第109話 守る力
「羽依ちゃん、お迎えに来たよ! ずっとこの機会をまってたんだよ。さ、表に車用意してあるから一緒に行こう! 嫌とは言わせないよ? 撮影会もあるから頑張ってね!」
男がそう言うと、他の男達はニヤニヤと嫌悪感を覚えるような嫌らしい笑みを浮かべる。
……文化祭の最中に拉致るつもりなのか? 頭おかしいにも程があるだろう。
――微妙に目の焦点が定まってないようにも見える。
正気とは言えないのかもな……。
そんな中、美咲さんが立ち上がり、男たちに向き合う。表情はとても柔らかく、笑みを浮かべている。
「おいおい、兄さんたち、文化祭でナンパなんてやめときなって。そんなに強引じゃ女にモテないよ」
美咲さんが笑顔で俺に近寄ってくる。俺の腕を掴んでいる男の腕にそっと触れる。
「お、こっちもめっちゃ美人だな! はい、もう一人追加! 一緒に連れて行こうぜ! 逃がさねえぞ!」
と、その瞬間、男が小さくうめき声を上げる。腕を掴む力がすっと抜けた。
「羽依!」
慌てて羽依のもとに駆け寄り、彼女を掴みかかっている男に肩から体当たりを食らわせた。
男は悲鳴を上げながら、派手に転倒し尻もちをついた。
「くっ、てめえの声、そうだ……聞き覚えあるぞ……影の親衛隊って、てめえだったのか……」
男が俺に憎悪をぶつけるように睨みつけ、そう呟く。
ああ、こいつは前に羽依を襲った男か。確かにお互い顔は見てなかったからな。
ということは、こいつらは端から羽依狙いで文化祭にやってきたのか。いや、キモすぎだろう……。
震える羽依の肩をそっと抱いて目で合図する。そして隼たちの方に行くよう、とん、と背中を押す。
「ふざけんな!このクラス、こんな学校、めちゃくちゃにしてやる!」
退学者の逆恨みも兼ねてるわけか。拙くも、計画性があるようだが、中身は考えなしの短絡的な行動のようだ。気を付けないと……。
男はポケットからナイフを取りだし、俺に向かって構えた。
残りの仲間もそれに併せるかのように武器を持ち出した。
ざっと見ると警棒二人に腕を抑えながらスタンガンを握る男が一人。
武器を出したら後には引けないぞ。こいつら終着点を何も考えてないな……。
スタンガンを持った男が、すぐ隣りにいる美咲さんに向かって躊躇なく腕を繰り出した。
「あぶなっ!」
俺の叫びよりも早く美咲さんは体を捻り、スタンガンを持つ腕を躱す。
そのまま腕を引き、バランスを崩したところを足を払う。
男は受け身を取れず顔から着地する。鈍い音が響き渡る。
間髪入れずに隣の男が美咲さんにめがけて警棒を振り下ろす。今度こそ当たったと思った瞬間、さっとスウェーバック、打ちどころをなくした警棒が、そのままスタンガンを持った男に直撃する。
「うがっ!」
痛恨の一撃を食らった男はパタッと倒れた。
慌てた男は美咲さんに掴みかかろうとするも、掌底で顎を撃ち抜かれる。ガクガクと痙攣した後、そのまま気を失った。
残る一人が背後から警棒で美咲さんを殴ろうとしたところを、真桜が後ろから警棒を握りしめる。
男は振り下ろそうとするも、びくともしない警棒に背後を見る。
真桜と目が合ったようだ。そっと微笑む真桜。
警棒を捻り奪い取り、放り投げる。
男が警棒を拾いに行こうとするところを真桜に足を払われ、やはり顔から着地する。首が少し変な方に曲がってる気がする……。
結城神影流の技は、相手を怪我させない逮捕術だったはず。逆に言えば、意図的に怪我をさせることも可能ということか。なんとも物騒な技だな……。
ただ、武器を所持している犯行グループに対しては、戦意を喪失させ、無力化する必要がある。正しい選択を瞬時にする二人は、やはり普通じゃない。
正直そっちに気を取られ、ナイフ男の存在を忘れるところだった。それだけ美咲さんと真桜の即興の連携は見事だった。武装した男3人を1分足らずで制圧か……。
「くそっ!ふ、ふざけんな! てめえだけでもぶっ殺してやる!」
「蒼真! 気を付けな! そいつ正気じゃないよ」
美咲さんがそう叫ぶ。
大丈夫です美咲さん。こいつの目を見れば分かります。
そっと心で呟いて対峙する。
不思議と頭の中がクリアになる。相手のナイフは俺の胸を狙ってくる。そこに刺さったら死んでしまうぞ? なんて考えるぐらい余裕があった。
迫るナイフを大きめに避ける。真桜との毎週の稽古の成果を感じる。足さばきを使い一気に相手に詰め寄る。
腕を掴み捻り上げると、ナイフが地面に転がる音が聞こえた。
捻り上げた腕をさらに力を強める。
コキッという音が聞こえた。関節が抜けたような嫌な感触が伝わってくる。
男は絶叫を上げてのたうち回った。
犯行グループをひとまずは鎮圧できたようだった。
「蒼真!」
羽依が泣きながら俺に飛びついてきた。
震える彼女をそっと抱き寄せる。
よかった。俺は彼女を守ることができたようだ……。
「取り押さえるぞ! エプロン使ってこいつらを縛り上げろ!」
隼の合図でクラス全員で犯人たちをぐるぐる巻きに縛り上げる。
うちのクラスの連携は完璧だった。
すぐに佐々木先生が血相を変えてやってきた。
縛り上げられた犯人たちを見て項垂れる先生。
一目見て退学者たちって分かったようだった。
美咲さんが佐々木先生の肩をポンと叩く。その表情はいつもの優しい美咲さんと違い、どこか冷たく――怖かった。
「健太、あとは頼んだよ。警察とか面倒だからさ。あんたたちは仲間内で揉めて怪我をした。そうだな?」
「はい……間違いありません」
刺すような冷たい言葉にぞくっとした。
男たちを睨む美咲さんがとにかく怖すぎる……。
「なんだよあの化け物……話が違うじゃねえか……拉致ってヤるだけの簡単な仕事じゃなかったのかよ……」
ぼそっと呟いた男に美咲さんが鼻先にスパーンと蹴りを入れる。
「……女を何だと思ってんだ」
怒った美咲さんは容赦がなかった。けれど、どこか悲しそうにも見えた。
それが何に対する悲しみなのか分からないのが妙にもどかしかった。
「美咲、その辺でやめといてくれ。すまなかった。後でお礼に行くよ……」
佐々木先生の言葉にようやく笑みを見せてくれた美咲さん。
羽依をそっと抱きしめた後に、耳元で何かを伝える。
羽依は顔を赤らめて首をブンブンと頷かせていた。
一体何言われたんだろう……。
美咲さんは手をひらひらさせて、りっちゃんと共に帰っていった。
文化祭終了間際のこの事件。
クラスのみんなは怪我をすることなく、無事に解決したのだった。
パトカーが数台、物々しく停まっている。文化祭にとんだケチがついたものだった。
犯人グループは退学者二人がSNSで一緒に文化祭で暴れる人間を募集したらしい。それに食いついたバカは成人男性というのだから世も末だ……。
俺と羽依と真桜は警察の事情聴取に呼ばれ、パトカーの中で徴収を受けた。
「――では、以前襲われそうになったことがあったと」
「……はい。その時は逃げる事が出来たんですけど、今日またこうして文化祭に来てるなんて、本当に怖かったです」
「それはお気の毒に……では聴取は以上となります。ご協力ありがとうございました」
パトカーの中でのやりとりは、わりとさっぱりしていたと言うのが印象だ。まあ被害者側だからかな。
「少し遅くなったけど、まだ打ち上げ間に合いそうだね。どうする?」
羽依はすっかり元気を取り戻したように見えた。その目はまだ遊び足りない子どものようにも見える。
「このまま終わるのって後味悪いよね! みんなで行こうよ!」
俺と真桜はお互い見合わせてくすっと笑いあう。
「そうだね! 今日はクラスのみんなと一緒にいたいね」
「ええ、行きましょう。カラオケボックスのパーティールーム数部屋を貸し切りなのよね。行かなけりゃ勿体ないわ」
文化祭を経て、クラスのみんなとの絆がさらに強くなったように思える。
最後はトラブルがあったけど、これもまた青春の一幕だなって感じだ。終わり良ければ全て良し、かな。
……いや、一歩間違えたら、俺、死んでたよな。
今になって、じわじわと怖さがこみ上げてくる。
あの時は不思議と冷静だったけど、思い返すほどに背筋が冷える。
ほんと、無事でよかった~。
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