く。
「今日は実に有意義だったな。躓きとか解釈違いとか今日だけで随分修正効いたから、テストが楽しみだ」
そう言ってニカッと笑みをこぼす。充実感がにじみ出るようだった。
「そうだな~。俺も頑張って20位以内を目指さないとな」
「なんだ蒼真、20位以内に入ると何かあるのか?」
「ああ、それはだな、進学特待支援制度……」
「バカバカ蒼真! ……って、あれ? ……ごめん、なんでもないっ!」
急にビクッとして羽依が大声を上げたが、顔を真っ赤にして縮こまった。一体どうした?
「ああ、支援制度受けるのか。でもそんなに金困ってんのか?」
隼は俺の途切れた話で十分理解したらしい。けど、ダイレクトに懐事情を聞く辺り、遠慮がないよなとは思う。ただ、それが嫌味に聞こえないのがこいつの持ってる人徳なんだろうな。
「転ばぬ先の杖だよ。うちの父親の仕送りもいずれ当てにならなくなる可能性あるからさ、そんな状況でも学校に継続して通えるようにってな」
「そうなの!? 蒼真、もうそこまで考えてるの!?」
急に真桜が飛びつくように話に食い込んできたのでびっくりした。
「う、うん。まあわかんないけどね、徒労に終われば良いんだけど、見えないものを当てにするより、できることをやっておこうって思ってるよ」
「そう、それは……とてもいい心がけだと思う……けど、仕送りがなくなるのは不安よね……」
「親の仕送りなしで学校生活が送れるようにって美咲さんと佐々木先生が考えてくれてたんだ。来年から羽依の家で住み込みのバイトって話もそこからきてるんだよ」
真桜はそれだけで顔を真っ赤にすると、ぽろぽろと涙をこぼして、くずれるように羽依に抱きついた。
声を押し殺すようにして――しばらく泣いていた。
羽依はよしよしと真桜を慰めつつも、困惑した表情で俺を見つめる。でも、俺にも何が何やらさっぱりだ……。
良い話だと思ったのか、俺を憐れんだのか。でも、そこまで泣く話でもないような……。
お開き前のちょっとしたハプニングだったけど、ほどなくして真桜は落ち着いた。憑き物が落ちたかのように、妙にすっきりした表情になっていた。
「ごめんなさい、急に取り乱して。その、情緒不安定なのよ、気にしないでね……」
真桜らしくない言い訳に引っかかりつつも、本人が何でもないと言ってるのでそれ以上追求はしなかった。
「真桜も可愛らしいとこあるんだな! 普段あんなにおっかねーのになあ」
全く空気を読まない隼の言葉にちょっと笑ってしまう。
真桜は何も言い返さずに頬を赤らめるだけだった。
「隼くんは分かってないな~。真桜はいつでも可愛いの!」
そう言って真桜と抱き合う羽依。相変わらずの距離感に見てるこっちがドキッとする。真桜はやはりされるがままだった。
さあお開きの時間だ。早いもので、もう21時を過ぎていた。
今日は隼と真桜はバスで帰るとのこと。羽依は俺が送っていくことにした。そのまま今日は雪代家に泊まっていこうと思う。
制服に着替えた真桜が部屋から出てきた。アパートの戸締まりをして4人で夜道を歩く。辺りは暗く静かで、女子一人では歩いて欲しくない道ではある。
10月の夜風は、昼の熱気をすっかり冷ましていた。季節の移ろいとともに、俺たちの関係もまた一歩前進した気がする。
丁字路に差し掛かり、二人とはここでお別れだ。
「おつかれさま! またねー!」
キッチン雪代までの道すがら、今日の話で盛り上がる。もっとも徒歩5分なので、あっという間についてしまうが。
「――もう、蒼真ってば中間テスト20位以内って言い出すもんだから、みんなの前でマイクロビキニの話をするのかと思ったよ~」
「ああ、さすがにそれは言えないな。でも羽依は真桜に言っちゃいそうだよね」
「そりゃもちろん言うけどさ。でも、さっきの真桜、ちょっと様子が変だったね」
「そうそう、急にどうしたんだろうね」
「うん、ちょっとびっくりしちゃった。でも、真桜ってわりと泣き虫だよね~。普段あんなに強いのに」
俺もそれには同意だ。強さと脆さを兼ねているのが真桜の魅力ではあるけど、今日はさすがに不意打ちだった。
……ん?
――そういや文化祭の時……。
あの時は俺も話を切り上げたかったから深く考えてなかったけど……。思い返せば、父親のこと、仕送りのこと、あと母親の話だったか。
なぜかプライベートの事を聞いてきた真桜。今思えば彼女らしくなかったよな……。
なんだか点と点がつながったような気がして、妙に心がざわつく気がした。
真桜は俺の知らない、俺の何かを知ってるのか? でも、なぜ――。
――――――
隼視点
それにしてもさっきの真桜は変だったな。
色々抱えてるもんがあるのかもしんねーけど、もうちょっとオープンにできないもんかねえ。
普段の出来すぎた強面お嬢様優等生ってな感じの彼女も、蒼真や羽依ちゃんの前では普通の女の子って感じだ。
最近は俺にも砕けた雰囲気で接してくれている。そうなると途端に見方も変わるもんだ。
腕っぷしは多分俺よりよっぽど強いのは分かる。でも、守ってやりたいぐらいに弱さも感じるんだよな。なんつうか、不思議なやつだ。
「おい、真桜。なんか悩み事でもあるんじゃねえのか?」
「……私には悩みはないわ」
たまに見せるこいつの妙に諦観した顔。それがやたらと胸をざわつかせるんだよな。
「――ただ、そうね……まっすぐ帰りたい気持ちでもないから、少し付き合ってくれるかしら」
「……ああ、まだ大丈夫だ。でも、これ以上遅くなるとバスがないな――姉さんに迎えに来てもらうか。それなら何時でもかまわねえな」
真桜はくすっと笑う。
そう思ったら途端に悪戯な顔をしてきやがった。――ホント情緒不安定なのかもな。
「じゃあ、カラオケ行きましょ! ちょっと発散したい気分なの」
「――へいへい。どこでも付き合うよ、お姫様。制服じゃ目立つからこれ着とけ」
ジャケットを脱いで真桜に渡すと、笑顔で受け取り、素直に袖を通した。
「紳士なのね、隼。……でもこれ、焼き肉臭いわよ」
そう言ってクンクンとジャケットの匂いを嗅ぎはじめる。つうかお前、そんなキャラなの? まじやめろ!
「しゃーねえだろ! ほら行くぞ!」
「ふふ、こんな時間に遊びに行くなんて不良みたいね」
端正な顔がふいに崩れて、クシャッと笑った。――おいおい、そんな無防備な顔見せんなっつの。
ったく……おい、蒼真。……貸しだからな。
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