第118話 食事会 前編
17時、スマホのアラームが鳴る。勉強会終了の合図だ。
「よーし、みんな終わろうか、お疲れさま! あ~疲れたな……」
結局、昼からぶっ通しで勉強をしていた。みんな脱落することなく、よく頑張ったと思う。
羽依はごろんと寝そべり、何やらジタバタしている。
真桜は立ち上がり、軽く屈伸や肩を回したりして固まった体をほぐしていた。
隼は最後までテキストを見返したり、何やら記述をしていたりと、勉強モードから抜けきれないでいた。
三者三様の勉強後の姿だけど、みんなそれぞれで面白いもんだなって思う。
俺はというと、食事会の前準備に取り掛かる。
今回、調理がいらないものばかりだから楽でいいけど、部屋の匂い対策だけはやっておかないとな……。
ベッドの上の布団はたたみ、シーツはまあ……諦めるか。
あとは油膜対策としてPCにゴミ袋を被せたり、小物を片付けたり。元々部屋に荷物が少ないのは幸いだった。
今は雪代家の俺の部屋のほうが大事な物は多かったりする。
あの家のセキュリティーは堅牢だからな。ガーディアンは最強だし。
ゲストの真桜と隼には、まったり休憩してもらう。二人は楽しげに文化祭の時の話をしていた。ハイスペック同士の通じる何かがあるようで、二人は何かと気が合うように見える。
羽依は食材の準備とテーブルのセッティング。4人が勉強できる程度の大きめなテーブルだが、簡易テーブルをもう一つ用意する。
調理には普通のホットプレートと、とっておきの秘密兵器であるカセットボンベ式遠赤外線調理器“炉端提督”を準備。この最強の布陣で腹ペコ高校生4人に挑むのだ。
すべての食材がテーブルの上に配置された。
みんなに好きな飲物を聞いてみたら、全員が麦茶と答えた。甘いジュースを選ばないとは……こいつら全員“ガチ”だな。
「みんな勉強お疲れ様! かんぱーい!」
乾杯の声が続き、みんなそれぞれ思い思いに食材に手を伸ばす。
真桜は毛ガニを手早く解体する。好きというだけあって、手慣れているのかな。俺は毛ガニなんて高級食材は食べたことなかったので興味津々だ。
「毛ガニはミソが美味しいのよねー♪」
いつもよりテンションが高めな真桜。声もちょっと上ずっている。甲羅についているカニ味噌をスプーンで掬い、口に運ぶ。
その表情は、想い人との再会を果たした乙女そのもの。よっぽど好きなんだな。
羽依はハマグリを炉端提督の上に並べ、じっと監視している。一番いいタイミングを逃すまいと思っているのだろうか。
その間、俺が肉を焼き、羽依の皿に置いてみる。
ちらっと俺の方を見て、「ありがと」とつぶやき肉を口に運ぶ。でも視線はハマグリに集中している。と、その瞬間ハマグリの口が開いた。
傾きを器用に直し、中のスープがこぼれないようにする。そこに醤油を垂らすと、磯の香りと醤油の香ばしさがふわっと立ちのぼる。実に美味そうだ。
そういやキャンプの時も美味しそうに食べてたような……。
「はい、蒼真。熱いから気を付けてね」
羽依が小皿の上にハマグリを置いてくれた。ベストな焼き加減で、調味料は醤油のみ。バターやお酒を入れてもよさそうだけど、王道のシンプルさは良いものだと思う。
熱々の身を取りだし口に運ぶ。口いっぱいに広がるハマグリの旨味。そして弾力のある噛み応え。実に美味い。
羽依と目が合い、お互い表情で美味しさを共有する。
可愛らしく微笑む彼女にまたもや恋に落ちる俺だった。
貝に残ったスープをチュッと飲むと、語彙を失いそうになる美味さ。ハマグリってすごいな……。
その間、真桜がみんなに毛ガニをほぐして取り分けてくれた。
真桜が如何にも食べてみてって表情でこっちを見ている。
一旦麦茶で口の中を整え、カニ味噌と一緒に身を食べてみる。
ああ、これは至福。豊かなカニの香りと甘みの中に深いコクを感じる。まさに唯一無二の味わい。毛ガニが何故人気があるのか、この一口で十分わかった。
そんな俺の表情を見て、真桜は可愛くドヤって表情を浮かべた。
「お前ら肉食え肉! 無くなっちまうぞ!」
隼は肉と米をガツガツ食っていた。肉一枚でご飯一膳の勢いだ。こいつどんだけ飢えてたんだ。米は一升炊いたけど足りるかな……。
羽依が買ってきてくれた肉は、お得用US牛カルビ、豚トロ、鶏ムネ肉、そして和牛ロース大判を一人2枚。これは美咲さんからの差し入れって話だった。心遣いが胸に沁みるなあ。
「隼、豚トロと鶏ムネ肉は生食駄目だからな」
前に生エビ食ってたからな。注意しとかないと。
隼は呆れた目で俺を見つめつつも、首を傾げる。
「んなこたわかってる。でも、駄目って言われると食ってみたくなるよな。一体どんな味なんだろうって」
「昔は鳥刺しなんてのが一般的にあったらしいな。今でも食べられるところはあるのかもな」
「お、そうなのか。確かに鳥刺しって言葉は聞いたことある気がするな。食ってみてえなあ」
ワイルドさを愛する隼だからな。生食には興味あるんだろう。
「ちなみに豚はドイツでは生食あるらしいよ。メットって言ってひき肉をパンに塗って食べるらしい」
「へえ! そりゃワイルドだな! 今度ドイツ行ったら食ってみるか!」
海外、ましてやドイツなんて気軽に行けるところではないと思うけど、隼はその辺り俺とは感覚違うんだろうな。
マグロの柵は中トロの部位だ。そのまま食べてももちろん美味いだろうが、せっかくなので炙りを試してみることにした。
柵をドンと炉端提督に乗せる。軽く表面を焼く程度だ。
全面に焼きが入ったところで、やや厚めに切り分ける。
あとは醤油やポン酢を好みで。
「うん、脂がくどくなくて生より好きかも! 」
「さっぱり食べられるのね。これならいくらでも食べれそう」
「うめえ、うめえ!」
……隼は何でも美味そうに食うな。別にマグロじゃなくても良さそうだよな。うみゃい棒でも同じリアクションしそうだ。
大量にあった食材がほぼ完食だ。みんなすごいな……。
「真桜、足りた? もっと食べるならウィンナーとか出すよ」
「いいえ、もう十分お腹いっぱいよ。っていうか、何で私に聞くのよ……」
それは貴方が腹ペコキャラだからです。なんてことはもちろん言えなかった。
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