第107話 藤崎家の事情
文化祭二日目の模擬店巡り中。
うっかり九条先輩のクラスに入ってしまい一触即発となる真桜と九条先輩。
俺は一気にタピオカミルクティーをすすり、退店を促そうとした、その時。
「うぉっ、げほっげほっ!」
タピオカが喉に引っかかり思いっきりむせた。
くっ苦しい……。
「ばかね、慌てて飲むから! 大丈夫?」
心配そうに背中を叩く真桜。
九条先輩もやたらと焦ってオロオロしている。
その姿は妙に新鮮だった。
「ご、ごめんなさい蒼真くん。うちのタピオカのせいで苦しい思いさせちゃって」
「い、いえ。俺のせいです。こっちこそごめんなさい……」
一触即発の状態は、俺の機転? により無事回避した。
そそくさと教室を後にする俺と真桜。表に出るなり彼女は思いっきり不満をぶちまける。
「ほんっとあの女、意地悪で大嫌い!」
珍しく感情をあらわに口汚く罵る真桜。さすがに違和感を感じるなあ……。
「え、いや、特に意地悪してたようにも思えなかったけど……」
キッと俺を睨む真桜。俺、なんかやっちゃいましたかね……。
でも、わりとすぐに笑顔を取り戻す真桜。
情緒不安定なのかな。
女の子は色々あるんだろうな。
人混みに疲れた俺たちは、校庭の人気のないベンチに座り、模擬店で買ったものを分け合って食べることにした。
「また随分と買ったもんだね……」
「副委員長だもの。当然でしょ」
なにが当然かさっぱりわからないが、副委員長が言うんだからそうなんだろう。
大分お腹が満たされた俺たちは、他愛のない話をしていた。
文化祭のこと、飯野さんと御影先輩のこと、実行委員メンバーのこと――どれも真桜が楽しそうに話す様子から、彼女の世界が広がっているのを感じた。
なんでもやってみるもんだなあ、と改めて思う。
ふと、真桜が遠くを見るような眼差しをする。
今日たびたび見せている、心ここにあらずといった雰囲気だ。
「蒼真、ちょっと聞きたいんだけど、嫌だったら答えなくても良いからね」
「うん、答えられることなら何でも」
神妙な面持ちで口を開く真桜。少し怖がっているようにも見える。
「貴方のご両親のことなんだけど、今は連絡とってたりしてないのかしら……」
「――最後に連絡が来たのは、6月だね。離婚の報告と、家の処分について話を聞いたきりだよ」
ぽつり、と俺は言った。重い話題だとわかっていたが、なぜか言葉はすんなりと出てきた。
「そう、それっきりなんだ……。3~4ヶ月も連絡ないのね……」
真桜の声が沈んだ。その様子に、俺も少しだけ胸が痛んだ。
「お父様が親権って話だったわよね。生活費とかも、お父様から送られてるの?」
「そうだね。父さんのほうが金銭的には余裕あるからって理由の親権だと思う。自営なんだけど……まあ、景気は良くないと思うよ。輸入雑貨がメインだからさ」
ちょっと自嘲気味に笑った。父親の会社のことはあまりよく知らないくせに。
「そう……なんだ。失礼だけど、お母様の方は……?」
「母さんは……正直、よくわからない。連絡もないし、どこでどうしてるのかも知らない」
沈黙が落ちた。
真桜は俯きながら、まるで聞いてしまったことを後悔しているような顔をしていた。
一体彼女は何を思ってそんな話を聞いてきたんだろうか。
俺の方も楽しい話でもないので、話題を切り替えたかった。
「それにしても九条先輩と真桜ってやっぱり仲悪いんだね」
「そうね。正直関わり合いたくないわ。蒼真の方は知らないうちに随分と仲良くなったようだけど?」
途端に気温が下がったように感じた。会話の変更には成功したが内容としては最悪の選択だったな……。
「仲良くってほどでもないけど、色々話を聞いたんだ。ちょっとシンパシーを感じるところもあったし」
「あの女と? 貴方騙されてるんじゃない? 結構チョロそうだものね」
ジトッとした目でそんな酷いことを言ってくる。まあ確かにチョロさには自覚がある。すぐ良い人だなって思ったりするし。
「俺もちょっと驚いたんだけど――九条先輩も中学の時に偽装恋愛をしていたらしいんだ」
俺の得意げに出した情報に、目を丸くして驚いてる真桜。
「その話、ちょっと詳しくきかせて!」
食い気味に聞いてくる真桜に少々引きつつ、九条先輩に聞いた話を伝える。でもこの話って言ってよかったのかな……。
「……つまり、好きでもない相手と付き合ってたんだ。それも失敗したと……。そうだったんだ――」
魂が抜けたように放心状態になっている真桜。
――時計を見ると約束の時間をちょっと過ぎてしまっていた。
ゆっくり話しすぎたな。
「真桜! 時間だ! 走って戻ろう!」
真桜の手を取り走り出す。
彼女は俺の手をしっかりと握り返してきた。
息を切らせながら教室に戻り羽依と交代する。幸い彼女は遅れたことに関して全く怒ってなかった。
「真桜の顔見ると分かるよ。蒼真グッジョブ!」
爽やかにサムズ・アップする俺の愛するイケメン彼女。
思わずキュンとしてしまった。
「蒼真! なんかメスの顔してるぞ! キモッ!」
声の方を向くと、教室の端に猫耳と尻尾をつけた巨漢の男――隼が仁王立ちしていた。
「うっせーばか。お前のほうがよっぽどキメーわ」
隼とバチバチににらみ合い、肩パンチ合戦を繰り広げる。
そんな俺たちを尻目に羽依と真桜は教室を後にした。
「二人ともお客さん見てるからじゃれ合わないの。また薄い本のネタにされるよ~」
相楽さんが俺達に注意するけど、聞き捨てならない一言があったような気がした。
……また?
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