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第115話 理性は囁き、欲望は叫ぶ

 週末の夜、雪代家の風呂場で一人、体を洗う。

 一人なのは当たり前だけど、この家では何が起こるか分からないから油断できない。

 ついさっきもこの場所で、羽依が暴走して真桜を鬼攻めしてたんだよな……。


 一体、何してたんだよ……。


 羽依、ちょっと情緒不安定なところもあるのかもしれない。

 文化祭の準備期間に当日と、短い間に二度も襲われかけたんだ。

 心に何かしらの負荷がかかっていてもおかしくない。


 真桜がされるがままなのも、羽依のケアを含めてのことなのかもしれない。

 だとしたらやっぱり……真桜は優しい子だよな。

 ……いや、単に流されてるだけかもしれないけど。


 シャンプーを手に取り、髪にすり込む。

 ……そろそろまた髪を切りに行ってもいい頃か。

 この前の美容室、確かヒデキさんって人だったな。ちょっとオネエっぽかったけど、腕は確かだった。

 一時だけでもイケメンになれた気がしたもんな……。

 1000円カットのコスパも捨てがたいけど、あれを知っちゃうと迷うよな。


 湯船に浸かって、ジャグジーのスイッチを押す。

 ブクブクと泡が立って、くすぐったいような、気持ちいいような。

 ……これ、やっぱり贅沢だよなあ。


 美咲さんと佐々木先生、まだ飲んでるのかな。

 先生、結構酔ってたっぽいし、美咲さんも容赦なさそうだったし……。

 もし、あの二人が付き合ったりしたら――最終的に結婚したりしたら、羽依の義理の父親になるわけか。


 ってことは、俺が羽依と結婚したら……佐々木先生は俺の義父……?

 いや、ちょっと想像できないな、それ。


 羽依にしてみれば、もっと複雑だろう。

 亡くなったお父さんのこと、今でも心の中でちゃんと生きてる。

 二人のことをすぐに受け入れるのは、やっぱり難しいよな。


 ま、そもそも本当に付き合ってるのかどうかも怪しいし。

 今のうちから心配してもしょうがないか。


 おっと、つい長湯してしまった。

 真桜に早く出ろって言われてたんだった。いけないいけない。


 髪を乾かし寝間着に着替えて歯を磨く。

 寝支度完了だ。

 ――さあ、自分の部屋へ。って、何でこんなに緊張するんだ……。


 ドアを開けると二人の目線がこっちに向いた。まだ寝てないようだな。

 案の定というか何と言うか、二人ともやたらと顔が赤い。

 少し呼吸も乱れてるようだ。一体何してたんだか……。


「蒼真、遅いわよ……」


「え、あ、ごめん……真桜、無事だった?」


「蒼真、電気消すよ!」


 おもむろに羽依が照明のリモコンで全消灯する。途端に真っ暗になった部屋の中。ベッドの位置はなんとなく把握してるので、手探りでベッドに潜る。


 今日は真桜が真ん中のようだ。


 ベッドの中が少し湿っとしてるのは、二人の汗なのか……。

 二人の香りがほんのり混じり合って漂っている。

 柑橘めいた爽やかさなのに、なぜか心がざわつく――冷静でいられなくなる、危うい甘さだった。


 少し暗闇に目が慣れてきた。俺がベッドに入ったところで常夜灯に切り替える羽依。


 俺の左手が微かに真桜に触れてしまう。ダブルベッドとは言え、3人で寝るにはやはり窮屈だ。多少触れるのは仕方ない。仕方ないんだけど……素肌?


 そっと布団をめくっていくと、二人の美しいデコルテが現れる。

 真桜が慌てて布団を上に引き上げる。


「……えっと。どういうこと?」


「汗かいちゃうからって脱がされたの。でも、下は履いてるのよ! だから、その……変に思わないで!」


「いや……思うって。――羽依の悪戯だよね」


「いやあ……最初はおふざけだったんだけどね、二人で蒼真のベッドに入ったらさ、何か、盛り上がっちゃって……蒼真の匂いが悪いんだよ!」


 よくわからない責任転嫁をする羽依。でも、その表情はわりと真剣だ。

 え、俺が悪いの?


「もうだめ……お風呂では散々羽依に悪戯されて、布団に入ってからも……。汗かいちゃって逆上せそう……そう、蒼真の匂いが悪いのね……」


 なるほど、それで布団がやたらとしっとりしてたのか。せめてパジャマを着てくれてたらなあ……。

 俺が悪いのは確定事項のようだ。


「羽依、あまり真桜を虐めちゃ駄目だよ。真桜も写真の事ならもう気にしないで。処分はお願いしたけど、その後の扱いは真桜に任せるからさ」


 無言で頷く真桜。その顔はしっとりと汗ばんでいる。少し涙目なその表情は、やたらと色っぽかった。


「真桜って、良い反応するからつい触りたくなっちゃう。でも……やりすぎちゃったね。ごめんね真桜」


 そう言って真桜の頬にキスをする。布団の中の手が真桜にもぞもぞと触れているのが分かる。真桜の体が羽依の手に合わせてビクッっと痙攣のような動きをする。謝罪の言葉とは真逆の動きをする羽依。その表情はとても蠱惑的だった。


「羽依……もう許して……」


 真桜の懇願するような表情は、確かに嗜虐心を煽るようだ。

 俺もその真桜の端正な顔立ちが辛そうに歪むのを見ると、なんとも言えない劣情を感じてしまう。思わず喉がゴクリとなる。


 半裸の美少女二人が同じ布団の中で寝ているこの異常な状況。

 正直……耐えられる自信がない。


 心臓がうるさいぐらいに跳ね回る。二人の香りに意識が飛びそうになる。呼吸の仕方もわからなくなるぐらいに息が乱れる。


 この状況は撮影会の時よりもやばいんじゃないだろうか……。

 羽依と真桜に触れたい、抱きしめたい、そんな欲求が鎌首をもたげてる。


  息を潜めて、布団を腰のあたりまでそっとめくる。すると、羽依と真桜はピタッと止まった。常夜灯に照らされる二人の裸体は、ほんのり汗がにじみ艷やかだ。

 まるでルネサンス期の宗教画のように、神聖で、それでいて危うい。


 「い、いやあーー!」


 真桜の悲鳴とともに顎に鋭い衝撃が……

 ああ、また……?

 世界が暗転する……

 

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