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第111話 準備完了、本番未定。

 スーパーで買ってきた特売のサーロインステーキ300グラム。

 さあ、これを活かすも殺すも俺の腕次第。


 まずは常温に戻す。冷たいまま焼いたら、中心まで火が入る前に表が焦げてしまう。

 その間に、厚手のフライパンを火にかけてじっくり予熱。煙が立つギリギリ手前が理想だ。

 塩は焼く直前にふる。余計な水分はキッチンペーパーで丁寧に拭き取って、サシの美しさを最大限に活かす儀式の完了だ。


 ――勝負開始。


 ジュワッ、と肉が焼ける音とともに、濃厚な香りが一気に立ち上る。

 触らず、動かさず、ひたすら待つ。我慢の時間だ。

 表面にうっすらと血が滲んできたら、ひっくり返す合図。


 反対側も同じように焼いたら、バターと少量のニンニクを投入。

 香りが立ったら、スプーンでバターをすくって肉に回しかける。アロゼってやつだ。

 焼きすぎないよう、ほんの数十秒で火から下ろす。


 そして、ここが一番大事――アルミホイルに包んで、五分ほど休ませる。

 肉汁が落ち着いて、均等に熱が入るその時間が、極上のミディアムレアを作り出す。


 ナイフを入れると、ほんのり赤い中心から、肉汁がじんわりとあふれてくる。

 ……完璧だ。


 その間、羽依も休むことなく動いていた。

 サラダやコンソメスープを作ってくれ、ご飯の盛り付けまで終わらせてくれている。

 皿のご飯の山がいつもより高めなのは、空腹の限界が近い証拠だろう。

 ちょっと遅めのお昼になってしまったから、そりゃ我慢もきついよな。


「「いただきまーす!」」


 ナイフで肉を切り分ける。

 レアすぎず焼きすぎず、我ながら絶妙な仕上がりだ。

 大きめにカットして、ひと口で頬張る。


 ほとばしる肉汁、舌の上でとろけるような脂の甘み。

 口いっぱいに広がる多幸感。

 ……至福だ。牛肉って、やっぱり最高だな。


 向かいの羽依も、言葉を失っている。

 極限までお腹がすいた後のステーキが、どれほど尊いものか、彼女の表情がすべてを物語っていた。


 十分に咀嚼して飲み込んだ後、ようやくぽつりと口を開く。


「もうね、神」


 語彙としては端的だけど、その表情がすべてを物語っている。彼女の表情はまさに“溶けて”いる。目尻は下がり、頬を赤らめ、まるで愛おしい人との巡り合いに心を奪われている乙女のようだ。

 思わずステーキに嫉妬を覚えてしまう。


「300グラムだからちょっと多すぎるかもね。辛かったら手伝うよ」


「ううん、余裕」


 その返事に添えられた真剣な目。

 これはもう、愛おしい人を手放すまいとする決意表明に等しい。

 ……なんか本気でヤキモチ焼きそう。


「あー美味しかったあ~!」


 とても満足そうな彼女のゆるゆるな笑顔に、俺の顔も同じように溶けてしまう。羽依が幸せなら俺も幸せだ。


「冷蔵庫の中、気づいたかな。プリン作っておいたよ。でも、あれだけ食べた後だからねえ、まだ入る余地あるかな?」


 羽依は新たな恋人の出現に心ときめいたようだ。

 目にハートマークを浮かべて、愛おしい人を心待ちにしている。


「プリン! 文化祭であれだけ忙しい思いしてたのに作ってくれたんだね! 蒼真、私のこと好きすぎでしょ!」


「そりゃね。羽依のその顔が見たくて作るようなもんだし。じゃあ食べられそうだね。ちょっとまっててね」


「うん、じゃあ私はコーヒー淹れるね」


 二人で分担してデザートの準備をする。羽依から機嫌良さそうにハミングが流れてくる。最近動画でバズってる昔の歌だ。サビの部分で軽く口ずさむメロディーに、俺の心がじんわりと癒される。


 琥珀色のカラメルに黄金色のつやつやボディー。プルンとした見た目は期待を裏切らない舌触り。俺の自慢のお手製プリンだ。


 待ってましたとばかりに目を輝かせて、早速スプーンでプリンを掬う羽依。口に運んだ直後に見せるこぼれそうな笑顔が俺にはご褒美だ。夜遅くまで頑張ったことが報われる瞬間だな。


「プリン好きだからよく買うんだけどさ、やっぱり蒼真のプリンが一番美味しいね!」


「――そう言ってくれるとホント作った甲斐があるよ。ちょっと最近忙しくて作ってなかったからね」


 羽依の淹れてくれたコーヒーのおかげでプリンの美味しさが一層引き立つ。お店のコーヒーと同じ味が家で飲めるのは幸せすぎるな。


 ほっと一息ついた後、食欲が満たされたら次に満たしたくなるのはやはりイチャイチャ分か。

 それは羽依も同じ気分なようで、プリンを食べ終わった後は俺の膝の上にゴロンと寝転がった。


「羽依、食べた後すぐ横になると牛になるよ」


「蒼真はそれホントに信じてるの~? 人間は牛にはなれないんだよ?」


「んなことわかってるわ!」


 他愛もないやりとりにお互いくすくすと笑ってしまう。

 膝の上の羽依の頭をそっと撫でると、まるで子猫のように目を細めて気持ちよさそうにしている。


 でも、こうして羽依に触れていると、やはりもっとそれ以上のことを求めたい気持ちにはなる。ただ、今日は無理なのは分かってるし、俺も焦ってどうこうするつもりもない。


 リブニットの胸元から覗く胸の谷間がやたらと艶めかしい。

 ごろんと横になっているので、大きな胸が溢れ出そうだった。

 ミニスカートから覗く太腿も実に健康的で魅力的だ。


 ちょっとだけいたずら心が芽生えた俺は、彼女のリブニットの胸元をそっと指先で引いてみた。すると、たわわな果実がふわっとこぼれ落ちた。

 その柔らかな膨らみを目にした瞬間、喉が小さく鳴った。

 この美しくも愛らしい果実を愛でることができるのは俺だけの特権なんだよな……。


 羽依はじっと俺を見ている。責めるわけでもなく、怒るわけでもなく。

 この後どうするの? そんな目をしているようだ。呼吸が浅くなっているのが、少しだけ伝わってきた。緊張してるんだろうな……。


 こぼれた果実をそっと隠すように手をあてがった。

 熱を帯びた大きな膨らみは触れているだけで火傷しそうだ。


「蒼真、手が冷たいね……。温めてあげる。」


 触れている俺の手の上に手のひらをあてがい、少し力を込めてくる。沈んでいく手のひらの感触に神経を集中させる。柔らかくもハリを感じる触り心地に心臓が痛いほど跳ねまくる。

 それと同時に、羽依の鼓動を感じる。

 俺と同じように心臓が早鐘を鳴らしているようだった。


 膝の上の羽依の頭をそっと腕ですくい上げ、胸の高さあたりまで抱えあげる。

 端正な顔立ちが熱を帯びている。潤んだ瞳、艷やかな口唇。そのすべてが愛おしい。

 その愛らしい口唇にそっとキスを落とす。柔らかな感触をじっくり堪能していると、彼女から口内にゆっくりと侵入してくる。


 ――長い口付けが白昼夢のように感じる。

 

 付き合って数ヶ月経つけど、未だに触れ合うことには慣れる事が出来ないようだ……。


 潤んだ瞳からすーっと涙がこぼれる羽依。


「蒼真、大好き。――守ってくれてありがとうね……今こうしてるのが何だか幸せすぎちゃって……ごめんね」


 羽依から色んな想いが溢れ出ているように感じる。

 辛いことも楽しいこともあった文化祭。


「お母さんいるから全部大丈夫、なんにも心配ないって思ってたの。でも、あの男が蒼真にナイフを向けた時、蒼真が死んじゃうって思ってすごく怖かった……」


 今思えば確かに危険だった。でも、あそこで立ち向かわなければ誰かが犠牲になっていたかもしれない。ましてやそれが羽依だったら、俺は一生後悔していただろう。


 ふと、羽依がくすっと笑う。


「どうしたの? 何か思い出した?」


「うん、ごめんね。あの時お母さんがこっそり私に内緒話をしていったの」


「ああ、羽依に何か囁いてたね。……聞いても良い?」


 羽依は恥ずかしそうに下を向くが、その瞳は俺を覗き見るように上目遣いになる。その可愛らしくも小悪魔的な仕草に、心臓がまたもや跳ねる。


「お母さんね、『蒼真最高だったね。逃がしちゃ駄目だよ』だって」


 俺は思わず吹き出した。美咲さん、あの場でそんな事を……。


「大丈夫。俺は逃げないし、ずっと一緒だよ」


 俺も羽依と別れるつもりなんてまるで考えられない。これからもずっと一緒にいられるように頑張らないとな。


 俺の言葉を聞いた羽依は途端に起き上がり、正座を崩した格好で俺の顔を正面から捉える。その目は妙にいたずらっぽさを感じさせる眼差しをたたえていた。


 ああ、この目は何かを思いついた時の目だ。それも、どちらかというと質の悪い方の……。


「うん! そうだよね! じゃあさ、さっき買った0.02ミリのやつ、練習しようよ!」


「ええええ! 何いきなり!? やだ! 恥ずかしいって!」


 この子は突然、何言い出すんだ。――会話の温度差が酷すぎる、体壊しそうだ。


「わかってないなあ蒼真は。いざっていう時に付けられないと駄目なんだよ。恋人たちはみんな一緒に練習してるの。さあ、脱げ」


「絶対嘘だ! やだ!」


「私のこと脱がしたでしょ。脱げ」


 その殺し文句はズルすぎる……。いや、お互い様というべきなのだろうか……。


 ――なんだかんだで羽依監修の元、しっかり練習をさせられた。

 これでいつでも大丈夫だな……。うぅ……。



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