第106話 真桜と模擬店巡り
文化祭二日目の朝。
爽やかな秋晴れの中、羽依と今日も学校へ向かう。
毎週金曜の夜はバイトの後に雪代家へ泊まって行くけど、今週は文化祭があるから俺と羽依はお休みを貰っていた。なのでアパートからの登校だ。
「今日は一般公開だね~。お母さんとりっちゃんが一緒に来るって言ってたよ」
キッチン雪代の手助けしてくれている相楽さんの姉のりっちゃん。一流ホテルのウェイトレスという経歴で、即戦力となれたのだ。
あれから美咲さんとはとても仲の良い飲み仲間になってしまったようで、昼のみのパートなのに、わりと夜のお店にも遊びに来ていた。
昨日は俺と羽依が夜のバイトを休んだので、お店にヘルプで入ってくれた。そのまま羽依の家に泊まり、今日美咲さんと一緒に文化祭に来るそうだ。
美咲さんは、もうりっちゃん抜きではお昼の営業は無理なんて事を言っているぐらいに依存しているようだ。
「もうね、骨抜きだよ。お母さん変わっちゃった……」
妙に芝居がかった様子で斜め下を見つめる羽依。
「羽依、美咲さん取られて寂しいの? 早く馴染んでくれて良かったじゃない」
塞ぎ込んだような演技はすぐに止め、朝日よりも眩しい笑顔を向けてくる。今日も羽依の可愛さは絶好調のようだ。
「えへ、まあそうなんだけどね、もちろん良かったって思ってるよ。ちーちゃんが紹介してくれてホント感謝だよ~」
「そうだね~。で、二人は何時頃来るのかな?」
「二人ともバッチリ二日酔いだったからね~。仕入れもあるからさ、りっちゃんに付き合ってもらうんだって。で、その後来るから、お昼ぐらいだろうね」
キッチン雪代の“りっちゃん依存度”が大分高くなっているのを感じる。それだけ今まで美咲さんが無理してたってことだよな。
教室に入ると、みんな昨日の興奮を引きずっているようだった。
今日は一般客が来るから昨日よりさらに忙しくなるのかな。
昨日の分として用意していた焼き菓子はなんと午前中に完売したそうだ。見積もりが甘かったと智ちゃんが嘆いていた。
教室にはすでに真桜が居た。特に何をするわけでもなく壁によりかかり、ぼーっと立っている。そんな姿が妙に珍しく感じた。
「真桜、おはよう~」
「おはよう羽依、蒼真……」
――気だるそうな真桜っていうのもなかなか珍しい。昨日の疲れが相当残っているようだ。
「やっぱり文化祭当日は忙しいみたいだね。昨日はクラスにこれなかったみたいだし」
一瞬俺の顔を見つめ、視線を下ろす。なんか真桜らしくないな……。
「副委員長って思った以上に忙しいの。本部に釘付けだったわ。でも、今日は飯野さんがいっぱい遊んできてって言ってくれたわ」
ようやく少し笑顔を見せてくれた真桜。羽依もいつもと違う様子を感じ取ったようだ。
「蒼真、今日は休憩時間に真桜をエスコートしてあげてね」
真桜を心配してのことだろう。ここは素直に乗っておこうと思う。
「うん、俺がおすすめの模擬店を教えてやろう。サービス悪い店もあるから要注意だ」
「じゃあ蒼真、エスコートよろしくね。羽依とも回りたいから交代でね」
くすっと笑う真桜。その表情に生気が浮かび、いつも通りに戻ったような気がした。
文化祭実行委員長の飯野さんの校内放送が流れ、文化祭二日目が開催した。一般客が入場してくるが、予想以上の来客数にちょっと焦る。
先生たちだけの警備で大丈夫なのかな?
今日の羽依はチャイナドレスではなく、他の子たちと同じように制服に猫耳と尻尾姿にエプロンを付けた可愛いウェイトレス姿だ。
昨日のチャイナドレスを期待していた一部の男子たちは、がっかりした表情を浮かべていた。
「さすがに一般客が来るのに、あんな格好は出来ないよ~」
そう言ってけらけらと無邪気に笑うけど、昨日は十分すぎるほど俺の精神を削りまくってくれたんだが……。
魅力的な彼女を持つ辛さだとは思う。
ほどなくして真桜が教室にやってきた。副委員長の仕事はほぼ終わったらしい。
「飯野さんが『あとは私に任せてね!』とおっしゃってくれたわ。優しい人よね」
「へえ~、真桜には優しいんだ。随分仲良くなったみたいだしね」
「ええ、明日は実行委員のメンバーみんなと焼肉店で打ち上げするの。楽しみだわ」
柔らかく微笑む真桜に少しドキッとする。朝の憂いを帯びた雰囲気が嘘のように、今は心から楽しんでいる笑顔が眩しかった。
「さ、エスコートよろしくね」
「蒼真はホストだよ! 真桜をいっぱい楽しませてきてね!」
と、羽依が言ってくる。彼女のお墨付きだ。遠慮なく楽しませてあげることにしよう。
昨日は羽依と回ったので大体リサーチ済みだ。2-Bのアイスがスプレーチョコ3粒だけだったのは今でも許せない。
真桜にそれとなくチクると、「貴方が嫌われてるだけでしょ」と身も蓋もない返事が返ってきた。はい、そのとおりです……。
俺と真桜がカップルのように連れ立って歩いていると、確実にヘイトを稼いでいるのが分かる。通りすがりに「●ね」とか言うのマジやめて……。
羽依と真桜という一年生のアイドル二人を独り占めしているように思われているから仕方ない。……まあ、実際そうなんだけど。
気分が良いかと言われると、正直何とも言えない。同じような人間が居たらやっぱり「●ね」と思ってしまうだろうし。
だからと言って、二人と縁を切るなんてことは絶対あり得ない。世界中から羨まれても、俺は二人と仲良くしていきたいと思っている。
タピオカが美味しいと評判の2-Dにやってきた。
なんだか真桜は目をやたらと輝かせてタピオカミルクティーを見つめている。
どうやらこの店を選んで正解だったようだ。
「美味しいー! タピオカの食感ってすごく好き!」
まるで小さな女の子のように喜ぶその仕草に、俺も顔をほころばせてしまう。
「蒼真くん、結城さん。いらっしゃい。うちのタピオカミルクティーは気に入ったかしら」
奥からやってきて声をかけてくれたのは九条先輩。
「こんにちは、ここ九条先輩のクラスだったんですか。タピオカミルクティー美味しいですね」
「あらありがとう。厳選したタピオカと良質の茶葉を使っているわ。気に入ってくれたなら嬉しいわね」
妖しくも柔らかい笑顔で微笑んでくる九条先輩。相変わらずの怖可愛い人だった。
前を向くと、真桜が顔を真っ赤にして肩を震わせている。
九条先輩とは確執があるらしいからな。入る店失敗しちゃったな……。
無言で九条先輩を睨む真桜。さすがにちょっと失礼だろう……。
「真桜、タピオカ美味しいよね」
「――ええ。九条先輩、とっても美味しいタピオカミルクティーをありがとうございます」
まったく笑顔に見えない笑顔を出しつつ、地の底から沸いてくるような恐ろしい声でお礼を言う真桜。
対するは、涼しげに余裕の表情で真桜を見下ろす九条先輩。
ああ、早く店出たい……。
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