第113話 美咲さんと佐々木先生は有りか無しか
週末の夜のキッチン雪代は大忙しだ。賑やかな店内は、常に美味しそうな香りに包まれている。
お客さんの笑顔が店の満足度を物語っているようだ。
羽依と真桜に給仕を任せ、俺は厨房で美咲さんと調理と片付けに精を出す。
そんなに広くはない店内だけど、何分客数が多く、テーブルは常に満席。都内の人気店の忙しさはホント桁違いだ。
それでも真桜がいると、いくらかの余裕を感じる。美咲さんも店内で常連さんと楽しくお話をする余裕もあったりするのは、きっとお店にとっても良いことなんだろうな。
20時を過ぎた辺りで佐々木先生が来店した。いつものジャージ姿ではなく、薄手のニットにタイトなデニムパンツ姿。爽やかな笑顔に、俺の憧れる痩せマッチョ体型。紛れもないイケメンの理想形だ。手には手提げ袋を持っている。
美咲さんは佐々木先生の来店に気付き、柔らかい笑顔で応対する。
「健太、いらっしゃい。今日は随分と格好いいね。どうしたのさ?」
「文化祭の件の、お詫びっていうか……感謝の気持ち、ってことでさ」
佐々木先生の言葉に美咲さんはくしゃっと笑う。
「あはっ、もう良いんだよ! 結城先生だってこの前来てくれてさ、私なんかに頭下げていったんだから。まったく、こっちが恐縮しちゃうよ」
「そうらしいな。俺もすぐ来たかったけど、美咲に感謝するならさ、一緒に酒を飲むのが一番かなって」
照れたような笑顔の佐々木先生に、美咲さんは満面の笑みで返す。本当に嬉しそうな美咲さんを見てると、こっちも温かい気持ちになるようだ。
「さすが健太は分かってるね。じゃあその中身は酒かな」
「ああ、山崎12年プレミアム。美咲、好きだろ」
「うっそ! 随分と奮発したね! じゃあお店閉めたら一緒にそれ飲んじゃおうか! 今夜はゆっくりしていきなよ」
にっこにこで厨房に戻る美咲さん。機嫌良さそうに鼻歌まで出ちゃってる。佐々木先生のほうも、そんな美咲さんを温かい目でずっと見つめていた。愛情か友情かは分からないけど、二人の間には何かしらの強い絆があるように感じた。
20時半になったので学生チームはバイト終了だ。先生と美咲さんに挨拶をして上に上がろう。
「先生ごゆっくりどうぞ。美咲さんに潰されないように」
「お、おう……。みんなお疲れ様。中間テストの勉強も頑張ってな」
苦笑する佐々木先生を尻目に、3人でリビングに上がる。
ソファーに腰を下ろし、ぐったりとしている真桜。客商売の大変さを感じてるんだろうな。
でも、傍目から見る限り、問題なく仕事できたように見えた。
「真桜、お疲れ様。2回目だけど、前回よりいい感じだったみたいだね」
俺の言葉に真桜はほっとしたような表情を浮かべる。
「そう言ってくれるのは嬉しいわ。上手く出来てるかって自分じゃわからないのよね……」
「そんなもんだよ。でも、失敗もなかったみたいだし、お客さんは真桜に見惚れてた人多かったよ」
「そう、見られる仕事なのよね……。――もう少し綺麗になりたいな」
「真桜でもそう思うんだ。――もう十分じゃない?」
今でも十分すぎるぐらい綺麗だと思うけど、隣にいつも規格外に可愛い子が居るから余計なのかもな。女の子の美への欲求は、俺の想像を上回るものなんだろう。
その可愛すぎる子が、何故か全く会話に参加してこない。やっぱり佐々木先生のこと気にしてるのかな? ちょっと話を振ってみよう。
「――佐々木先生ってやっぱり格好いいね。今日の服装もビシッと決まってたし」
俺の言葉に羽依はあまり面白くなさそうに頷く。
「格好いいけどさ、なんか複雑なんだよね~。お母さんに見られるからって格好いい服着てきたのかと思うと、何かモヤる」
「あら、それって二人にそういう気があるって感じるのかしら? 」
真桜のストレートな問いに羽依はぶすっとする。
「――お母さんの気持ちを聞いたことないから分からないけどさ、傍目からみてるとお似合いすぎるのがね。なんか、やだ……」
「まあ何でも恋愛に結びつける必要もないよね。幼馴染だったら距離感も近いだろうしさ」
俺の言葉にも羽依はあまり納得せずに、映っていないテレビをじっと見つめる。
「なんとなくだけど、お母さんの“健太”呼びに、気持ちが乗ってるような。わかんないけどね」
俺と真桜はお互い目を合わせ、軽く頷く。
「羽依、そろそろ勉強しましょう。気持ちも切り替わるわよ」
さすが優等生。気分転換に勉強を選ぶとは。
でも、最近は俺もその領域に近づきつつある。
理解できない勉強は本当に辛い。しかし、理解できるようになると、勉強の見方が変わってくる。
中間テストのためにも今は勉強を頑張ろう。
そう意気込んで3人で勉強を始めたが、なかなか集中できない。
それもそのはず。いつも3人で勉強をする時は制服姿だけど、羽依と真桜は部屋着に着替えていた。この部屋着が大問題だ。
色違いのハーフパンツとTシャツの組み合わせ。可愛らしい姉妹のような二人だが、何分防御力が低い装備なので、胸元とかやたらと目の毒だった。
相変わらず俺のこと人畜無害のヘタレって思ってるようだ……。
ふと、真桜の家で行った撮影会を思い出してしまう。
あの日は、まるで熱に浮かされたみたいだった。
今思い出しても、二人ともいつもとはまるで違ってて、どこか幻想的な雰囲気だった気がする。
あの時の話をしたい気もするけど、お互い暗黙の了解のように、その時の話を口に出さない。きっとみんな恥ずかしいんだろうか。
写真は処分しようという話だったけど、真桜に任せたっきりだったな。ちゃんと処分したんだろうか。それぐらいなら聞いても良いかな……。
「真桜、この前の写真ってちゃんと処分したのかな?」
俺の問いに、真桜はシャーペンの芯をポキッと折った。
テキストをめくったページはぐしゃっと折れ曲がり、顔は真っ赤。
呼吸も段々乱れてきて、もう「動揺してます」って看板でも下げてるみたいだ。
こんなにも嘘がつけない子だったとは……。
……そんな真桜を放っておく羽依じゃない。
「あれ、真桜、どうしたの? そんなに焦って。もしかして写真まだ処分してないの?」
とても楽しい玩具を見つけた子どものような目をした羽依。ねっとりと真桜に絡んでいく……。
「真桜は一人であの写真楽しんでるの? もしかして毎晩みてたりして」
「ちがっ……毎晩は見てないっ……! ごめんなさい……捨てるのが勿体なくて、まだ処分に踏み切れないの」
いつもは圧倒的な強者の真桜が、小動物のようにプルプル震えている。羽依は、隣に座っていた真桜の背後にさっと回り込み、ぎゅっと抱きついた。
「だめだよ真桜。お仕置きが必要だね……」
甘えるような声で、耳元にそっと囁く。
「お風呂が沸いたから、一緒に入ろう……」
「まって、羽依、ごめんなさい、謝るわ! 蒼真! たすけて!」
「あー、うん。のぼせないように……ね?」
――しばらくの間、風呂場から真桜の艶っぽい悲鳴が延々と響いていた。
なんか俺、悪い事聞いちゃったな……。真桜、すまん……。
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